中国鉄道大紀行 その90 草原の乳牛村


11月1日は内モンゴル自治区のサンギーンダライ近郊の村を訪ねたあと、フフホトに向かいます。
今日の関口さんは、いきなり後ろ向きの登場でした。サンギーンダライ近郊のどこまでも続く一本道を後ろ歩きしていきます。
「顔に風あたると痛い〜」
午前10時の気温はマイナス8℃。昨日同様、強風がビュンビュン吹いています。体感気温はマイナス15℃くらいでしょうか。寒そうです。
やがて集落が見えて来ました。赤い屋根の家がちらほら立っています。その回りはだだっ広い草原。モンゴル族の人が住む乳牛村という集落だそうです。名前の通り一頭の牛が道端に繋がれていました。
「ニーハオ」
バイクに乗ろうとしていた男の人に声をかけます。後ろに青い容器が積まれています。
「チャン、シェンマ(これはなんですか)」
「メーゾン(牛乳だよ)」
これも名前の通り牛乳を生産してるのですね。これから「納めにいく」と言ってましたが、農協みたいなものがあるのでしょうか。紺色のモコモコしたジャンバーに、緑の頭巾をスッポリかぶった完全装備の出で立ちでした。これなら寒くなさそうです。
急いでいるのか、ちょっと愛想は悪かったのですが、「家に入ったら」と言ってくれました。おじいさんとおばあさんが留守番してるのだそうです。
扉とか、がたついて建て付けが悪そうでしたが、中は暖かそうです。
「寒かったね、これ〜」
「お茶をどうぞ」
おばあさんが暖かいミルクティを出してくれました。ただし塩味。内陸では塩が貴重品なのかもしれません。
うちの中は柔らかそうなソファの後ろに緑の絵がかけられ、テレビが置かれていました。ちなみに家の前には直径1mはありそうな巨大なパラポラアンテナが二つ。これで衛星放送が見れるのでしょう。
「こうやってお宅を作ったってことは遊牧はしてらっしゃらない?」
「5〜6年前に、この乳牛村に来ました」
遊牧の暮らしでは、パラポラアンテナやテレビは難しそうです。でも、単にそういう理由でもなくて
「牧草地が足りなくなったからね」
「新しいことを始めたんだ」
ということでした。過放牧を原因とする砂漠化の影が忍び寄っているように感じますが、その対策として定住化政策がとられているようでもあります。羊と牛ではどちらが草を消費するのか、俄かに分かりませんが、鉄道が通って牛乳の販路が開けた条件では、同じ収入を得るのに必要な草は乳牛の方が少ないのかもしれません。
ミルクティと一緒にマフィンのようなお菓子を頂きます。こちらは砂糖入り。
「パウチー(美味しい!)」
甘みと塩味が合う‥らしいのですが、塩味のミルクティの方は美味しいんでしょうかねえ?
隣りの部屋では、2才くらいのお孫さんが、「ママー、ママー」と呼んでいました。お母さんは「仕事」ということですが、サンギーンダライ駅周辺は何にもなさそうなので、もっと遠くまで出稼ぎに出てるのかもしれません。牛乳生産だけでは、収入が足りないのかも‥。ただ、この子の「ママー」は「お母さん」という意味ではなく、欲しいものがあると「ママー」というのだそうです。傘のおもちゃをもらって嬉しそうにしてました。
さらに関口さんが、モンゴルの民族衣装を着せてもらうと「ガーガー」。「格好いい」という意味らしいです。可愛いですねえ。
民族衣装はお祝い事のときなどに着るそうですが、防寒効果もばっちりのようです。材質はなんなんでしょうね。「外に出ても大丈夫」と言われて出て見た関口さん、
「あったかい〜。でも、顔は寒い〜〜」
ということでした。日本人がモンゴルの冬を過ごすにはかなり修行が必要なようです。
駅前がガラーンとしている割に建物が立派な駅に戻って13:31サンギーンダライ発。冬枯れの内モンゴル平原を西に向かいます。羊の群れが所々で枯れ草を食んでました。いつしか日が暮れて、21:27フフホト着。今週の旅はここで終わりです。お疲れ様でした!
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