羽村堰
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東京は薄曇りだったけど、なんとか見れました。よかったよかった。
周りが薄暗ーくなってくるのが不思議な感じでした。皆既日食ならもっと暗くなるのでしょうね。一度は見てみたいものです。
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高校の同窓会で妙高山の中腹にある赤倉温泉にいってきました。青空のもと涼しい風が拭き抜けてて気持ちよかったです。でも1週間前までは雪が積もってたとききましたし、今日も日陰には雪がたくさん残ってましたからずいぶん気候が違うのですね。

駅まで送ってもらう途中で黒姫童話館に寄ってもらいました。ここからは妙高山と黒姫山が両方よく見える絶好のビューポイントです。草原の緑にタンポポや水仙の黄色が映えて日本離れした風景を楽しむことができました。
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BSつけたら、♪ 光あるもの~探しにいこう~と流れていてびっくりしました。中国鉄道大紀行日めくり版の再放送をやってるんですよね。2007年の放送なのでもう5年になります。このブログ初期のメインコンテンツなので懐かしいですね。
今日は苗族の村。籠の下のアヒルや田んぼからとってきたといういっぱいの魚に見覚えがあります。川辺のおじいさんや歌いながら豆の鞘取りしてたおばさんも覚えてますね。再見。「また来てね」の挨拶が切なかった記憶も…
みなさん、その後どうしてらっしゃるんでしょうね。中国の5年は長いです。すっかり変わったところも沢山あるでしょう。全然変わってないところも沢山あるでしょうけど、それはそれで気になります。そして関口さんも…。今はどうしてらっしゃるんでしょう?
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12年度4月調査(男性286人、女性147人、計433人)のデータからネットの利用状況についてみていきましょう。パソコンを使ったインターネットの利用時間の平均は1日97分、携帯電話・スマートフォンを使ったインターネットの利用時間の平均は1日127分となっています。PCによるネット利用は去年から余り変わっていませんが(平均3分増)、携帯・スマホによる利用は28分増で、テレビの1日103分(去年から16分減)を抜いて1日の主要な活動になっています。
ネット利用の内訳はグラフのようになっています。PCと携帯とをあわせて質問した結果ですが、調べ物をする人が66%、動画を見る人が51%、ニュース、SNS、メールが46%、ツイッターが43%で、これらが主要な使い道となっているようです。去年からの変化を見ると、ツイッターが20ポイント増、メールが4ポイント増、音楽ダウンロードが8ポイント減、SNSが5ポイント減でツイッターの増加が目を引きます。
ツイッターは女性の利用が顕著で男性の利用率が31%であるのに対して女性の利用率は67%にのぼっています。去年の数字が男性19%、女性33%でしたから去年から女性優位のメディアだったのですが、そこから男性は12ポイント増に対し女性は34ポイント増で一段と男女の利用率に差がつきました。ツイッター利用率の20ポイント増は女性の利用率増が牽引しているといえるでしょう。
ちなみにSNSとメールも女性の利用率が高い項目です。SNSの減少はmixiなどからツイッターへのシフトによっておきたと解釈できます。メールが増えているのはちょっとわからないですね。
各項目の利用の有無とPCでのネット利用時間との相関係数を求めると上のようになります。PCネット利用時間と掲示板利用との相関が0.22、動画利用との相関が0.21で正の相関が見られます。これは掲示板の利用や動画の視聴をする人はパソコンによるネット利用時間が長い傾向があることを意味していますので、掲示板なり動画なりはパソコンのキーボードや大きな画面があった方が利用しやすいということなのでしょう。
動画の利用率は去年と比べてほとんど変化はなく頭打ちの傾向が見られます。パソコンによるネット利用の停滞とパラレルな現象なのでしょう。携帯やスマホでも動画は見られますが、通信速度や電池の持ちの関係なのでしょうか、そちらで見る人はあまりいなくてパソコンからの視聴に偏っているようです。パソコンで見るには家にいないといけませんから、これ以上は利用が増えないかもしれません。
メールやSNSの利用はPCによるネット利用時間と負の相関があります。メールやSNSをよく使う人(女性が多い)はパソコンではネットをあまり使わない傾向があるようです。彼女らはもっぱら携帯やスマホでメールやSNSを利用しているのでしょう。
