中国鉄道大紀行 その78 東方のモスクワ

10月16日は大安北(だいあんきた)から譲湖路(じょうころ)を経由して、東方のモスクワと言われるハルビンに向かいます。
8:39、大安北発。だだっ広い原野を列車は北上していきます。今は茶色く枯れていますが、短い夏には野鳥の楽園になるのでしょうか。朝日にキラキラ光る大きな川を渡って黒竜江省へ。雄大な景色です。
お腹にお金を巻き付けた赤ちゃんがいました。おばあさんにつけてもらったそうですが、頭から足まで紐でくくったお金をくぐらせると長生きするのだそうです。「お金に不自由しない」のかと思ったら「長生きする」という所が面白いですね。長寿のおまじないをうけた赤ちゃん、ニコニコ笑ってました。
11:13、譲湖路着。ここでハルビン行きに乗換えです。天気はいいのですが厳しい冷え込みで、関口さんは長春で買った〈保暖内衣〉をご着用です。平たくいうと、ももひき。暖かそうです。
「いいよ、ももひき。ももひきは素晴らしい〜♪」
11:36譲湖路発。こちらは混んでいて、少し上等そうな車両でした。黄金色のポプラ並木を抜け、松花江の向こうに高層ビルが見え始めるとハルビンです。
13:56、ハルビン着。人口970万人。黒竜江省の省都です。「東方のモスクワ」と呼ばれるだけあって、駅前には洋風というかロシア風の建物がズラリと並んでいます。ここはかつてロシアが権益を持っていた、東清鉄道と南満州鉄道の分岐点で、ロシアの東方進出の拠点として築かれたまちです。
東清鉄道はシベリア鉄道につながり、そのままモスクワからヨーロッパ各国につながっています。飛行機のなかった時代にはハルビンは中国からみてヨーロッパへの最短ルート、ヨーロッパへの入口とも言える都市でもありました。中国東北部の真ん中にヨーロッパへの入口があろうとは、ちょっと意外ですけどね。「どこでもドア」が取り付けてあるみたいです。
〈ロシアショップ〉と書いた土産物屋で関口さん、ちょっと気になる懐中時計を見つけました。
「これは丈夫ですか?」
「とても丈夫ですよ」
女性の店員が答えます。
「この先もロシアのお店は続いてるんですか?」
「メイヨー(ありません。ここだけです)」
「本当? ここだけ?」
「ウソ。本当は沢山あります」
面白い店員さんです。
「でも、うちが一番安いし、他ではこんな美人が売ってないよ」
やりとりを聞いていた、回りのお客も爆笑してました。この界隈の名物店員なのかもしれませんね。
土産物屋を冷やかしているうちに、外は夕闇がせまってきました。ロシア正教のドーム屋根と十字架のシルエットが、黄金色の夕焼け空に浮かび上がっています。本当にロシアにいる気分です。
夕食は当然ロシア料理。元彫刻家兼建築家のオーナーが建てたお店で、牛肉の壺煮やピロシキを頂きます。
「うまいね〜、これ!」
「ピロシキは意外にサッパリしてるのね。うまい!」
食後にオーナーにお話を伺いました。
「中国とロシアのハーフだそうですね」
「そうです」
いきなり日本語で返事が帰ってきました。1988年から10年ほど、日本で建築の仕事をしていたそうです。
「観光客や若い人にハルビンの歴史を知って欲しくて、このレストランを建てました。」
古くは女真族の都が置かれ、満州語で「白鳥」を意味する言葉から名付けられたハルビン。冬は氷点下30℃に達し「氷城」とも呼ばれるこの街は、多くの民族が共存する国際都市でもありました。そうした歴史が伝わるといいですね。
夜のハルビンはライトアップの煌めきに覆われて光の城のようでした。19:33、ハルビン発。関口さんは夜行列車で次の目的地図們(ともん)に向かいました。
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