« 中国鉄道大紀行 その73 長城の果て | トップページ | 中国鉄道大紀行 その75 東北漫才 »

2007年11月 4日 (日)

中国鉄道大紀行 その74 緑の長城

中国鉄道大紀行 その74 緑の長城
10月3日は秦皇島(しんこうとう)から山海関の関を越えて、東北部の盤錦(ばんきん)、遼陽(りょうよう)に向かいます。

8:00ちょうど秦皇島発。今日はいい天気です。関口さんは、夜勤明けの乗務員に混じって遅めの朝食です。23時間走るとか言ってましたから、北京よりも遠くから夜通し走ってきた列車なのでしょう。皆さんお疲れ様ですね。

車窓にはトウモロコシの束を屋根に分厚く乗せた家が並んでいました。1mほどの厚さで、トウモロコシの帽子をかぶっているみたいです。実や茎を乾燥させてるのでしょうけど、こんな方法がとれるところをみると、ほとんど雨は降らないのでしょう。

遼河の河口が近付いてきて、湿地帯が広がってきました。タンチョウヅルなど250種の野鳥が暮らしているそうです。トウモロコシ畑も水田に変わり、黄金色の稲穂が風に揺れていました。遼河は上流に沢山工場があって水質の悪化でも有名な所ですが、映像で見る限りはあまり影響は感じられません。

11:04、盤錦着。人口124万人。遼河油田の石油を用いる石油化学工業が盛んな街です。郊外に出た関口さん、延々と伸びるポプラ並木を見つけました。

 〈警民魚水情〉
 〈共建緑長城〉

という石碑が立っています。これは中国政府が1978年から建設を進めている「緑の万里の長城」の一部なのでした。森林面積が国土の17%しかなく、それ以上の面積が砂漠化しているお国がらですから、植林は国家的な大事業です。「東北、華北、西北」の三北をつなぐ植林帯は「緑の長城」と呼ばれ、すでに4500kmが完成しているとか。

水路に沿ってポプラ並木が真っ直ぐに遠くまで伸びています。

 「なげー!ほんとになげー!すげーなげーー!!」

このポプラ並木が風や砂を遮ってくれるので、近くには野菜や花が植えられていました。この近くを植林した人によると、10年前はあたり一帯砂漠だったそうです。もともとは牧畜をしたかったのだけれど、乾燥がひどくて緑化から始めなければならなかったということでした。

 「普通の土地だと半月に1回水をやればいいが、ここは2日に1回やらなければならないんだ」
 「水はどこから引いてくるんですか」
 「地下水だよ」

緑化で問題になるのは水ですが、多くの場合、地下水のあるところを選んで緑化が行なわれているようです。遼河の下流では、降水量が少ないので砂漠化してたようですが地下水は豊富にあります。内陸でも地下水がある所では立派な森林が出来てる所がいくらもあります。

ただ、内陸部の地下水は限りがあるので、水が枯れると緑化した土地ももとに戻る恐れがあります。一方で緑化が進むと土地の保水力がましたり、降水量が多少増えたりすることが期待できます。したがって、内陸部の植林は地下水の枯渇が早いか、保水力、降水量の増加で地下水が回復するのが早いか、時間との戦いになると言えるでしょう。緑の長城は75年計画ですが、最後の植林が終わるころには、最初の植林の運命も明らかになっているかもしれません。

16:28、盤錦発。アカシアの木の枝打ちを手伝った関口さん、列車の中で地下から雨が降ってくる絵日記をかいてました。地下水の勢いが勝って欲しいものです。

再び現れた湿原にオレンジ色の夕日が沈むと、地平線に花火が見えました。向かいの席のお兄さんたちの音楽に合わせて「北国の春」を熱唱した関口さん、上機嫌でした。

 「幸せな日だね、今日は~」

19:02、遼陽着。明日も幸せな旅になりますように。

|

« 中国鉄道大紀行 その73 長城の果て | トップページ | 中国鉄道大紀行 その75 東北漫才 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121873/16976004

この記事へのトラックバック一覧です: 中国鉄道大紀行 その74 緑の長城:

« 中国鉄道大紀行 その73 長城の果て | トップページ | 中国鉄道大紀行 その75 東北漫才 »