利用項目と携帯・スマホによるネット利用時間との相関をとると図のようになります。予想通り、SNSとメール、そしてツイッター利用と高い正の相関が見られました。SNSやメールといった親密性を高めるネットサービスは携帯電話やスマートフォンによる場所を選ばない高頻度の利用と相性がいいようですね。そしてツイッターもこの範疇の親密性メディアとして女性に受容されつつあるのでしょう。
スマートフォンの普及によって、これらのサービスの利用者はまだ増えていく可能性があります。他方、ツイッター増加によってSNSが減少しているらしいことが示すように利用の飽和の兆しもみられます。今後もう少し増えて頭打ちになるのではないでしょうか。それに伴ってテレビ視聴の減少も減速するかもしれません。まあ、今後どんなネットサービスが出現するか分かりませんのでそれ次第という部分も大きいでしょう。
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石神井川の源流とされる小平カントリークラブから鈴木小学校までの地域を探検してきました。探検といってもウロウロしてただけですけどね。

小平カントリークラブの西側に住宅地が伸びているのですが、住宅地の両側が高くなっていて浅いU字型の窪地に住宅が建っている形になります。川の姿は見えませんがここが石神井川の源流部にあたるのでしょう。
「谷底」にあたる道路沿いには井戸のポンプが見られました。地下水が浅いのでしょう。近所の人に話をうかがったところ、むかし池を埋めたてて出来た土地なのだそうです。
「谷」の突き当たりに鈴木小学校が建っています。中には入れませんけど校庭の部分が低くなっていて校舎は少し高くなっているようです。校庭の西側は新小金井街道が南北に走っているのですが、校庭と街道の間は高さ10mほどの崖になっていて。街道のさらに西側は平坦な住宅地と畑地になっていました。
鈴木小学校のある所が周りから明瞭に一段くぼんでいる地形で、昔はそこに湧き水がわいていたのでしょう。ひょっとしたら柿田川のように豊富な水がこんこんと湧き出していたのかもしれません。この位置に旧石器時代から縄文時代にかけての大きめの遺跡も発掘されているそうです。湧き水を利用したベースキャンプがあったのでしょうね。
そんなわけで今は川はないものの、鈴木小学校の校庭のある窪地が石神井川の源流ということになりそうです。東京の川というのは面白い所に源流があるものですね。
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石神井川の源流探検にいってきたついでに小平うどんをたべてきました。
石神井川源流にあたる鈴木小学校から新小金井街道をはさんではすかい向かいにあるお店です。看板にひかれて入ったところ、腰のあるしっかり練られたうどんで食べ応えがずっしりありました。600gとか1kgというメニューもあったのですが400gで十分です。
つけ汁はお肉や野菜がタップリで栄養のバランスもよさげでした。自家製ミンチカツもジューシーでなんともいえず美味しかったです。ここは当たりでした。
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前にテレビの視聴時間が減っていることを紹介しました(4月21日)。2012年度の学生の平均視聴時間は103分で2011年度に比べて16分の減少です(サンプル数は2012年が433人、2011年は380人)。次にテレビ視聴の中身をみてみましょう。
番組のジャンル別に見るものに○、よく見るものに◎をつけてもらった結果は上のようになりました(2012年4月調査)。「よく見る」と「見る」の割合の合計が一番多いジャンルはバラエティで65%の学生が見ていることが分かります。次がニュースで57%でこの2ジャンルが50%を超えています。以下、ドラマ、映画、音楽、アニメが40%前後で深夜番組やスポーツが30%前後、ドキュメンタリーを見る学生は11%にとどまりました。
バラエティの人気が高い一方、ニュースを見る学生も半数以上います。テレビは娯楽の対象であるとともに情報源としても機能しているようです。ただドキュメンタリーのように社会性の高い情報に対する欲求は少ないように見えます。
それぞれのジャンルに対する視聴の有無とテレビの視聴時間との相関係数を求めてみると上のようになりました。バラエティ視聴とテレビ視聴時間との相関が最も高く0.35に達しています。視聴時間との相関が高いということはバラエティを見る学生の方が見ない学生よりテレビ視聴が全体として長いことを意味しています。調べてみるとバラエティを見ない学生の平均視聴時間が1日73分であるのに対しバラエティを見る学生の平均視聴時間は117分でその差が44分に及んでいます。この値がバラエティを見ている時間の目安となるでしょう。
