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2007年12月15日 (土)

中国鉄道大紀行 その100 ゼロに戻ろう

中国鉄道大紀行 その100 ゼロに戻ろう
11月15日、中国の旅最終日です。36543kmの旅が終わります。

5:45、アグス発。最後の列車は空色に赤のストライプの入ったダブルデッガー(2階建て車両)でした。天山山脈に沿って西に向かいます。9時半ごろ日が昇ってきました。遅い日の出です。砂漠なかをトラックが走り、その向こうをゴツゴツした岩山が続いています。

関口さん、座席で地図を広げました。これまでの旅路がマジックで印されています。しばし眺めて、おもむろにアグス―カシュガル間に赤い線を‥

 「やっと乗り終わるねえ」

鉄道の旅は今回で終わりにするらしいので、日本列島最長片道切符以来、4年間の旅もおしまいです。日本列島乗りつくし、ドイツ、イギリス、スペイン、トルコ・ギリシャ、スイス、中国と沢山乗ってきました。

11:23、カシュガルのホームにゆっくり停車します。ここで線路は行き止まり。一筆書きの旅ですから、行き止まりの駅はラサ以来2回目になります。

 「あ~」

関口さん、伸びをしながらホームに降り立ちました。

 「乗り終わり~!」

お疲れ様でした。総乗車時間、実に587時間11分。平均時速62.2kmで中国全土を巡った旅でした。

終点カシュガルは1999年にコルサ―カシュガル間が開通して終着駅になったので、終着駅としての歴史は浅いですね。もちろんシルクロードのオアシス都市としての歴史は古く、人口37万人の8割はウイグル族です。駅前はビルの建ち並ぶ新市街ですが、一歩裏道に入ると、日干しレンガの壁で囲まれた旧市街が広がっていました。

 「張り出しだ」

旧市街の家々は、それぞれが長い歴史を刻んでいます。一階の建物の上に張り出して二階が築かれたり、継ぎ足し継ぎ足しでいつしか迷路のような作りになりました。

迷路の両側はレンガの壁が続いて無愛想ですが、中にに入ると中庭があって家が建っているイスラム風の作りです。

 「綺麗だねえ。こんなの大好き!」

青い柱や階段の手すりにはこまかい装飾が施されています。応接室には赤やオレンジ色の暖色の装飾が‥

 「中の入ったら、こんなに綺麗なんだわ」

レンガ作りの外壁との落差にビックリしますね。

路地の上を渡り廊下みたいに家が張り出して、トンネルみたいになっている所もありました。上がらせてもらうと、渡り廊下に見えたところは部屋でした。

 「通れるわけじゃないんだ。道の上のお部屋」

おばあさんが携帯電話で話をしてました。お孫さんは自転車に乗って習い事に。自分の椅子も持参です。中世さながらの旧市街も、中は現代の生活が営まれていました。

 「旅が終わった気しないねえ」

関口さん、何回もそういってました。根室で終わった日本の旅と違って、カシュガルはシルクロードの真ん中で、中央アジアやイスラム世界の入口にあたります。終わりでもあり、新しい世界の始まりでもあり。終わった気がしないのもよく分かります。

それでも、中国の旅はここで終わり、列車の旅もひとまず終わりです。「異郷にあって己を知る」、日本をいろんな角度から考えなおす旅でもありました。その上でまた、日本と世界を結ぶ活動を「魂のような勢いで」始めたいと関口さんは語っていました。

駅からタジキスタンに向けて少し線路が敷かれ、そこで終わっています。ラサで線路を歩かせてもらってから半年余り。ようやく、もう一方の端にたどり着きました。ここまで一筆書きで線路は繋がっているのです。線路に耳を当てるとこれまで乗った列車の響きが聞こえてきそうです。一番端に立て札が立ってました。

 「何も書いてないんだね」

空白の立て札は、今後の行き先がまだ未定なことを示しているようでした。思い出の詰まった線路を引き返しながら関口さん、呟きます。

 「これで一度、ゼロに帰ろう」

きっと、新しい展開が見つかることでしょう。4年間、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!!

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