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2007年12月31日 (月)

そんな訳で

今年ももうすぐ終わりです。

いまだに年を書く時に「2006」と書きかけてしまうくせが抜けないうちに2007年が終わろうとしています。忙しくて、あんまり味わう余裕のなかった年ですが、一つ本が出せましたし、もう一つも春には出そうですし、関口さんの鉄道大紀行も最後までレポートできたし、良かったとしましょう。来年は新しい仕事にとりかかりたいものです。

では皆様も、よいお年をお迎え下さいませ!

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みんなのうた三昧 2007

今日は朝からみんなのうた三昧を聴いて一日がすぎました。一応大掃除もしたのですが。

最初は去年と同じ曲が多かったのですが、中盤からはつぶやき岩の主題歌とか去年と違った曲が増えてきて楽しめました。変えようとすればかえられるということは、初期の曲はいつもの曲しか残ってないということかもしれません。

リクエストの方でもビデオコレクションになかった曲が、3曲ほどありましたのでその点でも収穫ありでした。

ただ70年代の名曲たちは今回も登場せずじまいで、ビデオ保存の始まった80年以前の曲はほとんど存在しない説を裏付ける結果になっています。当時の作品はフィルムで撮影されているはずなので、残ってるんじゃないかと期待はしてるのですが、「モッキンバードヒル」とか「いつかある日」とか「遠い風紋」とか「鳩笛」とか「名もない湖」とか「南風」とか「冬の日の子守歌」とか「二つの石」とか「巣立つ日まで」とか「瞳を閉じて」とか「ぶたが逃げた」とか「鬼の願い」とか‥いった作品にお目にかかれる日はくるんでしょうかね。。

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清水遠望

清水遠望
清水遠望
展望室の双眼鏡は昔は100円入れて15分見えるようになってましたが、昨日昇ったときにはタダになってました。

たわわちゃんが「無料だよ」って言ってましたから、タダになったのは結構最近かもしれません。100円をちまちま稼ぐより、沢山の人に昇ってもらった方がいいという判断なんでしょうね。

試しに携帯のカメラをくっつけてみると、うまく望遠写真がとれました。普段とは違う角度から撮った清水寺と東寺の五重の塔です。

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たわわちゃん

たわわちゃん
たわわちゃん
京都タワーのマスコットキャラクター、たわわちゃんです。

2004年に40周年を記念してつくられたキャラクターだそうですので、もう3年になりますね。全国各地のタワーキャラの中でもはじめの方ではないでしょうか。

HPには京都各地に出張して活躍する様子が載ってました。京都キャラの役割も担っているようです。

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京都タワー

京都タワー
京都タワー
昨日は久しぶりに京都タワーに昇ってきました。

1階は普通に土産物屋がありますが、2階がダイソーになっててちょいビックリ。えらくチープなタワーになってます。3階は本屋で4階は閉鎖されてました。

タワーには1階から専用エレベーターでまず11階に上がります。ここはちと高級感があります。1階か11階かで770円也のチケットを買ってさらに展望室へ。京都弁のアナウンスが流れるうちに地上100mの展望室へ。

昔は色々あった記憶があるのですが、今は純然たる展望室です。比叡山とか東本願寺とか見えて眺めは良かったですよ。

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2007年12月29日 (土)

随伴性分析覚えがき

アイテム間の随伴パターンを分析する。

→アイテム分類を細かくするか荒くするか、そもそもどう分類するか。

随伴の範囲を時間空間的に狭くとるか広くとるか、時空間以外の目印で随伴を考えるか。

いろんなバリエーションがありそうです。荒っぽく、広い分類で緩い随伴を考えても、何かの「縁」は抽出できて、探索の出発点くらいは得られそうです。

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2007年12月28日 (金)

ランダムフォレスト法

1 元データからブーツストラップ法で、多数のデータセットを生成する。

2 それぞれのデータセットから予測木を作る。

3 新規データをそれぞれの予測木に代入して予測実行。

4 各予測結果の「多数決」を最終的な予測結果とする。

というのが、ランダムフォレスト法で、かなり精度よく予測ができるのだそうです。面白いことを考える人がいるものですねえ。

しかも自動化されたアルゴリズムがフリーソフトで配付されてるとは!

今年のビックリ候補です。

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山都そば

山都そば
山都そば
津川、鹿瀬(かのせ)と山あいをゆっくり走っていきます。この間、各車両ではサンタの格好した女性スタッフがジャンケン大会をして記念品を配ってました。

移動の手段としては速い方がいいに決まってますが、イベント列車はゆっくりの方が長時間楽しめていいですね。

列車が鉄橋に差し掛かると、橋の向かい側や河原に沢山のカメラマンがズラリと並んで待ち構えてました。なんか凄い光景ですが、一日一回、一年でもそんなに多くないシャッターチャンスを待ってらっしゃるんですよね。朝早くから場所とりしてた人もいることでしょう。いい写真がとれたでしょうか。

2回目のエレクトーン演奏が始まってしばらくして、12:39山都(やまと)駅着。ここは山都そばの駅弁が美味しいらしいので買おうと思ったのですが‥

到着前にすでに沢山の人が降り口に並んでいます。まさかと思いましたが、つくとすぐに皆さんホームの駅弁売り場に殺到しました。山都そばって人気あるんですね!

遅れないように列に並びましたが、どんな弁当なのかうしろからでは見えません。売り子さんが「押さないで下さい!」とか言ってて、結構修羅場です。それでも、なんとか残り少ないそば弁当700円也を手にすることができました。

そば「弁当」というのでご飯もついてるのかなと思いながら開けてみると、本当にお蕎麦とお汁だけの中味です。エレクトーンの演奏が終わってからゆっくり頂きました。シャキシャキ感のあるお蕎麦にほんのり甘みがあって、なかなかの美味。町おこしのために力をいれてる産品だけのことはありました。

人口4000人ほどの山都町も2006年に喜多方市と合併して消滅しましたが、ラーメンとはまた違った名物として通用すると思います。

喜多方をすぎたころ、車掌さんが各車両に順番に挨拶にやってきました。おなかの底からの大声で

 「本日のご乗車、誠にありがとうございます!!」

 「SLクリスマストレインの旅、お楽しみ頂けましたでしょうか!?」

朗々とした挨拶で期せずして、拍手が沸きました。手間暇かけて準備してることがよく分かるイベント列車で、十分に楽しませてもらいました。こういうスタッフの方の熱意が、「磐越西線」なんてマイナーだった路線に沢山の人が訪れるようになった秘密なんでしょうね。

お疲れ様でした。
こちらこそ、ありがとうございます!

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2007年12月26日 (水)

狐の嫁入りの里

狐の嫁入りの里
狐の嫁入りの里
馬下(まおろし)を過ぎたあたりから山間部に入ります。阿賀野川が左手に見えてくると

 「この先、トンネルが続きますので、窓閉めにご協力をお願いします」

とのアナウンスが入りました。蒸気機関車ですからね。窓が開いてるともろに煙りが吹き込んできます。寒い時期なので、窓を閉めても問題はないのですが、暑い時期の旅行は大変だったでしょうね。

一つ二つとトンネルを過ぎるにつれて、窓ガラスが曇ってきました。トンネルで行きどころのなくなった蒸気が、窓ガラスに水滴となって付着するのです。外側が曇るので景色を見るには不都合ですが、しょうがありません。トンネルを出てしばらく走るとすすは少し残るものの、乾いて曇りが晴れてきました。

エレクトーンの演奏も終わって11:13津川着。ここで10分間停車して給水します。蒸気の元がなければ、蒸気機関車は走りませんからね。外に出て見ると、貯水槽からポンプで給水されているところが見れました。

津川は2005年までは人口5200人ほどの町でしたが、今は合併して阿賀町になりました。こでは毎年5月3日に「狐の嫁入り」行列が行われ、人口の10倍近い5万人の観光客が訪れるそうです。

津川城のある麒麟山に狐火が見えるという言い伝えを元に、1990年から始まった行事で、夕暮れ時から夜にかけて嫁入り行列が町を練り歩きます。そして麒麟山のふもとで結婚式をあげ、狐火となって山に帰っていくのだそうです。ユーモアの中に神秘性もあってなかなか興味をそそられました。

当日は駅員さんや警備のお巡りさんも狐のメーキャップをするそうで、街中狐一色になるのも楽しそうです。来年は行ってみようかな。

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2007年12月25日 (火)

エレクトーン演奏

エレクトーン演奏
エレクトーン演奏
列車は7両編成で真ん中の4号車が展望車になっています。新津を出て、山間にさしかかるころから展望車でクリスマスイベントのエレクトーンの生演奏が始まりました。

沢山、人が詰め掛けてましたが、窓際のスペースをなんとか確保。手すりによりかかりながら聞かせてもらいました。

奏者は鈴木さんというかたで、エレクトーンのコンクールで賞などもとられてるとのこと。トークを交えてクリスマスソングやとなりのトトロ、君をのせてといったアニメメドレー、冬ソナのテーマやクリスマス・イブといったラブソング集など堪能させてもらいました。奏者は一人なんですが、10人ぐらいの楽団かオーケストラがいるかのような多彩な音色が風景とともに楽しめて、エレクトーンというのは列車イベントにぴったりですね。

個人的には「世界の車窓から」のテーマ音楽が良かったです。列車に乗りながらあれを聞くとワクワクしてきます。関口さんシリーズの曲はなかったのですが、「風の街」とかも多分ぴったりなので、プログラムに入れてもらえると嬉しいです。

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新津駅

新津駅
新津駅
20分ほど走って10:03新津着。ここで11分停車します。乗客の皆さん、どっと降りて先頭に写真を撮りに走ります。C57「貴婦人」号の姿はさっき撮ったのですが、つられてまた撮りにいってしまいました。沢山ひとがいるので少し後ろめからパチリ。

この機関車は1969年までここ新津を中心に運行され、その後新津第一小学校に保存されていたそうです。1999年に復活するまでの30年をすごした「思い出の」地ということになりますね。

ちなみに新津市は人口68000人のまちだったのですが、2005年に新潟市に合併して秋葉区の一部となりました。合併もしょうがない部分もありますが、〈新潟市秋葉区の一部〉ではピンとこなくなってしまいました。

ホームでは名物の駅弁も売ってて人が殺到してましたが、朝ご飯を食べたばかりだったのでこれはパス。10:14、再びポーオォォォ―っと汽笛がなって新津を出発します。沿線では、子供たちが手を振っていました。

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2007年12月24日 (月)

汽笛一閃

汽笛一閃
汽笛一閃
9:43、新潟駅を出発します。その直前

 ポーオォォォォォォー――-----‥‥…

と、哀愁たっぷりに汽笛が鳴り響きました。その瞬間、まだ山陰本線に蒸気機関車が走っていたころのことがフラッシュバックします。まだ、小学校にあがる前ですけどね。すっかり田舎だったうちの近くを確かに走ってました。40年近く昔の光景が思いだされるのですから、音の威力は大したものです。