次に相関が高いのは深夜番組で視聴時間との間に0.28の相関が見られます。深夜番組を見る人自体は多くないのですが、見ている人はテレビの視聴時間が長くなる傾向があることを示しています。夜更かししてテレビを見ているからでしょうか。深夜番組を見る人と見ない人のテレビ視聴時間の差を求めると44分となりました。
他方、ニュースは見る人が多い割りに視聴時間との相関は0.11にとどまっています。5%水準で検定しても有意ではありませんので、ニュースを見る人と見ない人でテレビの視聴時間には統計的な違いはないものと考えられます。実際にニュースを見る人と見ない人の視聴時間の差を求めてみると17分となりました。ニュースを見る学生は多いものの見ている時間はわずかなようですね。
以上は今年(2012年)のデータを用いた分析ですが、去年(2011年)のデータとの間でそれぞれのジャンルを見る割合の増減を求めると上のようになります(「見る」と「良く見る」の割合の合計の変化)。ほとんどのジャンルで見る割合が減っていることが分かります。特にバラエティとスポーツの減少が顕著です。ともに10ポイント程度見る学生が減ってしまいました。ニュース、深夜番組も7ポイント程度視聴割合を減らしています。
スポーツとニュースはもともとテレビの視聴時間に与える影響が小さいのですが、バラエティと深夜番組の影響は深刻です。この二つのジャンルの視聴者はテレビを長時間視聴する傾向が高いので、これらの視聴者の減少はテレビの平均視聴時間に大きな影響を与えることになります。2011年から2012年までの平均16分にもなるテレビ視聴時間減少の主因は学生のバラエティ、深夜番組離れであることを示唆する結果といえるでしょう。
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志村さんのお話を伺ったあと、今度は西六郷少年少女合唱団とOB会の合同会合に参加させていただきました。これは西六郷OB会の門馬さんから、せっかくの機会なのでとお誘いいただいて実現をした企画です。先ほどまですばらしい歌声を聞かせてくださった皆さんや、かつてみんなのうたの収録に参加されたことのある皆さんと交流する機会が持てるとは! 信じられないような幸運ですね。
トリトンスクエア1階のビアホールに案内されるとすでに宴もたけなわとなっていました。現団のメンバーが順に演奏会の感想を述べています。隣に座ってた物静かな男性が団長さんでした。勉強と両立させながら女性の多い団をまとめてらっしゃるのでしょうね。お疲れさまです。
反対側のテーブルにはOB、OGの皆さんが座ってらっしゃいました。志村さんが「線路は続くよどこまでもの収録に参加されたかたはいらっしゃいますか」と質問されたときに手を挙げてた女の方が後ろどなりです。早速お話を伺ってみました。
収録のとき、朝早くから夜までかかった話は「その2」で紹介しましたが、普段も朝の練習と放課後の練習があってなかなか大変だったようです。学校の勉強もおろそかにしてはいけないというのが創設者の鎌田先生の方針だったそうですね。大切なことです。
しばらくすると楽譜が配られてきました。愛唱曲集のようです。大学のころに入っていた合唱団でも演奏会の後の打ち上げでは愛唱曲を沢山歌うのが定番となっていました。楽譜をお借りしてご一緒させていただくことにしましょう。最初は『青い地球は誰のもの』。さきほどステージで聴いたばかりの曲です。♪あーおーい地球ーはだーれのーものー 透明な歌声に包まれていきます。間近というかただ中で聴けるとは豪華ですね。
『冬の行進』『私の回転木馬』などなど高い声はでないのでハモリの方で参加させてもらいます。そして『線路は続くよどこまでも』。元気の良い歌声と懐かしいオブリガートを志村さんも楽しそうに聴いてらっしゃいます。放送当時のオリジナルメンバーと合唱できるなんて、夢のようなひとときを過ごさせていただきました。
最後はやはり『ぼくらの町は川っぷち』です。みなさんの表情も一段と晴れやかに誇らしげに感じました。お互い違った個性を持った同士が助け合ってきた半世紀の歩みが凝縮されているのでしょうね。胸があつくなる歌声でした。
名刺を交換して楽しい宴も終了です。西六郷のみなさま、ありがとうございました。12月9日に西六郷鎌田記念合唱団の方のコンサートも聴きに行きたいと思います。
その後、うどんやおそばをいただきながらオフ会のみなさんとお話しました。楽しい時間の過ぎるのは早いもので、みんなのうた談義の数々、まだまだ話し足りないなあと思ううちに9時すぎに散会となりました。また、お話する機会を持ちたいですね。るんるんさんはじめオフ会参加のみなさま、ありがとうございました!
