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2007年10月12日 (金)

中国鉄道大紀行 その59 凧発祥の地

中国鉄道大紀行 その59 凧発祥の地
孔子の故郷、曲阜(きょくふ)を訪ねたあと9月10日は一転して強行軍で、日付が変わってすぐ夜行列車で出発し、ぐるっと山東省を一周します。

0:29、曲阜発。秋の旅では初めての車中泊です。軟臥(A寝台)でゆっくり寝ていくつもりでしたが…

 「寒~い!」
 「軟臥のはずだったけど、きたよこれ!」

冷房が効きすぎて寝るどころではないようです。やむなく食堂車でラーメンを食べて暖まって、ようやく眠りにつきました。お気の毒です。ちなみに食堂車は午前2:30まで営業してるそうで、従業員の皆さんもお疲れ様です。

うっすらと朝焼けの光が射してきて、5:43膠州(こうしゅう)着。関口さんは、乗務員さんに起こされて、髪がボサボサのまま乗換えのために降りていきました。

9:40、膠州発。一面のトウモロコシ畑の中を今度は西に向かいます。1時間ほど走って10:45にイ坊(イはサンズイ偏に維)につきました。年越しに飾る、木版の年画で有名な楊家埠村(ようかふむら)を訪ねます。年2000万枚を生産して、中国全土から近隣諸国まで輸出してるとか。べらぼうな数ですね。

関口さんが街中を歩くと、ずらりと凧の店が並んでいました。店頭で凧を作ってる女の人に、お祭りでもあるのかと尋ねると‥

 「ここは凧の発祥地なの。凧はここで生まれたの」

 「た、凧の発祥地!?」

とってつけたような会話ではありますが、「凧の発祥地」という言葉にはインパクトがあります。凧なんて世界中どこにでもあるもので、各地で独立に考案されたイメージがあって「発祥地」なんて考えたこともないのですが、調べてみるとどうも古代中国から東アジア、ヨーロッパ、アメリカと広がっていったもののようです。

紀元前300年とも400年とも言いますが、木版画に糸をつけて飛ばしたのが最初だとか。偵察とか軍事用の用途が主だったみたいですが、紀元前150年ごろに紙が発明されてからは紙凧で遊ぶなんて用途も始まったようです。

日本には平安時代ごろ渡来し、江戸時代には禁令がでるほど凧揚げがはやりました。ただ正月だけは幕府も認めたことから、凧揚げが正月の行事になったようです。

その中国の中でも、木版画の里・楊家埠村が凧の発祥地なのでしょう。関口さんが一軒のお店を訪ねると、見事な立体凧が沢山飾られていました。人の顔を模したものもあれば、ワシの形をして爪のついたものもあります。

 「これも凧ですか?」

関口さんが尋ねたのは龍の顔をした置物です。それもまさに凧で、店のおじさんが持ち上げると、翼がバッと広がってガオーと鳴きました。これが空にあがると、さながら龍王バハムートです。

カニ道楽のカニみたいに足が動く凧や、風車がついていてそれが回るとカエルの人形がもぞもぞ動く凧、小さなタイコがテンツク鳴る凧など、次々に変わった凧が出てきました。

 「こまか~、細かいね~!」

関口さん、ビックリですが、紹介する店のおじさんはとても得意げで、関西人の私には実に見覚えのある光景です。そう、これぞまさにパ~ラダイス!

日本の各地に手作り作品をこれでもかと展示されている発明家の方がいらっしゃいますが、中国にもいらっしゃるんですねえ、そういう人。是非ナイトスクープで取材にいって欲しいですが、予算がない番組だから難しいかな。

発明品の数々に感心した関口さんが「ライバルはいるのですか」と尋ねると

 「メイヨー」
 (中国全土に一人もいない)

とのことでした。自信満々な所も、まさにパラダイス。でも、実際に凧を揚げてもらうとうまく揚がらず、街灯に引っ掛かってしまいました。凧作りの名人は必ずしも凧揚げの名人ではなかったようですね。(チャチャチャン!)

16:20、イ坊発。西に向かうこと1時間でシ博着。この辺は難しい漢字の地名が多いです。これで今日の長旅が終わるとともに、春からの走行距離が2万キロを越えました。地球を半周する距離。面白くも過酷な旅ですが、残り1万6千キロのご無事を祈りたいと思います。

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