ゆっくり動きだした客車の窓から、もうもうとした煙りがたなびいているのが見えました。これまた懐かしいのですが、いつもこの煙りを浴びるのは、沿線の人にはたまらなかったでしょうね。でも、今月は22、23、24日だけの運行です。沢山の人が沿線からばんえつ物語号に手を振っていました。

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マークと行き先標

マークと行き先標
マークと行き先標
展望車の外側にばんえつ物語号の大きなマークがありました。展望車は今年の春にリニューアルしたそうなので、マークもそのとき新調されたのでしょう。

行き先標はクリスマス仕様で、とても可愛らしいデザインでした。

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C57機関室

C57機関室
C57機関室
ばんえつ物語号をひくのはC57機関車です。新津の小学校に展示されていた車両を復活させた物語は、まさにプロジェクトXの世界。車内でDVDの上映とかもやってました。

出発前は機関室に乗ることもできたのですが、ついたときにはすでに沢山並んでいて今回は乗れません。石炭をくべる所とか見てみたかった気もしましたが。とりあえず、石炭の山だけ撮ってみました。

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2007年12月23日 (日)

ばんえつ物語号乗車

ばんえつ物語号乗車
今回のメインイベント、ばんえつ物語号にいよいよ乗車です。新潟から会津若松までの旅。

詳しくは後ほどレポしましょう。

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2007年12月22日 (土)

新潟夜景

新潟夜景
新潟朱鷺メッセからみた萬代橋方面の夜景です。ここはなかなか綺麗でいいですね。

明るければ、日本海も見えるのですが、それはまた後日。

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雪国

雪国
雪国
トンネルを抜けると雪国でした。スキーをするには十分です。

土樽を通過しました。

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土合駅

土合駅
土合駅
谷川岳の地下にあるトンネル駅、土合です。地上まで延々と階段が続いています。

暗くてぶれてしまったのが残念でした。

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高崎だるま弁当

高崎だるま弁当
高崎だるま弁当
なかなか味が染みていて美味しかったです。

高崎で遅れが出て心配しましたが、なんとか水上までこれました。

(写真は水上駅)

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籠原

籠原
籠原
湘南新宿ラインの行き先駅として名前はよく聞く駅です。どんな所か来たことはなかったのですが。

みたところ普通の街ですね。太陽光発電パネルの製造工場とかあるのが見えましたが。深谷をすぎるとネギとかキャベツが沢山植わって畑作地域になります。

籠原駅には広い操車のスペースがあって、それで終着駅として使われているのでしょう。

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2007年12月20日 (木)

石炭灰で「ヒートアイランド抑制」

>東京電力は17日、路面温度の上昇を抑制し、地球温暖化防止の効果がある「ヒートアイランド抑制ブロック」を発売したと発表した。石炭火力発電所から発生し、水の浸透性が高い石炭灰を使うことで保水性を高めたのが特徴。晴天時には気化熱により最大5度の路面温度上昇を防ぐことができるという。

>完全受注生産で、地方自治体や開発業者を対象に、年10万個の販売を目指す。 ヒートアイランド抑制ブロックは、東電の石炭火力発電所から年40万トン程度排出される石炭灰の有効活用と、温暖化防止の“一石二鳥”の効果を期待できる。  

>実用化に向けては、今年4月から東京都千代田区と共同で同区大手町の歩道で実験を進めており、一定の温度上昇抑制効果が見られたことから販売に踏み切る。

>価格は1平方メートル当たり6800円とアスファルトの3倍程度と高いが、リサイクル資源を活用しており、既に商品化されている保水性ブロックよりは割安という。  東電は、浄水場で発生する泥水を加えたブロックも来年度中に商品化する予定で、これらブロックを自治体向けに積極的に販売していく考え。

FujiSankei Business i. 産業/石炭灰で温暖化防止…東電が「ヒートアイランド抑制ブロック.

気候変動の防止というよりはヒートアイランドの防止策ですが、保水性がよくて暑いときには蒸発によって何度か温度を下げる効果があるようです。こんなのとか屋上の緑化とかがとりあえずは必要でしょう。

ただ、価格が普通のアスファルトの3倍だそうですから、なんらかの導入促進策がとられないと、普及はしなさそうですね。

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2007年12月19日 (水)

白熱電球の製造中止表明へ 温暖化対策で蛍光灯に切り替え

>政府が温暖化対策の一環として、家庭やオフィスの照明で使われる白熱電球について、電力消費が大きくエネルギー利用効率が悪いことから、国内での製造・販売を数年以内に中止する方針を打ち出す見通しとなった。白熱電球に比べ消費電力が少なく、長持ちする電球形蛍光灯への切り替えを促す狙いがある。

>切り替えの期間は今後詰めるが、「3年以内」とする案も出ている。全世帯が電球形蛍光灯に切り替えた場合のガス削減効果は、約200万トンとみている。  

>ただ、家庭で使う電球形蛍光灯の価格は白熱電球に比べ10倍以上と高いため、消費者の反発を招く可能性もある。

リンク: 東京新聞:白熱電球の製造中止表明へ 温暖化対策で蛍光灯に切り替え:経済(TOKYO Web).

白熱電球は味があっていいのですが、しょうがないかもしれませんね。でも電球型蛍光灯、10倍は高すぎです。生産が増えれば、価格も下がるでしょうけど。白熱電球廃止となると、難航する可能性はありますね。

ちなみにこれで100万トン削減だそうですから、全排出量の0.07%ほどの削減になります。

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西南暖地で温暖化の影響顕在化 -水稲平年収量に関する検討会

>地球温暖化が水稲生産に与える影響があるかどうかを検証するため、昨年12月農水省に設置された「水稲平年収量に関する検討会」は、第6回目(最終回)となる検討会で、九州など西南暖地への温暖化の影響が顕在化してきているため、今後平年収量の算定の仕組みを替える必要があるとの結論をまとめた。

>検討会は、ブロック別の今後の平年収量の見通しを次のように予想している。

 ▽九州は北部を中心に収量が低下する
 ▽中国・四国は上昇傾向から安定傾向へ。一部では収量低下か
 ▽近畿は一部では上昇傾向だが、全体的にはおおむね低下か
 ▽東海は一部で上昇傾向だが、全体的にはおおむね安定か
 ▽関東・東山は一部で上昇傾向だが、全体的にはおおむね安定か
 ▽北陸は引き続き高位・安定傾向か
 ▽東北は引き続き高位・安定傾向か
 ▽北海道は引き続き上昇傾向か。

リンク: 農政ニュース/JACOM.

長期的な予測ではなくて、ここ数年の範囲の予測のようです。九州と近畿は減少傾向、北陸、東北、北海道は上昇傾向ということのようですね。

数十年レベルでは、現在安定とされている東海、関東、さらには北陸あたりでも悪影響が出てくるかもしれません。

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地理情報分析支援システムMANDARA

先週、学内の研究会で地理情報分析支援システムMANDARAというフリーソフトを使って、日本各地の人口変動を分析した研究を聞かせてもらいました。「MANDARA」というのはこのときが初耳だったのですが、地理学の業界では昔から有名なソフトなんですね。

フリーソフトなので早速ダウンロードして使ってみると、確かにさくさくいろんなマップが作れます。今日はエクセルでデータを加工して地図化するのに挑戦してみましたが、割とすぐできたのでいろいろ使えそうですね。

ソフトのダウンロードはこちら
http://www5c.biglobe.ne.jp/~mandara/mapdata/index.html

つかい方は、こちらのページの『MANDARA入門 3時間』(pdf版)
http://www.naruto-u.ac.jp/~tatuoka/mandara/main.html

でとりあえず、十分わかります。

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忍者雲

今日、東京近辺にかかっている低い雲はウェザーニュースの用語で「忍者雲」というのだそうです。

北関東の山地にぶつかって左右に分かれた季節風が、関東南部で再びぶつかるときに出現するのが忍者雲で、どこでぶつかっていつ出現するのか予想が難しく神出鬼没なところが名前の由来とのこと。

昨日の段階で今日は「晴れ」の予報だったのに雲に覆われて寒いのは、この忍者のいたずらだったようです。

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2007年12月18日 (火)

あなたのアンコールサンデー

それはそうとして、今度の日曜日「あなたのアンコールサンデー」http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2007-12-23&ch=12&eid=29110という番組のなかで「みんなのうた あなたのアンコールサンデー版」というのが放送されます。

チャンネル :BS2
放送日 :2007年12月23日(日)
放送時間 :午前10:00~午前11:31(91分)

のなかの一部だと思いますが、とりあえず録画してチェックして見る必要がありそうです。

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いやな予感・・

自然のアルバムを探してNHKアーカイブスをみてたら数百件ヒットしてそれはよかったのですが・・

ついでに「みんなのうた」で検索してみたところ、1981年以降の作品は出てくるものの、それ以前のものはアーカイブスには残っていないようでした。そもそもNHKが組織的に番組を残し始めたのは1981年から、ということですので、それ以前のみんなのうたは残っていないものがたくさんありそうな予感がします。。

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さわやか自然百景

さわやか自然百景」なんて番組があることをはじめて知りました。「自然のアルバム」の後継番組なんでしょうけど・・。自然のアルバムは好きだったので、一度見てみましょう。

~放送 ~
総合 日曜午前7:45~7:59
再放送 BS2 金曜午前 11:40~11:54
        日曜午前 5:00~ 5:14
     教育 土曜午前5:00~5:14

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2007年12月16日 (日)

ばんえつ物語号

磐越西線を走る「SLばんえつ物語号」の指定券が取れたので、来週の日曜に乗りにいきます。

実は18切符で乗れるのですね。昨日まで知りませんでした。もう予約一杯かと思って、慌てて今日聞きにいったら23日はありますとのこと。ラッキーでした。雪のSLに乗れそうです。

新潟9:43発で会津若松13:31着。そのあと東京まで18切符で帰ってこれるので、超お得です!