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みんなのうたのディレクターをされていた志村さんのお話の続きです。
曲が決まると外国曲の場合は作詞が必要になります。身近な方にお願いすることも多かったようで、『線路は続くよどこまでも』の場合は後藤田さんご自身が「みんなで」「手をつなぎ」「明るく」といった<みんなのうた用語>を散りばめながら作詞されたそうです。楽譜集では『線路』の作詞は「佐木敏」さんになっていますが、これは後藤田さんのペンネームで「さきびん」と読むのだそうです。
「さきびん」は「さけびん」にちなんだのだと志村さんはおっしゃってました。お酒好きな方だったのでしょうね。「さけびん」は高見のっぽさんのペンネームでもあったそうで、のっぽさんもみんなのうた創設当時から製作にかかわってらしたのでした。『グラスホッパー物語』に先立つこと40数年前のお話です。
『線路』のうたは元気のいい歌声をということで、今回定期演奏会を聴きに伺った西六郷少年少女合唱団に依頼されました。このあと西六郷で当時の収録に参加された方にお話を伺う機会がありましたが、日曜の朝早くから夜遅くまでかかったうえ、次の日は学校で朝練があり大変だったとのこと。当時は土曜も学校でしたから、休みなしのハードスケジュールだったようですね。録音は編集しないでそのまま放送される「準生放送」。2分半、アクシデントなく収録できるまで何度も録り直しされたそうです。いやいやお疲れ様でした。
『線路』の映像は実写ですが、志村さんはこのロケにも行ってらっしゃいます。当時はまだ東海道新幹線の工事中で、東海道線の特急だった「こだま」でロケに行かれたそうです。12月からの放送ですがロケに行ったのは11月。日程がないにもかかわらず天気が悪くてこのときは撮影を断念。2回目に静岡県の函南付近でようやく撮影ができました。確かにススキが写ってますので秋の風景ですね。手を振る子供たちはエキストラの皆さんなのでしょう。アルバイトで雇うこともあったとおっしゃってました。
撮影した16mmフィルムは編集して字幕をいれて、「キネダコ」というビデオテープに写すのだそうです。普通にフィルムを映写したものをテレビカメラで撮影したようですね。このキネダコを使って放送するのですが、当時のビデオテープは大変高価なものだったので、放送終了後に別の番組のために次々と上書きされていったのでした。そんなわけで初期のみんなのうたの映像はほとんど残っていないのです。
キネダコに写す前の16mmフィルムは残ってないのですかときいてみたのですが、ロケの映像は単なる素材なので編集が終わるとすべて破棄するとのことでした。編集済みのフィルムも音が入っていないのでキネダコ作成後は原則破棄された模様です。ビデオテープは高価でもフィルムやフィルム素材だったら残っていて、再構成できる可能性はないかと思っていたのですが、それも望み薄なようですね。
ちかちゃんさんによると8mmと違って16mmフィルムは場所をとるし、フィルムの素材自体も劣化したりカビが生えたりしやすく、温度や湿度をちゃんと管理しないとすぐに痛んでしまうのだそうです。言われてみるとそうですね。当時の番組の素材となるフィルムは膨大な量に上ったと思われますし、次の番組の製作に手一杯で放送済みの素材を管理するマンパワーも場所もなかったことでしょう。当時の映像がほとんど残っていないのも致し方のないことだと納得しました。
大体、このような感じで当時のみんなのうたはつくられていたわけです。これを二ヶ月に7曲ずつ、後藤田さんと志村さんのお二人で担当されていたというのは、全く頭の下がるお話です。志村さん、貴重なお話をありがとうございました。
