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2007年11月 7日 (水)

中国鉄道大紀行 その76 ヤマトホテル

中国鉄道大紀行 その76 ヤマトホテル
10月5日は瀋陽(しんよう)を探検したあと、北上して四平(しへい)から梅河口(ばいかこう)に至ります。

瀋陽は遼寧省の省都で東北地方の中心都市です。人口737万は中国でも5番目。旧名は奉天で一時期後金の首都が置かれ、清の時代には副首都となりました。

日露戦争後、日本が南満州鉄道(満鉄)の権益を手に入れると、鉄道総局が置かれ、満鉄本社の置かれた大連と並んで満州進出の拠点となった土地でもあります。日本とは因縁浅からぬ土地で、うちの親も一時期奉天に住んでいたそうです。

街には当時の面影を残す建物があちこちにありました。駅前の銀行は元「満州興業銀行奉天支店」ですし、瀋陽最大のホテル、瀋陽賓館は満鉄が建てた「奉天ヤマトホテル」だったりします。関口さん、何やら横断幕のかかった「ヤマトホテル」を訪ねました。

格式の高そうな入口をくぐると、大きなホールがありました。高い天井にはシャンデリアが下がり、装飾を施した丸窓には優美なカーテンがかかっています。正面には緋色の幕が左右にかかった舞台が‥

 「昔の舞台って感じだね、これ。昔のままですか」

 「昔のまんま変えてません。舞台から何からすべて当時のものです」
 
1927年といいますからちょうど80年前に建てられたホテルですが、古い感じはしませんね。むしろとてもモダンです。できた当時は超最新式のホテルだったのでしょう。満州事変の調査に訪れたリットン調査団もここに泊まったのだとか。

 「こちらに宿泊した方の名前があります」

エレベーターの脇にリストが貼ってありました。

 〈毛澤東、周恩来、劉少奇‥〉

第5の都市の中心ホテルだけあって、錚々たる名前が並んでいます。

 〈朱徳、彭真、陳雲、林彪‥〉

中国現代史の試験問題ができそうです。日本人の名前もありました。

 〈土肥原賢治、松岡洋右‥〉

日本人のリストには《侵華日軍、関東軍》の注釈がついています。それはそうなのですが、そういう由来のあるホテルをよくそのまま残しているなあという点に逆に感心しますね。せっかくの最新施設なので、使えるものは使おうということだったのだとは思いますが。

13:28、瀋陽発。東北平原の穀倉地帯を北上します。稲刈りはすっかり終わって、田んぼのあちこちに稲藁がうずたかく積まれていました。関口さん、瀋陽で買った牛丼でお昼ご飯です。

 「久々の牛丼~」

片や、クレープの皮のようなものに長葱や豆腐に味噌をつけてくるんで食べている人もいました。中華風のクレープでこちらの郷土料理らしいです。

 「このあたりではみんな大好きさ~」

車内では笙をピーヒャラパッパラ吹いてる人もいます。列車の中で歌をうたったり楽器を演奏したりといったシーンが良く出て来ますが、周りの人が特に気にしている様子もありませんので、珍しくない光景なのでしょう。

夕日が西に傾くころ、16:21四平着。すでに吉林省に入っています。人口330万でウィキペディアによると「東方のマドリッド」と呼ばれているそうです。ヨーロッパ風な街並みがあるのでしょうか。どういう風にマドリッドなのか良く分からないうちに、梅河口行きに乗換えます。

関口さんが絵日記を描いていると、女性の編集者の方が覗きこんできました。しきりに絵がうまいと感心したかと思うと、突然

 「くださる?」

さすがに、あげる訳にはいかないですね。丁重にお断りして、一緒にキュウリを食べたりしているうちに18:34梅河口着。満漢全席で始まった今週の旅はここで終わりです。お疲れ様でした!

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