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高尾の流星

昨夜は高尾山口まで双子座流星群を見に行きました。

山には登ってないのですが、高尾山口駅付近でも、空の暗さが街中とはだいぶ違いますね。4等星までは余裕で見えます。

駅から左手の氷川神社の方向にしばらく歩いて、駅の光が見えなくなったあたりでしばらく空を見てました。カシオペアと北極星がみえます。右に目を向けると火星や冬の大三角が。。

しばらく見てると、北極星の下あたりを右から左にすっと流星が飛びました。0等級ぐらいでしょうか。綺麗ですね。5分ぐらいして、同じあたりを1等級ぐらいの流星が。

なかなか幸先がいいなと思ってましたが、次はしばらく飛びません。10分ぐらいして今度は天頂近く、ペルセウス座のあたりから左にすっと飛びました。今度は明るいです。火星ぐらいなのでマイナス1等級ぐらいでしょうか。

3つ見れてしばらくしたところで、犬の散歩にきた人が通り掛かりました。犬がワンワン吠えるので、それで帰ることにしました。気温も3℃くらいで寒かったですし。でも、久々に綺麗な夜空を見られて良かったです☆

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2007年12月15日 (土)

中国鉄道大紀行 その100 ゼロに戻ろう

中国鉄道大紀行 その100 ゼロに戻ろう
11月15日、中国の旅最終日です。36543kmの旅が終わります。

5:45、アグス発。最後の列車は空色に赤のストライプの入ったダブルデッガー(2階建て車両)でした。天山山脈に沿って西に向かいます。9時半ごろ日が昇ってきました。遅い日の出です。砂漠なかをトラックが走り、その向こうをゴツゴツした岩山が続いています。

関口さん、座席で地図を広げました。これまでの旅路がマジックで印されています。しばし眺めて、おもむろにアグス―カシュガル間に赤い線を‥

 「やっと乗り終わるねえ」

鉄道の旅は今回で終わりにするらしいので、日本列島最長片道切符以来、4年間の旅もおしまいです。日本列島乗りつくし、ドイツ、イギリス、スペイン、トルコ・ギリシャ、スイス、中国と沢山乗ってきました。

11:23、カシュガルのホームにゆっくり停車します。ここで線路は行き止まり。一筆書きの旅ですから、行き止まりの駅はラサ以来2回目になります。

 「あ~」

関口さん、伸びをしながらホームに降り立ちました。

 「乗り終わり~!」

お疲れ様でした。総乗車時間、実に587時間11分。平均時速62.2kmで中国全土を巡った旅でした。

終点カシュガルは1999年にコルサ―カシュガル間が開通して終着駅になったので、終着駅としての歴史は浅いですね。もちろんシルクロードのオアシス都市としての歴史は古く、人口37万人の8割はウイグル族です。駅前はビルの建ち並ぶ新市街ですが、一歩裏道に入ると、日干しレンガの壁で囲まれた旧市街が広がっていました。

 「張り出しだ」

旧市街の家々は、それぞれが長い歴史を刻んでいます。一階の建物の上に張り出して二階が築かれたり、継ぎ足し継ぎ足しでいつしか迷路のような作りになりました。

迷路の両側はレンガの壁が続いて無愛想ですが、中にに入ると中庭があって家が建っているイスラム風の作りです。

 「綺麗だねえ。こんなの大好き!」

青い柱や階段の手すりにはこまかい装飾が施されています。応接室には赤やオレンジ色の暖色の装飾が‥

 「中の入ったら、こんなに綺麗なんだわ」

レンガ作りの外壁との落差にビックリしますね。

路地の上を渡り廊下みたいに家が張り出して、トンネルみたいになっている所もありました。上がらせてもらうと、渡り廊下に見えたところは部屋でした。

 「通れるわけじゃないんだ。道の上のお部屋」

おばあさんが携帯電話で話をしてました。お孫さんは自転車に乗って習い事に。自分の椅子も持参です。中世さながらの旧市街も、中は現代の生活が営まれていました。

 「旅が終わった気しないねえ」

関口さん、何回もそういってました。根室で終わった日本の旅と違って、カシュガルはシルクロードの真ん中で、中央アジアやイスラム世界の入口にあたります。終わりでもあり、新しい世界の始まりでもあり。終わった気がしないのもよく分かります。

それでも、中国の旅はここで終わり、列車の旅もひとまず終わりです。「異郷にあって己を知る」、日本をいろんな角度から考えなおす旅でもありました。その上でまた、日本と世界を結ぶ活動を「魂のような勢いで」始めたいと関口さんは語っていました。

駅からタジキスタンに向けて少し線路が敷かれ、そこで終わっています。ラサで線路を歩かせてもらってから半年余り。ようやく、もう一方の端にたどり着きました。ここまで一筆書きで線路は繋がっているのです。線路に耳を当てるとこれまで乗った列車の響きが聞こえてきそうです。一番端に立て札が立ってました。

 「何も書いてないんだね」

空白の立て札は、今後の行き先がまだ未定なことを示しているようでした。思い出の詰まった線路を引き返しながら関口さん、呟きます。

 「これで一度、ゼロに帰ろう」

きっと、新しい展開が見つかることでしょう。4年間、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました!!

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2007年12月14日 (金)

京王線不通

分倍河原付近の人身事故で止まってたのが動き出したと思ったら、また止まってます。こんなに停まるのは珍しいですねえ〓

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2007年12月13日 (木)

中国鉄道大紀行 その99 明日で終わりなのに‥

中国鉄道大紀行 その99 明日で終わりなのに‥
11月14日。明日で最長片道切符の旅も終わりです。今日はクチャから綿花栽培の中心地アグスまで至ります。

9:14、クチャ発。ホームには沢山の人が並んでいました。車内も満員です。綿花の収穫期の出稼ぎを終えて、故郷に帰る人達なのだそうです。そういえば、秋の旅でも最初の方で綿花摘んで糸巻きしたりしてました。あれから2ヶ月。車窓に広がる綿花畑も茶色く枯れて、採り入れ終盤です。

5才くらいの女の子をつれたお母さんがいました。出稼ぎの帰りだそうです。子供連れの出稼ぎも、ご苦労様ですね。お母さんはおしゃれしてて、女の子も両手を振り振りして楽しそうでした。やっぱり、うちに帰るのが嬉しいのでしょう。その一方でお母さんの指は真っ赤です。

 「綿摘みで手が荒れたので薬草を塗っているんです」

なかなか、きつい労働だったようですね。他の皆さんもそんな出稼ぎからの帰りなのでしょう。途中で拾った小さなネコをつれてる人もいました。

天山山脈のふもとを走ること4時間余り、13:16アクス着。人口50万人、この地域の綿花栽培の中心地です。少し街を外れると綿花畑が広がっています。ここも葉や茎が枯れかけで茶色くなっています。

綿花畑に所々、牛や馬がいました。採り入れが終わった綿花畑に放して枯れ葉や枯れ枝を飼料にするのです。関口さん、別の畑で綿摘みしてる女の人に声をかけてみました。

 「こんにちは〜。全部一人で摘むんですか?」

 「そうよ」

お兄さんが果樹園だった土地を綿畑にして、一部分けてもらったそうです。綿の方が儲かるんでしょうかね。1日20kg摘むという話でしたが、フワフワの綿を20kgも摘むなんて、とんてもない重労働です。

 「摘みますよ〜」

と声をかけてみましたが

 「申し訳ないわ。自分でしますよ」

との返事。でも、「まあそういわずに」と一つ摘んでみました。綿の実の根元をつまむとフワフワの実がポロッととれます。

 「パンパンになってる感じ」

ずっしり繊維が詰まっているみたいですね。顔や首筋に当ててみると気持ち良さそうです。続けて、いくつか摘んでみました。

 「今、これお手伝いで摘んでるけど…」

 「日本に帰って布団買ったら、俺が摘んだ綿ってこともありうる訳だよねえ」

 「お手伝いじゃねーじゃん」

関口さん、上着を脱いで本格的に摘みはじめました。

1時間、2時間‥黙々と綿を摘みます。上空に時折鳥の羽音が響き、牛のモ〜〜という鳴き声が聞こえました。摘んでも摘んでもまだまだ一杯あります。

 「なんか全然旅が終わる気がしないね、これ」

 「明日で終わりなのに‥」

 「明日で終わりとは思えない、のどかな時間」

摘み終わった畑には山羊が入ってきて、ムシャムシャ枯れ葉を食べ始めました。特に知り合いの山羊というわけではなく、収穫が終わった畑は誰が入ってもいいそうです。

関口さん、なおも綿を摘み続けます。日本の生活では、沢山のものに囲まれて生活してますが、あらゆる品物は最初は原料だったわけで、原料を生産した人がいるわけですが、そんなことは普段はすっかり忘れています。この最初に生産した人の手応えを確かめるように、関口さんは日暮れまで綿を摘み続けました。

午後7時半、女の人の旦那さんが迎えにきました。ずっしり綿が詰まった袋を担いで帰り支度です。

 「日暮れたもんね、もう‥」

 「ありがとう。どうもお世話になりました」

女の人の目は潤んでいるようにも見えました。

 「いいえー。こちらこそいい体験させてもらいました。謝謝ー」

綿摘みすること3時間。こうして、最終日の前日は過ぎていきました。通訳の陳さんは「することがなくて暇だったー」なんて後からおっしゃってましたが、関口さん自身は無意識のうちに旅の終わり、日常の再開を感じとり、残された時間で日常のルーツを探ることを試みていたのでしょう。日本にいたのでは出来ない、貴重な日常体験だったともいえます。

日常が再びクローズアップされてくるなか、明日はいよいよ旅の終着駅カシュガルです。

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2007年12月12日 (水)

中国鉄道大紀行 その98 音楽の街♪

中国鉄道大紀行 その98 音楽の街♪
11月13日はホーチンから、古代亀茲(きじ)王国が栄えたクチャに向かいます。

8:46、ホーチン発。この時間ですが。まだ日が昇っていません。西に行くほど日の出日の入が遅くなるのです。日本でも北海道と九州では40分ほど違いますが、中国の場合、東の端と西の端では3時間ぐらいの差になります。9時頃ようやく日が昇りました。

褐色の山並みに沿って、タクラマカン砂漠を西に向かいます。乗客の多くはウイグル族。「ヤクシマスス(こんにちは)」の声が聞こえてきます。

13:38、クチャ着。人口40万の街です。三蔵法師の時代には、仏教王国亀茲が栄えていました。10世紀ごろには衰退してしまいましたが、その後も西域に広がる亀茲楽の中心として知られているそうです。

とりあえずは駅前の屋台で腹ごしらえです。テントみたいな屋台であたりは広場みたいになってました。なにやら串に差して焼いているので聞いてみると「豆腐」とのこと。唐辛子を振ってたべるようです。関口さん、「不思議な味‥」とか言ってましたので、余り美味しくなかったのでしょうか。ネットの旅行記を見ると「クチャの料理は辛い」という記述が目につきます。インドネシア料理より数倍辛いとか、唐辛子は少しにしてくれと頼んだら、少しだけといいつつ山盛りかけられたとか。串焼き豆腐も辛かったのかもしれません。

シラカバの木が植えられた通りを歩いていると、小学生の一団にすれ違いました。一度通りすぎたものの、変わった人が気になるのか、口々に声をかけてきます。

 「どこ行くの~?」

 「どこ行くの~?」

関口さんが無視して歩いていると、ぞろぞろついて来ます。ハーメルンの笛吹きみたいです。

 「女の子みたいな歩き方だねー!」

 「うるさいな~!」

関口さんが振り向くと、サッと逃げます。前を向いて歩きはじめるとまたぞろぞろ‥。ダルマさんが転んだ状態です。素朴というか無邪気というか、何かと物騒な今の日本では見られない光景ですねえ。微笑ましいです。しばらくチェイスしたあと、子供たちは去っていきました。これから学校があるのです。

街外れまでくると、通り沿いに観光果樹園がありました。

 「旅行者ですがいいですか?」

 「どうぞ、どうぞ」

というわけで関口さん、中へ。どうぞ、といったもののシーズンオフなので、店の人は慌てて支度しています。赤い絨毯と座布団を引いて、ナン、ザクロ、葡萄、アンズ、クルミ、ナツメをダンダンダンダンダンと並べて‥

 「すごい品数!」

果物は辛くないので安心して食べられますね。美味しそうです。

 「ヤクシマスス(こんにちは)」

楽器奏者の方がやってきました。音楽でももてなしてくれるそうです。最初の奏者は琵琶のような形のドゥタールという楽器を持っています。昔、シルクロードを通ってこの地方の楽器が正倉院に伝えられたと言いますから、琵琶に似た楽器があっても不思議ではありません。実際、クチャは雅楽の故郷とも言われています。

ドゥタール奏者のおじいさんも演奏するのは久しぶりみたいでした。

 「代えの弦がないから気をつけてね」

と、ここの奥さん。

 「切れたらズボンの紐を使うよ」

なんて軽口を返してるうちに演奏が始まりました。

 ♪ジャジャジャジャンジャンジャ!
 ♪ジャジャジャジャンジャンジャ!