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映画の方の「テルマエ・ロマエ」を見にいってきました。さすがにすごい人気ですね。新宿のバルト9もピカデリーも満席だったので練馬のシネコンまでトリップして見てきました。こちらもほぼ満席だったのですが、20分まえでもチケットが買えたのでいったかいはあります。
(以下、物語の核心に触れる部分があるかもしれませんので、まだご覧になってない方はご注意ください)
最初はややテンポが速くて、ルシウスが初めてみる平たい顔族の風呂文化に感じた驚きが伝わってきにくいように感じました。もう少し一つ一つ立ち止まって欲しかった気がしましたが、後半の展開に時間を残すためには致し方がないのかもしれません。
それでも「ケロリン」の風呂おけやショールームのジャグジーのくだりでは客席から笑いがもれてましたし、シャワートイレのくだりでは爆笑に近い感じで受けてましたね。
起承転結の転に当たる部分はハドリアヌス帝との葛藤のくだりになるでしょう。ここからルシウスが立ち直って平たい顔族の皆さんと湯治場をつくっていくくだりはなかなか感動的でした。ラテン語ぐらい学んでおくべきだとルシウスに悪態をつかれてた真実ちゃんがラテン語を必死に勉強するくだりも好きです。
まあ、本来ならゲイオニウスはもっとルシウスを妨害してしかるべきですし、ルシウスをワニから救った伊丹屋の跡取りがあっさり振られるのも気の毒ですが、そこは風呂漫画。お湯に流しておきましょう。
前半で出てこなかった露天風呂のくだりやシリアの湯治場のくだりが最後に回って着地するストーリーは見事です。そしてルシウスと真実の別れのシーン。いいですね。ひと風呂浴びて、あがいてみるかという気分になることができました。とりあえず板橋の稲荷湯にいってみましょうか。
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3日は演奏会の後にみんなのうたファンによるオフ会が開かれました。昨年、熱中スタジアムの「みんなのうたナイト」で貴重なコレクションを披露いただいたるんるんさん、『大きな古時計』のジオラマをお見せいただいた初恋天使さん、発掘プロジェクトに数多くの音源を提供された神原さんと津吉さん、シンガーソングライターのちかちゃんさん、西六郷合唱団OBの門馬さん、るんるんさんのお知り合いのオーケストラの団長さんと大賞を受賞されたこともある似顔絵作家さん、そしてみんなのうた創設の時期にディレクターをされていた志村さんを特別ゲストにお迎えするという実に豪華なメンバーです。空前ではあるものの絶後にはしたくない、そんな集いでした。
演奏会後、トリトンスクエアの中庭に移動してちかちゃんさんにオリジナルソングを披露いただきました。『東京タワーの下(もと)で』。東京タワーには私も何度か行ったことがありますが、足下に立つと遠くから見たときとはまた違った感慨がありますね。四つの足をしっかりと踏みしめ力強く空に向かって伸びていく。そんな姿に励まされた体験をうたった作品です。伴奏もちゃんと用意されていて、伸びやかなサビの歌声は東京タワーの姿を彷彿とさせるものでした。ちかちゃんさん、素敵な作品をありがとうございます。
その後、喫茶店に場所を移して志村さんにお話を伺いました。志村さんは1962年4月から1年半とおっしゃってましたからおそらく1963年9月まで、みんなのうた創設者の後藤田さんと一緒に番組の制作にあたられていました。『線路は続くよどこまでも』や『大きな古時計』『ドレミの歌』といった作品を手がけられています。
