中国鉄道大紀行 その89 日本に一番近い砂漠


10月31日は砂漠化の進む通遼(つうりょう)を探検し、夜行列車でサンギーンダライに向かいます。
通遼は「日本に一番近い砂漠」と言われるホルチン沙漠の最前線に位置しています。人口は70万人。30年ほど前までは「ホルチン草原」と呼ばれていて、特に砂漠ではなかったようですが、家畜の飼いすぎで土地が荒れてしまい、強い風で砂が飛んで砂漠化が進んでいるようです。面積5万haは砂漠としては小さい方ですが、それでも関東平野の1.5倍にあたります。日本に近いだけあって、NGOや大学から緑化ツアーが出ていてネットで調べると沢山ヒットしました。
関口さんが、この通遼の郊外に行ってみたところ‥
「ありゃりゃ」
果たしてそこには砂漠が広がっていました。所々に木や草があって、完全な砂漠というわけではありませんが、ほとんどは砂地で表面には風紋ができています。砂地に降りてみると足首あたりまで、砂に埋まる感じです。
植物がちらほらあるということは、ある程度雨が降って、地下水があることを意味します。こういう土地を砂漠と区別して「沙漠」というようですが、砂がビュンビュン飛んで耕作に不向きなことには変わりがありません。
「いててて〜、アイタ!」
砂の坂を上って土手に立った関口さんに、強い風が吹き付けました。砂がビシビシ顔にあたります。
「こりゃ大変!もう口の中砂だらけ!」
おそらく目にも砂が飛びこんでくることでしょう。迂闊に足を踏み入れると、えらい目に合います。この砂の足を止めないことには緑化は始まりません。
という訳で通遼の郊外には、あちこちに防風林が植えられています。もちろん、いきなり苗を植えてもすぐ砂に埋もれてしまうので、藁の囲いを作って苗を植え、さらに家畜に食べられないように柵で囲うという手間暇かかる作業が必要です。
こうして防風林ができると、農場をつくることが可能になります。関口さん、防風林の合間に見えたビニールハウスを訪ねてみました。
「ニーハオ」
「ウォーツォン、リーベンライラ」
(日本からやって来ました)
農場の人に声をかけると、家に招いてくれました。ここでも可愛い犬がお出迎えです。
定年退職してここに移住してきたというご主人に、ビニールハウスを案内してもらいました。ちょっと変わっています。土の壁を潜ってなかに入ると北側に土壁が伸びていて、南側に骨格を組んでビニールが張られていました。北からの強風を防ぎながら、南から太陽光を取り入れる作りです。これはなかなかうまいですね。
「うわっ、逆にあっちいここ!」
中の気温は20℃を越えていて、関口さん、分厚いコートを慌てて脱いでました。
「こんな風に土の壁になってる温室、見た事ないです」
「ここは北京あたりじゃ考えられないほど寒い」
「壁の厚さが足りないと、すき間風が入ってくる」
土壁の厚さは90cmもあって、シベリアからの冷気をしっかり遮断してくれます。この壁のお陰で冬でもセロリやトマトが出荷できるのだそうです。
「外とは別世界だねえ〜」
市が造成した畑を借りているということですから、他にもこういうビニールハウスが作られているのでしょう。手間はかかったでしょうが、土地に適応した農法といえそうです。かなり感心しました。
砂漠地域の探検を終えて16:30、通遼発。流線形の新幹線みたいな特別列車に乗り込みます。色は青いんですけどね。これに乗るために通遼発がかなり遅い時間帯だったのかもしれません。サンギーンダライまで11時間の旅です。
長距離の割に食堂車はついてません。そのへんのコンセプトはよく分かりませんね。その代わり、予約すると途中駅でお弁当を積み込んでくれるそうです。グリーン車みたいな豪華な車内で、ホカ弁みたいなお弁当はちょっとミスマッチな気がしました。作りたてで美味しそうではあったんですけどね。
仕事で日本にいったことがあるというおじさんと語り合ううち、夜は更けていきました。午前3:15サンギーンダライ着。とんでもない時間に降りるものです。お疲れ様でした!
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