アップテンポで軽快なリズムです。

 ♪タタタ、タンタタンタタン!
 ♪タタタ、タンタタンタタン!

関口さんも、タンバリンみたいな楽器を借りて指先でたたきます。セッションがはじまりました。

ドゥタールの方も段々調子が出て来て、ジャンジャラジャラジャラ、ジャンジャラジャラジャラ多彩な音色を奏ではじめました。ちょっと津軽三味線みたいな感じです。

おっつけダフ奏者の人もやってきて、演奏に加わりました。さすがに本家は違いますね。右手で巧みにダフを上下に操り、左手で楽器の両面を使ってタタンタタンタン、ダイナミックにリズムを刻みます。

 ♪私のバラは~あの花園に~
 ♪いる~だろうか~

歌もはじまりました。中央アジア特有の哀愁をはらんだ、張りのある歌声です。

 ♪深紅のバラよ~
 ♪永遠に~咲いておくれ~

歌に合わせて若奥さんが踊り始めました。両腕を高くあげて首を左右にくねらせて‥。娘さんの小さな女の子も、つられて可愛らしく踊りはじめます。ひとりでに体が動くのでしょう。実に自然な動きです。いいですねえ、こういうの!

楽器が歌が踊りが自然に出て来ます。日常生活の中にすっかり音楽が根付いているのでしょう。こういう生活には、とてもあこがれますね。

いよいよ中央アジアの色彩が濃くなり、旅も残り2日となりました。

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2007年12月10日 (月)

今月のうた 「じーじのえてがみ」

「じーじのえてがみ ~グランドファーザーズレター~」もなかなかかわいらしい曲ですね。象のハッチの破天荒な走り方に、いきなり度肝を抜かれますが。

この「じーじ」とは、20世紀のはじめごろインドに赴任していたイギリスの元軍人、ヘンリー・ソーンヒル卿のことなのだそうです。ヘンリーさんはイギリスにいるお孫さんたちに24年にわたって毎週絵葉書を送り続け、その数は1200通に達しました。番組でも何通か出てきますが、インド象のハッチをはじめとして、沢山の動物たちや愉快なタッチで描かれていて、お孫さんたちが毎週楽しみにしていたというのもよく分かりますね。

Grandfather's Letters ProjectのHP(http://www.gfl-kaka.com/episode.php)によると、

 かわいらしいキャラクターの数々は孫の姿そのもの。そして、大きなからだに優しい笑顔。ユーモラスな姿からさまざまなエピソードを伝える象の”ハッチ”がヘンリー卿(おじいちゃん)なのです。

ということだそうで、「絵の中にボクが入ってる」という歌詞は確かにその通りであるようです。メールもブログもない時代に、遠くはなれたじーじとお孫さんがリアルタイムで心を通わせていたというのは、とても素敵なお話です。

『じーじのえてがみ ~グランドファーザーズレター~』
作詞・作曲:小椋 佳
うた:上野樹里
原画:ヘンリー・ソーンヒル卿
アニメーション:こぐまあつこ

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中国鉄道大紀行 その97 トルファン美人

中国鉄道大紀行 その97 トルファン美人
11月12日はトルファン近郊を回ってから、ホーチンに向かいます。一筆書きの旅なので、ウルムチにはいかないようですね。

トルファンは標高が海面より低い不思議な土地です。人口24万人の市街地が標高マイナス20m、一番低い所は湖(アイディン湖)になっていて標高マイナス154m。当然、ここから流れ出す川はなくて、流れ込んだ水はすべて蒸発して、お空に飛んでいきます。夏場は50℃を越える乾燥地帯ならではの地形ですね。中学の頃、地図でこの海面下の盆地を発見したときに、どういう所なんだろうとあれこれ考えたことをおもいだしました。

関口さん、まずはトルファン近郊の火焔山を訪問。西遊記で三蔵法師の前に立ちはだかったとされる火の山の舞台です。ゴツゴツした赤い岩肌には草一本生えてなくて、火星かどこか地球ばなれした風景でした。夏には猛烈な暑さに陽炎が揺らめいて、まさに火の山になるそうですが‥

 「火焔なのに寒いよ〜」

冬場は冷気が盆地にたまって、氷点下30℃にもなるそうです。いずれにしても厳しい環境ですね。

それでも日差しはたっぷりあるので、水さえあれば作物はそだちます。そんな訳で、天山山脈から地下の水路(カレーズ、あるいはカナート)ではるばる水を引いて葡萄を栽培するのがトルファンでは昔から盛んでした。葡萄村という地域では一面、葡萄畑で夏場は緑したたる葡萄棚が涼しい木陰を作ってくれます。関口さんもとある葡萄農家を訪ねましたが、今はすっかり葉も落ちて冬仕度の最中でした。

 「こんにちは。どういう作業をしてるんですか」

 「凍らないように土の中に埋めてるんだよ」

葡萄のツルを棚から外して春がくるまで埋めておくのだそうです。スコップで黙々と。環境の厳しさに適応するには手間がかかるものですね。

道端で山羊を引いていたおばさんに声をかけると、いきなり手綱を渡されてしまいました。歩き回る山羊に引かれて通りをうろうろ‥。茶色の日干しレンガでできた家並みが続いています。しばらくして飼い主が帰ってきて家に招いてくれました。何か支度をしてたんでしょうかね。

日干しレンガの入口を入ると中庭になっていて、葡萄が干してあります。左手が住居です。干し葡萄を一粒頂きました。

 「ひえ~~。甘~~い!」

 「すげ~うまい~!」

緑のマスカットみたいな干し葡萄、なかなか美味しそうで、2粒、3粒頂いてました。さらに娘さんが焼いたというクッキーもご馳走になります。大きくて美味しそうです。この干し葡萄とクッキーを販売して生計を立てているのだそうです。美味しそうではありますが、それだけでは生活するのは苦しいでしょうね。

「20才です」という娘さんは、今年看護学校の試験を受けたけど、通らなかったそうです。

 「お金払えば入学できる所はあるけど、うちは貧乏だから‥」

公立と私立の看護学校があるのでしょうかね。高い授業料を払いながら学校へいくのは、こういう土地の人には難しそうです。

 「来年の夏にもう一度受けます」

ということですので、是非頑張って欲しいものです。

そのあと、お母さんの知り合いの家にも案内してもらいました。

 「パーティみたい」

 「ピャオリャン(綺麗)な人いっぱいいるよ」

テーブルに一杯料理が並んで、赤や金の飾りが綺麗に飾りつけられています。結婚した娘さんたちが初めて里帰りしてお祝いをしている所でした。

 「楽園みたいになっちゃった」

こうしてピャオリャン姉妹の真ん中に座って、お茶やお菓子を勧められているときです。

 「列車の出発時間だよ」

とスタッフから声がかかりました。

 「えっ!!」

 「出た。良くなってくると、メイヨーシーチェー(時間がない)」

慌ててお母さんや娘さんたちに挨拶して、お別れです。ご馳走も食べ損ねてしまいました。残念!

まあ、どこまで演出なのか分かりませんが、ギリギリに列車に駆け込んでましたから、相当行き当たりばったりに旅行してるようではあります。行き先は綿密に決まってるのでしょうけど、そこで何が起こるかは、行ってみてのお楽しみということなのでしょう。

14:11、トルファン発。軟臥の車両でさらに西に向かいます。途中駅で機関車を増結し、機関車を2台連ねる重連にします。天山山脈越えの準備です。海面下のトルファンから、標高2980mまで一気に上るそうですから半端じゃありません。上るに連れて、雪を頂いた天山の山並みが見えてきました。これまた絶景ですねえ。いつか行ってみたいものです。

21:18、ホーチン着。今日もお疲れ様でした。

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2007年12月 9日 (日)

ヒマラヤスギの種

ヒマラヤスギの種
ヒマラヤスギの種
ヒマラヤスギの下で本を読んでいると、上から何やら落ちてきました。ヒマラヤスギの種です。羽根がついていてクルクル回りながら落ちてきます。放り投げるとまたクルクル。

よく見ると回りにも沢山落ちてました。触ると松ヤニでネバネバします。そのうち松ヤニもポタポタ落ちてきて避難しました。

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航空公園

航空公園
航空公園
いい天気ですね。所沢の航空公園というところに来ています。

YS11型機とかいくつかの飛行機が展示してあったり、広場でゴム飛行機飛ばしてる人がいたりしてますが、武蔵野の雑木林の面影を残してるところがなかなかグッドですね。落ち葉の絨毯が綺麗でした。

ジョギングやバスケットやサッカーとかスポーツするにもいい所みたいです。

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2007年12月 8日 (土)

中国鉄道大紀行 その96 敦煌散策

中国鉄道大紀行 その96 敦煌散策
週末、敦煌からの中継のあと、11月11日は柳園(りゅうえん)からトルファンへ移動します。面白かった旅もいよいよ最終コーナーです。

生中継では、関口さんは鳴沙山の北麓にある月牙泉を訪ねました。シルクロードの昔から絶えることなく湧き続けているという、神秘的な泉ですが、近年は水量が大幅に減っているとのこと。地下水汲み上げの影響でしょうね。特別の許可を得たとのことで、関口さん中に入れてもらって水をすくって飲んでました。今でもそのまま飲める所に少しビックリ。冷たくて美味しそうでした。