今のみんなのうたは二ヶ月ごとに2曲~4曲の新曲が放送されていますが、当時は二ヶ月ごとに7曲が放送されていました。再放送はまだなかったので二ヶ月ごとに7曲の制作を行うことになります。何人ぐらいで担当されてたのかお伺いしたところ「二人」とのお返事でした。後藤田さんとお二人で曲の発掘から作詞、編曲の手配、収録、アニメーションの手配やロケの実施、映像の編集などをされてたんですね。びっくりです。
「他の部署からはそれでも多いと思われてたんだよ」
と志村さんはおっしゃってました。たった5分の番組に二人もついて‥ということかもしれませんが、1~2週間で1曲を仕上げていったそうですからやはり想像を絶する大変さだったろうと思います。そのご苦労のおかげで自分たちは楽しい曲の数々に親しく接することができたわけですから、改めて感謝申し上げたいですね。
そんなペースですから、オリジナル曲をつくるというのはほとんど無理で、日本や外国の知られざる名曲を紹介するというのが当時のスタンスだたようです。何十もレコードを聞いて毎クール10数曲の候補をピックアップし、そこから放送曲を選んでいったそうです。その際、楽譜を初見でどんどん歌える天地総子さんが活躍されたとのこと。みんなのうたで22曲を歌ってらっしゃる天地さん、制作の段階からかかわってらしたのですね。
(つづきます)
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東京ヤクルトスワローズの宮本選手が今日の第1打席で2000本安打を達成されました。綺麗なセンター前ヒットです。福井くんの球が甘かったのもありますが、逃さずヒットにするあたりはさすがですね。
おめでとうございます!
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入場券は内野外野ともにすべて売り切れです…って繰り返しアナウンスが流れてます。GWの地元2000本安打の可能性濃厚とあっては当然でしょうね!
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昨日はるんるんさんのお誘いで、西六郷少年少女合唱団の定期演奏会を聴きにいってきました。場所は晴海のトリトンスクエア内の第一生命ホール。

トリトンスクエアに入ったのはじめてだったのですが、大きいですね! 入り口の大広間とかポセイドンの神殿かと思いました。中も通路がわざとくねらせてあって、道に迷いやすくするつくりになっていました。
るんるんさんのお知り合いや去年の熱中スタジアム「みんなのうたナイト」でご一緒した方々とも合流して14:00に開演です。今日はみんなのうた仲間のオフ会も兼ねていて、るんるんさんがメンバー紹介のパンフを作ってきてくださっていました。オフ会の模様もまたのちほど紹介しましょう。
西六郷少年少女合唱団は1955年の創立で、みんなのうたでも51曲を歌っています。『線路は続くよどこまでも』や『それ行け3組』といったお馴染みの曲、先日発掘スペシャルで放送されてた『あくびのむこうにとびだそう』や『じゃがいも』『ふるさとのヨーデル』といった元気のよい曲が持ち味といえるでしょう。創設者の方の逝去でいったん解散しますが、その後再結成され今日に至っています。今回はじめて定期演奏会を聴く機会に恵まれました。
