中国鉄道大紀行 その75 東北漫才

10月4日は、遼陽(りょうよう)から東の本渓(ほんけい)によって、省都・瀋陽(しんよう)を目指します。
10月1日の国慶節(建国記念日)から1週間は連休だそうで、4日は連休の中日にあたります。メーデー付近も連休でしたから、春と秋に大型連休があることになりますね。気候のいい時期ですから結構なことですが、大型連休に人出が集中すると、混雑が激しくなるので、休みを分散させた方がいいという議論もあるようです。
出発まで時間があるので関口さん、近くの公園に散歩にでかけました。入口に大きな赤いアーチがかかっています。公園の木々には赤や白のパラソルが吊されていて、お祭りの雰囲気です。木陰に舞台が組まれていて、寸劇のようなことをやってました。
「なんちゅーかっこしとんじゃ!」
男女のペアなのですが、男性がスカートのようなダブダブしたズボンを穿き、女性が赤いヒラヒラした衣装をつけています。ひとしきり、コントをすると、緑の小さな座布団を取り出してクルクル回しはじめました。
これが「二人轉」と呼ばれる、中国東北地方で人気のある漫才ショーなのだそうです。歌あり踊りありコントあり曲芸ありで、日本の漫才よりバラエティに富んでいます。最初、失敗したのか演出なのか、座布団を飛ばしてしまってましたが、その後は二人並んで頭の上でクルクル回したり、足をくぐらせたりしてなかなか上手です。沢山、拍手を浴びてました。
連休中はこういうショーが各地で行なわれいるそうです。「東北漫才」で検索しても余り出てきませんが、「二人轉」で検索すると沢山ヒットしました。中国語のサイトばかりで書いてあることはよく分かりませんが、人気があることは確かなようですね。
この公園は明代のお寺の境内だそうです。遼陽は、遼や金の時代の副首都で沢山のお寺が建てられていました。明のあと、満州に後金が建国されると、遼陽は一時期首都となりましたが、まもなく奉天(ほうてん、今の瀋陽)に首都が移されると、多くの建物が壊されて奉天に移築され遼陽は廃墟となったということです。
ほとんどの建物が礎石のみの姿になった中で、遠くに丸いドームを備えた高い塔が見えました。曰くがありそうです。
「あの丸い塔はなんですか?」
「水道の塔だよ。今は使われてないけど」
仏塔かと思うような外観なので、知らないと記念写真とか撮ってしまいそうです。
境内の中央近くには、今度は正真正銘の仏塔がありました。高さ70mの「白塔」です。
「綺麗だよね~。六角形~」
実は八角形なのですが、大きな建物なので手前に角が四つ見えて、裏に二つあるようにも見えます。各面に優美な仏像が掘られ、その上に13段の屋根がウエハスのように重なっています。1000年ほど前の金の時代に作られた建物で、当時の面影を伝えるものはこれだけのようです。遼陽のあたりは日露戦争の激戦地でもあり、両軍合わせて20万以上が激突した地ですので、これだけでも残っているのは幸いと言えるでしょう。
休日の公園でのんびりすごして、15:07遼陽発。瀋陽はほぼ真北なのですが、とりあえず東に向かいます。車窓はススキがなびいてすっかり秋の風景です。車内でもホオズキを食べる人、トウガラシを友人宅に持って行く人‥
石炭や鉄鋼のコンビナートが建ち並び、夕日が西に傾くころ、17:05本渓着。石炭を満載した貨物列車が停車してました。ここで瀋陽行きに乗換えます。休日でも製鉄所には5万人の従業員が出勤し、瀋陽行きは大変な混雑です。学校や病院まで抱えた国営企業方式がまだ維持されているのでしょうかね。
18:55、本渓発。まっくらな中を今度は北西に瀋陽に向かいます。向かいの席の年配の女性に仏教の本をもらったりしているうちに20:06瀋陽着。明日は省都の探検です。
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