その後、しばし敦煌の街中散策です。置物、古着、木彫り、アンズやナッツやグレープなどのドライフルーツ。フリーマーケットみたいに店先に品物を並べて色々売ってます。

 「細かいなあ〜!」

関口さんが、木彫りのお店で手の込んだ細工物に関心してると、「やってみないか」と誘われてしまいました。

「俺が?」とか言ってましたが、木刀を持って砂漠をラクダが行くシーンを彫り上げていきます。影の回りには細かく点々と彫りを入れて、砂が光に煌めくさまを‥。さすがですねえ。

仕上げは店の人に任せて散策の続きでました。お昼ご飯は、鳥のひき肉入りワンタンです。

 「なんか美味しそうだな」

ひき肉を包んだワンタンにとろみのあるあんがかかっています。

 「うま〜。やっぱり、うまい!」

 「マーラーメンとっていいですか?」

関口さん、向かいの店で見掛けたマーラーメンを注文していいかききました。あんまり普通ではないリクエストですが、「いいよ」ということで辛味のあるラーメンが出前されてきました。

 「店の往来ができるのが嬉しいな」

マーボー豆腐の「マー」で辛そうですが、なかなか美味しそうでした。

木彫りの店で美しく仕上がったレリーフを受け取って、そろそろ出発です。20:47柳園発。夜行列車でトルファンに向かいます。といっても、寝台ではなく軟座の車両。ウイグル族のお兄さんたちに帽子を見せてもらって、歌を聞かせてもらいました。

帽子はインドネシアの人がかぶってるような丸い縁なし帽です。鞄に入るので、いろんなデザインのを持ちあるいて気分によってかぶるようです。

 「これをかぶると良くものが売れるんだ」

という緑の刺繍のついた帽子を関口さんもかぶってみました。でも、も一つしっくり来ません。ウイグル族の彫りの深い小顔にやっぱり合う帽子ですね。

関口さん、例によって一曲所望して歌ってもらいました。哀愁を帯びた歌声です。

 ♪お母さん、あなたと別れて
 ♪私の顔は青ざめています
 ♪まま母との暮らしは涙が流れる
 ♪ご飯かと思ったらおかゆだった
 ♪ナンが出て来たら焦げていた
 ♪ああ、お母さんはもういない‥

母親が離婚した歌なのだそうです。正直「なんちゅう歌じゃ」と思いながら聞いてましたが、そういう辛い体験をする(した)人が多かったということなんでしょうかね。歌ってくれたお兄さんは、陽気で男前だったので意外性がありました。一曲所望して、こういう歌が出て来る背景に興味が湧きます。

 「なんとも言えない雰囲気があるんだよね」

 「こういうの大好き」

旅も最終盤に入って中央アジアの雰囲気が色濃くなってきました。5:08トルファン着。ここでは何が待っているのでしょう。

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2007年12月 7日 (金)

中国鉄道大紀行 その95 月の~砂漠を~♪

中国鉄道大紀行 その95 月の〜砂漠を〜♪
中国鉄道大紀行 その95 月の〜砂漠を〜♪
11月8日は柳園(りゅうえん)駅から敦煌(とんこう)を訪ねます。

4:25、嘉峪関(かよくかん)発。昨日に引き続き早朝の出発でご苦労様です。長城の外の西域を走ること4時間、8:20に柳園着。ここが敦煌の最寄り駅ですが、敦煌自体は鉄道のルートから外れているので、さらに100kmほどバスで行かなければなりません。なかなか、遠いです。

日も高く上るころ、ようやくオアシス都市敦煌に着きました。人口13万人。小さな街に感じますが、砂漠の真ん中で地下水に依存という立地を考えれば十分大きな街です。街中にはホテルもあってシャワーも使えるし、レストランでは地下水で養殖した魚も出るらしいのですが、これ以上の街の拡大は難しいでしょう。

大通りを歩くと遠くに砂丘が広がっているのが見えました。

 「すごいね、砂漠」

 「あんな背の高い山になってる」

△型の砂山が一際目立って見えます。街の南西7kmに聳える鳴沙山です。今日はそこで砂漠見物をします。

入口に〈鳴沙山月牙泉〉と書かれた門が立っていました。

 「門の向こうは全部砂!」

 「ジャーン、ジャジャーン!」

関口さん、いつもにましてハイテンションです。門の向こうには果たして、砂漠が広がっていました。思わず駆け出します。

 「砂ーー!きえっーー!!」

両手で砂をすくって放り投げます。それぐらい雄大な風景でした。思ったより遥かに大きな砂丘の迫力に圧倒されます。その奥に果てしなく続く砂丘の波、波‥。東西50km、南北20kmに渡って砂丘が続いてるのだそうです。敦煌ってこんな所だったんですね。名前は有名ですし莫高石窟の写真も見た事はあったのですが、こんな、広大な砂丘地帯がすぐそこに広がっているとは‥

 「なんかのフォルムみたい」

 「ピャオリャン(綺麗)だねえ。ツルツル‥」

砂丘の波は荒々しいというよりむしろ優美で、草一本生えない砂肌は遠目に陶器か何かのように見えます。いにしえのシルクロードの面影を残す幻想的の光景でした。昔は、夜中に静かに砂が流れる音が楽器を奏でるように聞こえたという記録もあって、それが「鳴沙山」という地名の由来になっているそうです。

今の鳴沙山はすっかり観光名所になっていて、定番のラクダ体験も出来るようになっていました。鳴沙山北麓にある月牙泉まで往復するのが普通で30元(450円)とかネットの観光情報にありましたが、関口さんは鳴沙山登山の2時間コースの方をチョイス。57番というゼッケンをつけたラクダに跨がりました。

 「立つとき、前に倒れて怖いのよ~」

ラクダは後ろ足から立つので、その時前に振り落とされそうになります。これが苦手な人はラクダの引く馬車(?)に乗るのですが、関口さんはうまくコブにしがみついて立つことができました。ラクダの高さは人の背丈くらいあって見晴らしが良さそうです。カランカラン音をさせながら、ゆったり歩きだしました。

 ♪月の~砂漠を~
 ♪は~る~ばると~

やっぱりこの歌がでますね。ぴったりです。砂に映る長い影が砂漠の旅情を感じさせます。夏場は50℃を越して極めて暑いので夜のツアーが人気だそうですが、そのときはまさに「月の砂漠」を体験できるでしょう。

ふもとでラクダを降りて、鳴沙山に上ります。標高は1715m。もちろん、そんなに上るわけではなくてふもとからの標高差は250mほどですが、砂に足を取られて上りにくそうでした。息を切らしてようやく山頂に‥

 「あら、綺麗‥」

 「アイヤー!」

本当に遠くまで広がる砂漠が一望できました。これは見事です。同時に敦煌が砂漠の真っ直中に浮かぶ都市であることも実感できます。

帰りは木でできたソリで下ります。ちょっとキシキシ言ってのが気になりますが、スタートすると一気にトップスピードに。

 「あーーーー‥‥!」

 「ひえぇぇぇ~~、楽しいじゃんこれ!」

一気に下ります。

 「せっかく苦労して上ったのに~」

リフトのないスキー場だとこんな感じでしょうか。でも関口さん、とっても楽しそうでした。敦煌、いいですねえ。石窟もいいですが、鳴沙山の砂漠体験も行ってみたいリストに加わりました。

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2007年12月 5日 (水)

中国鉄道大紀行 その94 最果ての長城

中国鉄道大紀行 その94 最果ての長城
中国鉄道大紀行 その94 最果ての長城
11月7日は嘉峪関(かよくかん)で長城の西端を見学します。

4:42、張掖(ちょうえき)発。まだ暗い中を出発します。東の空が朝焼けに染まるとすぐに、7:44嘉峪関着。今日はたっぷり長城をみることができます。

ここは明の時代につくられた万里の長城の西の端がある所です。10月2日に東の果て山海関をモーターボートから眺めてから1ヶ月余り、ついに西の果てまでやって来ました。

ザッザッザッザッと関口さん、長城に沿って歩いていきます。長年の風雨で削られて、城壁は半ば崩れかかってました。草の生えた地道も年期が入っていそうです。

 「つか、こんな辺鄙な所にあるのか」

有名な地点ですから、何か交通機関があってもよさそうですが、ひとけのない細い道をひたすら歩きます。

 「まさか、旅の残り2週間になって、万里の長城に会うとはね…。長い事だわ」

 「俺も長城もご苦労さん!」

山海関からここまで6000km続いてるのかと思うと、本当に長いですね。そしてついに長城の果てに着きました。

乾燥地帯には珍しく河が流れ、大きな渓谷を作っています。長城はその渓谷に突き当たり、そこで終わっていました。眼下には100mくらいありそうな断崖。ここを迂回して騎馬隊が攻め込んでくることは至難ですから、長城がここで終わっているのも不思議ではありません。

 「人工的な壁だと思っていたけど、最後は自然の壁で終わってるのね」

 「人間もすげーけど、自然もすげー!」

この光景は渓谷を挟んだ反対側にある展望所から眺めることができます。ガラスの扉を開けると、ちゃんと柵のついた展望所があって、その下が断崖絶壁。柵がないと超スリル満点なことでしょう。

長城の先端には何やら建造物の跡が見えますが、これが「天下第一烽火台」。敵の来襲を知らせる狼煙(のろし)をあげる施設です。「第一」というのは、ここから順に第二、第三‥と烽火台が続いていること、いいかえればここが長城の出発点であることを示しています。最前線で守備にあたる人たちにとって、ここは長城の「果て」ではなく、長城の「始まり」だったのでしょう。

烽火台からの情報は守備隊の本拠に伝達されます。この本拠こそが「嘉峪関の関所」。もちろん単なる関所ではなく、周囲700mの城壁に囲まれた要塞です。これが「天下第一の関」で河西回廊の喉元を押さえます。

断崖の烽火台から7kmほどありますが、関口さん、関所の方にも行ってみました。こちらは国が修復を行い、威風堂々とした姿を見ることができます。

 「あらら〜」

堅固の城壁の所々に大きな鐘楼が築かれ、さっきの崩れかけた長城とはえらい違いです。さらに東方には、龍のごとく延々と横たわる長城の姿が‥。こちらの方は地元の人がボランティアで修復に当たっているそうです。

東の方の長城は、私財を投じて修復に当たってらっしゃる、楊永福さんに案内してもらいました。子供の頃から近くに住んでいて、荒れる一方だった長城をなんとかしたいと思っていたそうです。これまでに修復できた長さは11km。

 「崩れた所を元どおりに修復するんだ」

大変な作業ですね。ただ、せっかく修復しても強風や砂嵐にあうとまた崩れていってしまいます。そこで楊さんは、長城を守るために防風林の植林も同時に進めてらっしゃるのだそうです。