第1部前半は「たのしい歌・みんなの歌」ということで小学生のメンバーとの合同演奏です。『冬の行進』『たのしいショティッシュ』『私の回転木馬』といったみんなのうたナンバーが元気よく歌われました。♪ 1、2、3、4! 冬は進む~ は力強く、 ♪ くるくる回る~回転木馬~ は手拍子も入って気持ちが弾みますね。
『逃げた小鳥』もみんなのうたナンバーですがこちらはスローバラードです。ふわーっと膨らみのある声が広がって良かったです。こういう曲の方が得意なのかも、という気もしましたね。そして「70年代われらの世界」の主題歌だった『青い地球は誰のもの』。冨田勲さんのイントロを聴くと涙が出てきます。こういう曲を子供達がうたうのも大事なことだと思います。
第1部後半は「日本の合唱曲」と題して『烏かもねん勘三郎』や『こんぴらふねふね』といった民謡や童歌を題材とした合唱曲です。小学生メンバーが退出して20名ほどの中高生メンバーの演奏となりました。人数は減ったのですが、いきなり声量がグワッと増したのにはびっくりしました。よっぽど鍛えられてるのでしょうね。コンクールでも歌われる間宮芳生さんの難曲を見事に歌いこなしていきます。『四国の子ども歌』は湯山明さんの超絶技巧ピア伴付きですが、それに負けない技を披露してくれました。いやいやすごかったです。かつては『それ行け3組』のような元気のよさが特徴だった印象がありますが、高度なテクニックを身につけた合唱団に変貌してきているようです。
第2部は「名曲をたずねて」。クラッシックの名曲を合唱に編曲したナンバーです。インターミッションの間にピアノが指揮者より前に移動していました。ブラームス、チャイコフスキー、フォーレ、ショパン…。ピアノの聴かせどころも満載です。『ぼくらのトロイカ』はややリズムがばらけるところがありましたが『エレジー』や『別れの曲』はよかったですね。深みのある歌声がぐぐっと迫ってきます。ショパンのピアノも別れの悲しみを切々と訴えかけてきました。最後は『スケートをする人々』。『スケーターズワルツ』ですね。トライアングルや鈴の音とともに気持ちのよい歌声でした。
第3部はこどものための合唱組曲「お菓子のうた」です。
蓬萊泰三さん、南安雄さんという「チコタン」と同じ作詞作曲者ということでひょっとしたらトラウマソングではないかとやや心配してましたが…。全然そんなことはなくて楽しい作品でした。ふわ~ふわ~とおなかの中が青空になる『わた菓子』。ピアノの連弾で賑やかにくちゃくちゃ味わう『チューインガム』。ミステリアスにペロペロ、ペロペロ舐める『ソフトクリーム』。個性豊かなお菓子たちが次々と登場します。骨はないけど中身のつまった『たいやき』はさあ食ってみろ!と江戸っ子風に威勢よく迫ってきました。下町の合唱団の風情が伺われて良かったです。パリポリパリポリ『おせんべ』を食べてたお姉さんはお嫁にいってもういません。擬音が効果的に使われている組曲ですね。終曲ではタンバリンやギロの奏でるタンゴのリズムにのって『ポップコーン』が愉快に弾けていました。
アンコールは豪華に三曲です。 ♪このみちこみち、いつまで続く坂道…という曲と ♪風よ雲よ光よ…という曲ははじめて聞きましたがいい曲ですね。そして最後に流れてきたのは ♪ ぼくらのま ち は ~ かわっぷち~ という軽快な歌声でした。西六郷少年少女合唱団の団歌『ぼくらの町は川っぷち』です。みんなのうたでは1964年に初回放送されています。このころからずっと歌いつがれてきてるのですね。♪ 低い煙突 背伸びしろ~ 細い煙突 風邪ひくな~。自分たちの町への愛情と合唱団の歴史がたっぷりつまった歌声でお別れです。
西六郷の皆さん、楽しいひと時をありがとうございました!
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お馴染み、小椋佳さんの作品です。小椋さんの作品としては『さらば青春』(1975年初回放送)についで二作目になりますね。疾走感溢れる前作とは打って変わったスローバラードです。
♪ オナカの大きな王子さま
♪ 白いお洋服が破れそうだよ
三連符のアルペジオにのってはち切れそうなオナカをした王子様が登場します。ハンモックに揺られるような三連符のシンコペーション。空飛ぶ絨毯で空中を漂っているような気分になりますね。
映像はのちに『メトロポリタン美術館』を制作される岡本忠成さん、「怪物くん」などのアニメ作品を手がける秦泉寺博さんと、人形の関節造形のスペシャリスト小前隆さんの担当です。歌の中には王子様と魔法使いが出てくるのですが、画面には執事みたいなお付きの女性や犬や猫、それにサイババみたいなヨガの修験者が登場します。
ガリガリの身体で仙術を使う修験者が強烈ですね。飲み込んだ金のボタンを蝶の群れに変えて吹き出したり、逆立ちしてジュースを飲んだり。空飛ぶ絨毯でフワフワ飛んだかと思えば、ライオンのようにタテガミを生やして犬を追っ払ったり。相当の修行を積んだのでしょう。
もとの歌詞では空飛ぶ絨毯は魔法使いが持ってくることになっています。王子様はこの絨毯に乗りたくてダイエットを思いつくのですが、放送バージョンでは2番がカットされたため王子様は修験者に触発されて今夜のご馳走をやめようかと思案します。
♪ オナカの大きな王子様
♪ いつまでたっても食べてるんだね
ここも4番の「ちょっとだけなら食べようかな」というくだりがカットされています。ちょっとだけ…と思いながらいつまで食べてしまうありがちな心理が描かれていないのが少し残念ですけど、その代わり空飛ぶ絨毯に乗ろうと苦労したり、犬猫が暴れてももくもくとご飯を食べ続けたりする姿が可愛いですね。
♪ オナカの大きな王子様
♪ 空飛ぶ絨毯に乗りたいな…
減量に失敗した王子様は飛行機に乗って空の旅です。飛行機の中でも機内食を延々と…。ふと窓の外を見ると修験者が絨毯に乗って悠々空を飛んでいます。ああなりたい…。けど目の前のご馳走も捨てがたい…。王子様の思いをよそに修験者は再び生命の木の下で座禅を組み始めるのでした。
この曲は小椋佳さんが1973年6月に出したアルバム「ほんの二つで死んでいく」に収められています。第一次石油危機直前、高度経済成長最末期にあたりますね。高度成長の影で激しい公害を経験して方向転換を図りつつあった時期でもあります。今夜のご馳走やめようかな。ちょっとだけなら食べようかな。そんな葛藤を感じつつあった時期ともいえるでしょう。
ちょっとだけ…と思いながら、いつまでたってもやめられないもの。それが経済成長であり飛行機に象徴される現代文明そのものなのかもしれません。オルタナティブ(代替案)の存在を知りつつ、なかなか今の暮らしを変えられない。この作品をそんな現代の寓話と見るのは読み過ぎかもしれませんが、『まだ遅くは』(1981年)や『山に抱かれて』(1994年)といったすぐれた環境ソングをつくられた小椋さんなら、ありうるかなという気もしますね。
『オナカの大きな王子さま』
作詞:小椋佳
作曲:小椋佳
編曲:所太郎
うた:川津恒一
動画:岡本忠成、秦泉寺博、小前隆
初回放送:1975年12- 1月
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飯山駅前の観光案内所で思わぬものを見つけて思わず、ええっ!と声をあげてしまいました。『グランパツイスト』(2010年初回放送)のワンシーンではありませんか。「高橋まゆみ人形館」とあります。これは行ってみなければなりません。
飯山城趾から飯山線をはさんで反対側に、高橋まゆみ人形館はありました。

高橋まゆみさんは飯山在住の人形作家です。館内には独特のリアリティをもつ人形たちが登場するジオラマが多数展示されていました。大衆食堂や花火見物、分校の卒業式。入院する母の見舞いや認知症の奥さんとのひと時。飯山周辺の暮らしを切り取ったジオラマに見入ってしまいました。
人形のつくりかたもビデオで展示されていました。発泡スチロールの球に粘土で肉付けして表情をつけたうえに布をあててコテで仕上げていきます。いきいきした人形たちはこうして出来上がるのですね。

クリアフォルダや絵葉書のお土産もありました。『グランパツイスト』の舞台って飯山だったんですね。意外な収穫があった旅でした。
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飯山城趾の桜が満開ということできています。長野駅から飯山線で40分ぐらい。途中の沿線も桃や桜や杏咲き‥といった桃源郷の風情でしたが、ここも見事な満開です。


城趾ということで石垣の上から桜を眺められるのが新鮮ですね。遠くに雪を頂いた飯盛山が見えているのもいいものです。雪と桜の取り合わせ。これもちょっと珍しいです。
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