植林のために祁連(きれん)山脈から引いたという水路に案内してもらいました。石組みの水路を清冽な水が滔々と流れています。関口さん、思わず一口‥

 「いやあー冷てー!!」

 「冷たくて、うまい!!」

さらに関口さん、頭から水をかぶり始めました。

 「ひえ〜〜! ひえ〜〜!」

 「ここでこうなるとは思わなかったなあ〜」

本当に水の好きな人ですね。楊さんもビックリしながら、ニコニコしてらっしゃいました。

この水が柳の並木を育て、柳並木が修復した長城を守ることになります。聞かなければ、水と長城に関係があるとは気がつきませんが、物事にはいろんな所でつながりがあるもんです。

 「砂漠に木を育てるのは、子供を養うのと同じくらい難しいんだ」

長城の修復だけでなく、自力で緑化まで手掛けるとは凄い方です。

 「偉い!おじさんは偉い!」

 「凄いな。尊敬するよ!」

全く同感ですね。実り多い、嘉峪関の旅でした。

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中国鉄道大紀行 その93 時間の旅

中国鉄道大紀行 その93 時間の旅
11月6日は武威(ぶい)から張掖(ちょうえき)まで、河西回廊を旅します。いよいよ、シルクロードに入って来ました。

9:41、武威発。昨夜22:18に降りてすぐ、翌朝の出発です。ここで何かを見るためというより、これからの路線を昼間通るために昨夜降りたみたいですね。武威を出るとすぐに素晴らしい景色が展開しました。

南には遠く祁連(きれん)山脈の山並み。5000mを越える山々が白銀に光っています。この雪解け水が地下水となって、シルクロードのオアシスを潤します。

北には内モンゴル自治区のゴツゴツした山並みと茶色の平原。くっきりした青空と岩山のコントラストが、地球ではない風景のようです。それを食堂車でお茶を飲みながらゆったり眺める関口さん。いいですねえ〜! こういう旅をしてみたいものです。眼下に遠く羊の群れが通り過ぎていきました。マルコポーロの時代に帰ったかのような錯覚を覚えます。

車内では、小麦粉を丸く焼いた餅子(びんず)や、卵や胡麻を練りこんで焼いたナンを食べる人達。餅子は中国北部の主食、ナンはウイグル族の主食だそうです。どちらも美味しそう‥

車内外の風景を楽しむうちに、12:53張掖着。人口120万人。2000年以上前、漢の軍勢が河西回廊を抑える匈奴と戦った土地です。今も野菜の実りが豊かな土地として知られています。関口さん、郊外の農家を訪ねてみました。

ちょうど、タマネギの収穫の最中です。道端にうずたかくタマネギが積まれ、農家のおばさんが何人かで皮剥き作業をしてました。近くの飲食店に出荷するために、あらかじめ皮を剥いているのだそうです。それにしても丸々してて大きなタマネギです。

 「日本のこんな大きかったっけ?」

一つ剥かせてもらいましたが、なかなか難しそうです。

 「まだまだ、沢山あるわよ」

おばさんが隣りからギャッギャッとナイフを突き出して、器用に剥いてくれました。ちょっとこわいですけどね。

ひとしきり皮剥きをしたところで、近所の「とっておきの場所」に案内してもらうことになりました。

村の中を歩いていると、おばさんの知り合いと擦れ違います。

 「あら、若い子なんかつれて」

 「日本人なんだって。ちょっと案内してるのよ」

そんなことを言いながら15分ほど歩くと、何やら遺跡のような所に着きました。土で出来た壇の回りに土壁が築かれています。城壁と見張り台のようです。土壁を乗り越えて中に入ります。

 「うわ〜まだあった」

 「広いなあ〜! こんなに広いのか!」

城内なのでしょう。数百m〜1kmほどの空間が広がり、それを土壁がぐるりと取り巻いていました。

 「壁しかないの?」

 「昔、街があったけど残ってないの‥」

1800年前、後漢の時代に建てられた城なのだそうです。匈奴に備え、シルクロードの通商路を守る軍事拠点だったのでしょう。

 「最近までここは誰も住んでなかったの」

 「忘れられた場所なんだな」

5000人の城兵に守られた城は8世紀におそらくはウイグルの攻撃で滅亡し、それ以来1000年以上忘れさられていたのです。そう聞くと1000年昔の人馬のいななきが聞こえてくるような気がしました。

 「なんかやっぱりこの旅は、時間も旅行しているような気がするね」 

遺跡の真ん中に腰掛けて、関口さん、感慨深かげです。

 「間違いなく、今じゃないものの所に、今いるんだもんね」

遺跡の土壁を越えた時、過去へタイムスリップしたのでしょう。さっきまでタマネギを剥いていたのが嘘みたいですね。空には昔の物見も眺めであろう、透明な夕焼けが広がっていました。

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2007年12月 4日 (火)

新著 「人間行動に潜むジレンマ 自分勝手はやめられない?」

社会的ジレンマについての新著がでました。
「人間行動に潜むジレンマ 自分勝手はやめられない?」

社会的ジレンマ回避の最新の理論について紹介してあります。関心のある方は、どうぞご参照ください。また、質問などありましたら、どうぞこちらにお寄せください。

協力か、裏切りか。
多くの人が協力しようとするときに発生する社会的ジレンマ。
その背後には、利己と利他のあいだで揺れる人間行動の機微が存在する。
社会的ジレンマの回避は可能なのか。
本書では、人間をはじめ動物の行動の進化や、学習による行動の変化を扱う進化ゲーム理論を案内役に解決への道筋を模索する。

目次

序章 自分勝手とはなにか
第1章 二種類の自分勝手の発見―囚人のジレンマとゲーム理論
第2章 上品、短気、寛容―進化ゲーム理論と協力の進化
第3章 協力するのはお得?―多人数協力の進化
第4章 闘争は回避できるか―社会秩序の始まり
第5章 共感と攻撃性のコントロール―ヒト社会への道
第6章 みんなに合わせる―現代社会と自分勝手
終章 自分勝手はやめられるか

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みんなのうた三昧 2

ことしも、「今日は一日みんなのうた三昧」をやるようで大変めでたいです。http://www.nhk.or.jp/minna/zanmai/index01.html

しかも、リクエストアワーが昨年比2倍増の1時間50分!
まあ、去年やった曲が大半を占める可能性は高いのですが、それでも昔の曲で最近放送されてない曲が放送される可能性も時間が長い分増えるわけで楽しみです。

♪放送日時 12月31日
   FM      9:20~18:50
   教育テレビ 17:00~18:50

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中国鉄道大紀行 その92 テンゲル砂漠

中国鉄道大紀行 その92 テンゲル砂漠
11月5日は中衛(ちゅうえい)近郊でテンゲル砂漠を見てから、西方の武威(ぶい)に向かいます。

砂漠は黄河の向こうということで、渡し船が出ていました。砂漠に向かう渡し船なんてのがあるのが、ちょっと面白いですね。画面では単なる荒れ地に見えますが、ある程度は対岸にも人が住んでるのでしょう。

 「ゆるやかに見えるけど、近くから見たら凄いはやいじゃん」

 「最上川みたいだね」

下流域では断流が心配される黄河も、上流部ではそこそこ水量はあるようです。

2分ほどで川を横断して関口さん、トンと川辺に降り立ちました。この辺は所々木が生えていたりします。しばらく進むと砂漠が見えてきました。

テンゲル砂漠は中国4番目の大きさの砂漠で、地図で見た感じでは九州くらいの面積がありそうです。最大のタクラマカン砂漠は本州くらいありますから、それに比べるとかなり小さいですが、広大な砂漠には違いありません。ちなみに関口さん、半袖姿です。気温もかなり上がっているのでしょう。今日は風もなさそうで、通遼の砂漠に行ったときほどはさむそうではありません。

砂地に入って手で穴を掘ってみると、砂の中にはじんわり湿気がありました。

 「ちょっと湿ってるじゃん、これ」

ここで緑化の研究をしている方に伺うと、この湿気のお陰で何とか植物が生えるのだそうです。

 「植物には水が必要ですからね」

砂が流れないように、格子状に藁を差し込み、その後乾燥に強い植物を植えていくのだそうです。今は枯れてますが、マツヨイグサか何かが植えられているようです。草の根が砂を止めると木を植えることができるようになるのでしょう。

 「砂漠に鉄道を走らせるため、50年研究を続けてきました。」

もともとは砂漠化対策というよりは、線路が砂に埋まってしまうのを防ぐための研究だったそうです。風が強いところでは1日1mも砂丘が動くらしいので、直に線路が埋まってしまいます。

 「最近では、砂漠の緑化につながるので、海外からも評価されています」

ということでした。線路ぞいに緑の長城ができれば、砂漠化を抑えていく有力な拠点になることでしょう。鉄道ができて人口が増えると、地下水を消費したり家畜の過放牧が生じたりしそうな気もしますが、それを抑える政策とパックにすればアフリカや中央アジアの砂漠化を防ぐ方策にもなりそうです。

 「スタートは砂漠を緑にじゃなかったんですね」

 「きっかけってのは、なんだか分かんないもんだからねえ」

本当にそうですね。

18:06、中衛発。時差の関係でまだ明るさが残っています。これからカシュガルまで砂漠の旅で、緑の長城に守られた線路を西に向かいます。こういう話を聞くと、鉄道が通ってことの有り難みを改めて感じますね。

関口さん、今日は食堂車ではなく、乗り合わせた向かいの人にカップラーメンをご馳走になってました。四川省の綿陽からウルムチまで2晩かけて旅してるそうで、沢山ラーメンを持ってらっしゃいました。ラーメンだけでなく、お湯も注ぎにいってザーサイも分けてくれて、ゴミも捨ててくれて‥。とても、親切な人です。

西域に向かう列車には、回族の方も沢山乗ってらっしゃいました。彫りの深い顔立ちは、中央アジアからヨーロッパ風です。赤ちゃんも目鼻立ちがはっきりしてて、これも可愛いですね。

ギターをジャンジャカ弾いてる人もいて、関口さん、歌をリクエストしてました。列車で歌うなんて日本では考えられませんが、あっという間に人が集まって修学旅行のバスみたいに歌合戦が始まります。トリは関口さん。

 ♪与作〜与作〜
 ♪このあと忘れちゃったな〜
 ♪ほ〜ほ〜 ほ〜ほ〜

こんなことしてると、あっという間に目的地です。理想的な旅ですね。22:18、武威着。今日もお疲れ様でした。

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2007年12月 3日 (月)

アニメメドレー? 「なんのこれしき ふろしきマン」

「なんのこれしき ふろしきマン」、実物を聴いてみました。楽譜見たときに、アニメソングみたいと思ってましたが、実物はまさに70年代アニメ主題歌そっくりの作りで、ちとビックリ!

出だしは仮面ライダーかマジンガーZみたいな短調のメロディで、ふろしきマンが格好よく登場します。途中は一転、行進曲風の長調のメロディ。

 ♪ぼーくはふろしきー
 ♪ふーろしきマーン!

高らかに歌いあげます。この部分、なんか聞き覚えがあって、始めはライディーンかと思ったのですが(みーんなーのねーがーいー、体にうーけーてーの部分)、よく考えてると「ゼロテスター」の方が似てますね。

 ♪アーマノイドをやっつけろ
 ♪ゼロテスター!

この部分とメロディといいリズムといい、そっくりです。

まあゼロテスター自体、視聴率不振で打ち切られたマイナー番組で、今時知ってる人もいないでしょうから、いいのですが、こんなに見事にアニメメドレーというかアニメパロディになってる曲は初めてで恐れ入りました。

「ふろしき」というレトロアイテムに合わせての企画だとしたら大したものです。こういう環境ソングはいいですね。

「なんのこれしき ふろしきマン」
作詞:いえろーばーど
作曲:福本公四郎
編曲:林有三
うた:水木一郎
アニメ:野村辰寿
初回放送 2007年12月

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2007年12月 2日 (日)

中国鉄道大紀行 その91 二度目ですね

中国鉄道大紀行 その91 二度目ですね
中国鉄道大紀行 その91 二度目ですね
週末、内モンゴル自治区の州都フフホトで生中継をして、11月4日は再び西に向かいます。

フフホトはモンゴル語で〈青い城〉という意味だそうです。サマルカンドみたいに、青い建物があったのでしょうか。郊外には大草原が広がっています。人口は70万ですが、いまではモンゴル族は少数で大半は漢民族ということです。

フフホトの駅舎は今年の9月に改築された立派な高層ビルでした。10階建てぐらいはありそうです。15:17、フフホト発。週明けは昼すぎにチョロッと移動して終わりのパターンが多いのですが、今日はこのあと12時間の旅になります。終着駅、西端ジャラントンに向けてラストスパートって感じです。

この列車は内陸を南下して遠く四川省の成都までいくそうで、車内は出稼ぎの人で超満員でした。フフホト駅では窓から乗り込む人も‥。冬は寒そうですし、仕事もなさそうなのでしょうがないのかもしれません。関口さん一行は混雑を避けて軟臥(A寝台)で移動です。

2000mを越す陰山山脈の山々が、遠くに青く霞んで見えました。近景は茶色く枯れた畑や草原。今日の列車は食堂車があります。石炭の火力でマトンや牛肉の炒め物が手際よく作られていました。モンゴルの人はやはりマトンが好きだとか。

夕方、関口さんが食堂車にいくと、女性の車掌さんに声をかけられました。

 「お会いするの二度目ですね」

春の旅でも会ったことがあるそうです。成都まで行く列車ですから、可能性はありますが、広い中国で偶然の再会とは!

 「どこでしたっけ」

 「蘭州から天水の間です」

4月9日、ラサを出発して割とすぐ、菜の花が黄色く咲き乱れているころのことでした。ビデオを見返してみると、菜の花畑をみた関口さん、「こんな所で降りてみたい〜」なんて呟いてたり、天水の甘露泉でお茶を飲んで、「うまいうまい」と連発してたりして、何もかもみな懐かしいですね。それから南に東に北に、長い長い旅でした。

 「中国語、分かるようになったのね」

 「少しだけですよ。時々、少しだけ」

そういいながら、関口さん、とっても嬉しそうでした。こういう出会いがあると、遠くきた旅路がしみじみ思い出されて感動的です。

列車は、西に南にまた西にと進んで、そのまま乗っていくと、翌朝9:06に蘭州、13:41に天水を通過します。もちろんそこまでは行きませんが、蘭州への分岐点付近まで700kmほどは乗り続けます。透明な空が夕焼けに染まり、すっかり日が暮れました。関口さんは、寝台に戻って教員を目指すという大学生達とトークタイムです。

宮崎駿のアニメが好きなようで、素晴らしい、全部みたとか口々に語ってくれました。年配の方だと、日本映画というと高倉建とかえってくるらしいのですが、さすがに宮崎アニメは人気があります。表情が豊かなところが評価されてるようで、それはなんか分かる気がしますね。

一人の男子学生が

 「日本の女性は、夫が帰ってくると服と鞄を持ってくれるんですか」

なんて質問もしてました。新しい情報とともに古いステレオタイプも生き残っているようです。関口さんが苦笑しながら

 「一つだけアドバイス。実際に会って、良く見た方がいい」

というと「そうですか‥」とがっかりしたようでした。何事も、現実を見ることが大事です。

夜も更けて、午前3:19、中衛(ちゅうえい)着。サンギーンダライ同様、未明の街に下車していきました。お疲れ様です。

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北府中公園

北府中公園
北府中公園
12月になって、ようやく秋たけなわって感じですね。

北府中公園で、今年一番綺麗な紅葉をみかけました。

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2007年12月 1日 (土)

中国鉄道大紀行 その90 草原の乳牛村

中国鉄道大紀行 その90 草原の乳牛村
中国鉄道大紀行 その90 草原の乳牛村
11月1日は内モンゴル自治区のサンギーンダライ近郊の村を訪ねたあと、フフホトに向かいます。

今日の関口さんは、いきなり後ろ向きの登場でした。サンギーンダライ近郊のどこまでも続く一本道を後ろ歩きしていきます。

 「顔に風あたると痛い〜」

午前10時の気温はマイナス8℃。昨日同様、強風がビュンビュン吹いています。体感気温はマイナス15℃くらいでしょうか。寒そうです。

やがて集落が見えて来ました。赤い屋根の家がちらほら立っています。その回りはだだっ広い草原。モンゴル族の人が住む乳牛村という集落だそうです。名前の通り一頭の牛が道端に繋がれていました。

 「ニーハオ」

バイクに乗ろうとしていた男の人に声をかけます。後ろに青い容器が積まれています。

 「チャン、シェンマ(これはなんですか)」

 「メーゾン(牛乳だよ)」

これも名前の通り牛乳を生産してるのですね。これから「納めにいく」と言ってましたが、農協みたいなものがあるのでしょうか。紺色のモコモコしたジャンバーに、緑の頭巾をスッポリかぶった完全装備の出で立ちでした。これなら寒くなさそうです。

急いでいるのか、ちょっと愛想は悪かったのですが、「家に入ったら」と言ってくれました。おじいさんとおばあさんが留守番してるのだそうです。

扉とか、がたついて建て付けが悪そうでしたが、中は暖かそうです。

 「寒かったね、これ〜」

 「お茶をどうぞ」

おばあさんが暖かいミルクティを出してくれました。ただし塩味。内陸では塩が貴重品なのかもしれません。

うちの中は柔らかそうなソファの後ろに緑の絵がかけられ、テレビが置かれていました。ちなみに家の前には直径1mはありそうな巨大なパラポラアンテナが二つ。これで衛星放送が見れるのでしょう。

 「こうやってお宅を作ったってことは遊牧はしてらっしゃらない?」

 「5〜6年前に、この乳牛村に来ました」

遊牧の暮らしでは、パラポラアンテナやテレビは難しそうです。でも、単にそういう理由でもなくて

 「牧草地が足りなくなったからね」

 「新しいことを始めたんだ」

ということでした。過放牧を原因とする砂漠化の影が忍び寄っているように感じますが、その対策として定住化政策がとられているようでもあります。羊と牛ではどちらが草を消費するのか、俄かに分かりませんが、鉄道が通って牛乳の販路が開けた条件では、同じ収入を得るのに必要な草は乳牛の方が少ないのかもしれません。

ミルクティと一緒にマフィンのようなお菓子を頂きます。こちらは砂糖入り。

 「パウチー(美味しい!)」

甘みと塩味が合う‥らしいのですが、塩味のミルクティの方は美味しいんでしょうかねえ?

隣りの部屋では、2才くらいのお孫さんが、「ママー、ママー」と呼んでいました。お母さんは「仕事」ということですが、サンギーンダライ駅周辺は何にもなさそうなので、もっと遠くまで出稼ぎに出てるのかもしれません。牛乳生産だけでは、収入が足りないのかも‥。ただ、この子の「ママー」は「お母さん」という意味ではなく、欲しいものがあると「ママー」というのだそうです。傘のおもちゃをもらって嬉しそうにしてました。

さらに関口さんが、モンゴルの民族衣装を着せてもらうと「ガーガー」。「格好いい」という意味らしいです。可愛いですねえ。

民族衣装はお祝い事のときなどに着るそうですが、防寒効果もばっちりのようです。材質はなんなんでしょうね。「外に出ても大丈夫」と言われて出て見た関口さん、

 「あったかい〜。でも、顔は寒い〜〜」

ということでした。日本人がモンゴルの冬を過ごすにはかなり修行が必要なようです。

駅前がガラーンとしている割に建物が立派な駅に戻って13:31サンギーンダライ発。冬枯れの内モンゴル平原を西に向かいます。羊の群れが所々で枯れ草を食んでました。いつしか日が暮れて、21:27フフホト着。今週の旅はここで終わりです。お疲れ様でした!

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ふろしきマン

今日から新曲なのてすが、土曜日は放送ないのですね。つまらない。

テキスト買って音をとった感じでは「なんのこれしきふろしきマン」が楽しそうです。「じーじのえてがみ」は可愛らしい曲♪

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中国鉄道大紀行 その89 日本に一番近い砂漠

中国鉄道大紀行 その89 日本に一番近い砂漠
中国鉄道大紀行 その89 日本に一番近い砂漠
10月31日は砂漠化の進む通遼(つうりょう)を探検し、夜行列車でサンギーンダライに向かいます。

通遼は「日本に一番近い砂漠」と言われるホルチン沙漠の最前線に位置しています。人口は70万人。30年ほど前までは「ホルチン草原」と呼ばれていて、特に砂漠ではなかったようですが、家畜の飼いすぎで土地が荒れてしまい、強い風で砂が飛んで砂漠化が進んでいるようです。面積5万haは砂漠としては小さい方ですが、それでも関東平野の1.5倍にあたります。日本に近いだけあって、NGOや大学から緑化ツアーが出ていてネットで調べると沢山ヒットしました。

関口さんが、この通遼の郊外に行ってみたところ‥

 「ありゃりゃ」

果たしてそこには砂漠が広がっていました。所々に木や草があって、完全な砂漠というわけではありませんが、ほとんどは砂地で表面には風紋ができています。砂地に降りてみると足首あたりまで、砂に埋まる感じです。

植物がちらほらあるということは、ある程度雨が降って、地下水があることを意味します。こういう土地を砂漠と区別して「沙漠」というようですが、砂がビュンビュン飛んで耕作に不向きなことには変わりがありません。

 「いててて〜、アイタ!」

砂の坂を上って土手に立った関口さんに、強い風が吹き付けました。砂がビシビシ顔にあたります。

 「こりゃ大変!もう口の中砂だらけ!」

おそらく目にも砂が飛びこんでくることでしょう。迂闊に足を踏み入れると、えらい目に合います。この砂の足を止めないことには緑化は始まりません。

という訳で通遼の郊外には、あちこちに防風林が植えられています。もちろん、いきなり苗を植えてもすぐ砂に埋もれてしまうので、藁の囲いを作って苗を植え、さらに家畜に食べられないように柵で囲うという手間暇かかる作業が必要です。

こうして防風林ができると、農場をつくることが可能になります。関口さん、防風林の合間に見えたビニールハウスを訪ねてみました。

 「ニーハオ」

 「ウォーツォン、リーベンライラ」
 (日本からやって来ました)

農場の人に声をかけると、家に招いてくれました。ここでも可愛い犬がお出迎えです。

定年退職してここに移住してきたというご主人に、ビニールハウスを案内してもらいました。ちょっと変わっています。土の壁を潜ってなかに入ると北側に土壁が伸びていて、南側に骨格を組んでビニールが張られていました。北からの強風を防ぎながら、南から太陽光を取り入れる作りです。これはなかなかうまいですね。

 「うわっ、逆にあっちいここ!」

中の気温は20℃を越えていて、関口さん、分厚いコートを慌てて脱いでました。

 「こんな風に土の壁になってる温室、見た事ないです」

 「ここは北京あたりじゃ考えられないほど寒い」

 「壁の厚さが足りないと、すき間風が入ってくる」

土壁の厚さは90cmもあって、シベリアからの冷気をしっかり遮断してくれます。この壁のお陰で冬でもセロリやトマトが出荷できるのだそうです。

 「外とは別世界だねえ〜」

市が造成した畑を借りているということですから、他にもこういうビニールハウスが作られているのでしょう。手間はかかったでしょうが、土地に適応した農法といえそうです。かなり感心しました。

砂漠地域の探検を終えて16:30、通遼発。流線形の新幹線みたいな特別列車に乗り込みます。色は青いんですけどね。これに乗るために通遼発がかなり遅い時間帯だったのかもしれません。サンギーンダライまで11時間の旅です。

長距離の割に食堂車はついてません。そのへんのコンセプトはよく分かりませんね。その代わり、予約すると途中駅でお弁当を積み込んでくれるそうです。グリーン車みたいな豪華な車内で、ホカ弁みたいなお弁当はちょっとミスマッチな気がしました。作りたてで美味しそうではあったんですけどね。

仕事で日本にいったことがあるというおじさんと語り合ううち、夜は更けていきました。午前3:15サンギーンダライ着。とんでもない時間に降りるものです。お疲れ様でした!

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中国鉄道大紀行 その88 本屋探検

中国鉄道大紀行 その88 本屋探検
10月30日は白城(はくじょう)から鄭家屯(ていかとん)を経て通遼(つうりょう)まで至ります。通遼は長春の少し西なので、大体中国の東北地方を一回りしたことになります。

7:27、白城発。昨日の夜ついてすぐの出発です。白城は人口200万人の都市で、モンゴル語のチャガン・ホト(白いまち)に由来するそうですが、何がどう白いのか分からないうちの出立となりました。

乗ったのは国境に近いハイラルからやってきた列車で、食堂車ではモンゴルの民族衣装を着た乗務員さんがサービスをしてました。関口さん、ここで朝食です。炒め物からデザートまでしっかり並んでいます。おかゆとミルクティが同じような色をして同じような器に入ってるのがおもしろいです。しかもミルクティの方にレンゲが入れてあります。入れるんならおかゆの方だろうと思いますが、食事を出す方も間違えたのかもしれません。

テーブルには4人前の食事が並べられていました。朝食シーンの撮影が終わると、スタッフの皆さんも一緒に食べるのでしょう。

久々の曇り空に、すっと伸びたポプラの木が規則正しく並んでいます。シベリアからの北風を防ぐ防風林なのだそうです。その合間に畑や牧草地が作られています。防風林の向こうには大きなプロペラが回っていました。風力発電所です。パッと見た感じメガワット級のものでしょう。何台も林立してましたから、数千軒分の発電能力があるはずです。この近くの村の電力くらいは賄えそうですし、長春や瀋陽あたりに送電しているのかもしれません。中国のエネルギー消費に占める風力発電の割合はまだ0.1%にも満たないものですが、風の強い所は多いので、これからどんどん建てられるでしょう。

10:36、鄭家屯着。ネットで調べると「鄭家屯事件」なんて言葉がヒットしますので、関東軍がらみの出来事があった所のようです。

駅前は風がビュンビュンしてました。まあ、風力発電をするぐらいですから、コンスタントに風が吹くのでしょう。三輪タクシーも客席の回りにビニールを張って強風対策です。近くのレストランまでお願いしました。

 「日本から来ました」

 「中国を旅行して、いろいろみて回っています」

片言の中国語で会話するうちに「火鍋城」と書いたレストラン着。でも、正味3ヶ月余りの旅でずいぶん中国語をマスターされたものです。

火鍋とは牛肉のシャブシャブみたいな料理で、キノコの出し汁にさっと潜らせて頂きます。関口さん、一口食べるごとに

 「あぁーん!あぁーん!」

と身悶えして、とても美味しそうでした。

食後の散歩で本屋さん発見。このシリーズで本屋のシーンは初めてだと思います。私も旅行にいくとよく本屋に入るので、ちょっと楽しみです。

「新華書店」と書かれた書店には、ワンフロアにドーンと本が並んでいました。街の本屋さんという感じでも、ジュンク堂や紀伊国屋みたいに何フロアもある感じでもなく、ブックオフといった所でしょうか。広い売り場をカメラがパンしましまたが、ほとんどお客さんの姿はなくガラーンとしていました。火曜の昼過ぎという時間のせいか、撮影用に人払いしたのか分かりませんが、人が多いと人払いも難しいでしょうからもともと空いているのでしょう。量販店っぽい雰囲気なのに、やっていけるのか心配になります。

品揃えは充実してるようで、三国志とか西遊記だとか長編小説がズラリと並んでました。関口さん、手に取ってみましたが、当然中国語がギッシリ並んでいます。

 「カンブトン(分からない)だもんなあ」

 「読めたら面白いだろーなー」

別の棚には日本語の教本がありました。

 〈家族みんなで仕事をします〉

 〈マーシーゼンチャーレン、グアンカツ‥〉

中国語の対訳がついてるので、中国語の勉強にも使えそうです。

 「これ俺も勉強しちゃおう!」

なんちゅー例文だという気も少ししますが、関口さんこのテキストをゲットして本屋をあとにしました。

14:37、鄭家屯発。テキストで勉強しながら、吉林省から内モンゴル自治区に向かいます。若いカップルと会話の練習をするうち、15:51通遼着。駅前は人が一杯の大きな街でした。今日はここまでです。お疲れ様でした!

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中国鉄道大紀行 その87 石臼とヨーヨー

中国鉄道大紀行 その87 石臼とヨーヨー
中国鉄道大紀行 その87 石臼とヨーヨー
10月29日は碾子山(てんしざん)の採石場を訪ねたあと、楡樹屯(ゆじゅとん)から白城(はくじょう)まで内モンゴル自治区を移動します。

浄水作用を持つ不思議な麦飯石(ばくはんせき)は花崗岩(かこうがん)の一種で、碾子山の周辺には花崗岩の採石場がいくつかあります。郊外には、山肌を削られた所があちこちに見えました。

「山坡屯」とかかれた看板を過ぎて、舗装されてない道路を歩いていくと、切り出した岩がごろごろ置いてありました。関口さんが、近くにいる人に「岩のことを知りたいんですが」と尋ねると

 「こっちにおいで。古い石臼があるよ」

という人が。行ってみると確かに石臼がごろごろしていました。一抱えほどの丸い石に溝が掘られて小さな穴が開いています。

 「こっちが上、こっちが下。ここに棒を差して固定するんだ」

石臼はこの地方の特産品で、この辺りに住んでいる人はみな石臼職人だったそうです。でも最近は石臼の需要がなくなって、細々生産しているとのこと。そりゃ、いまどき石臼で小麦を挽く人もいないでしょうが、特産品の需要がなくなるのは、その地域の人にとっては致命的ですね。それで、麦飯石の湯飲みにシフトしているようですが、石臼の里の方はすっかり寂れていました。

最後の石臼職人というおじいさんの家を訪ねました。鶏がケコケコ歩いていて、可愛い子犬がお出迎えしてくれます。でも気温は5度。関口さんが寒そうにしてると、おばあさんがお湯を入れてくれました。関口さん、ほうじ茶のパックを入れて振る舞います。

 「日本のお茶、どうぞ飲んで下さい」

おじいさん、ニッコリしてました。

 「ガチョウもウサギも豚もいないよ」

 「うちは何でもある家じゃないんだ」

なかなか生活は厳しそうです。

 「でも、このうちにはおじいさんがいるし。その方がいいな」

なんて関口さん、おじいさんの事が相当気に入ったようでした。確かに穏やかでやさしそうな雰囲気を持ってらっしゃいます。

 「こんな寒い所に、あったかい人がいました」

名残り惜しそうなおじいさんとお別れして、石臼の里をあとにします。

14:41、碾子山発。冬枯れの原野を楡樹屯に向かいます。関口さんが絵日記を書いていると、女の子が覗きこんできました。絵が好きなのかなと思って聞いてみると、そういう訳でもなくて、変わったことをしてる人がいるので見てたようです。

 「何を一杯持ってるの?」

女の子が大きな荷物を持ってるので聞いてみると、色々見せてくれました。まずは銀色のイヤリング。耳につけて見せてくれました。おしゃれさんです。次はヨーヨー。懐かしいおもちゃがあるものですねえ。やって見せてくれようとしましたが‥

 「アイヤー!」

なんと芯の所が壊れてしまっているようです。何とか直そうといじくってみますが、直りそうにありません。関口さんも見て見ましたが、中の部品が欠けているようで、無理っぽいです。でも女の子はあきらめません。

 「このゴムでしばれば‥」

大きな荷物から輪ゴムを取り出して、欠けた部分を固定しようとします。

 「これで直ったらビックリするよ」

何て言ってうちに本当に直してしまいました。勢いよくヨーヨーを回しても大丈夫です。

 「君は偉い!」

凄い子です。ビックリしました。修理するってことは中の仕組みが分かってないとできないことですし、仕組みが分かると新しい工夫も生まれてきます。多分そんな才能を持った子供なのでしょう。自分でものを修理しなくなった今の日本では、育まれにくい才能でもあります。

ヨーヨーのあと、一緒に絵日記を見ているうちに、楡樹屯につきました。別れ際、女の子が関口さんに何かを手渡します。さっきのイヤリングです。

 「くれんの?」

何と、大切なイヤリングをプレゼントしてくれました。こういうのは、ちょっと感動してしまいますね。

17:28楡樹屯着。列車の窓から手を振って女の子とお別れです。さらに乗換えて、22:17白城着。石臼とヨーヨーという、二つの丸いものが縁を結んだ一日でした。

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