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2009年2月24日 (火)

「公共性」論 読了

先週は旅行記を書きながら公共性論も読んでまして、こちらも一応読み終わりました。結論からいうとなかなかおもしろかったです。何がどうおもしろかったか、話せば長くなるのですが、要は<公共性の独裁>を避けるために<小さな公共性>を積極的に評価しようということのようです。

小さな公共性は、実際の賛同者は少ないという意味で「小さな」という形容詞がつく一方、誰もが賛同する可能性を持つという意味で「公共性」の側面をもっています。ただ、その公共性をすべての人に押しつけようとすると弊害が大きくなるので、説得はするが押しつけない。<小さな公共性>に従わない人の存在もポジティブに評価するという、微妙といえば微妙、慎重といえば慎重なスタンスが提示されていました。

もう少し具体的には、社会の不具合を公共の問題として提起する「問題提起者」と、それが本当に公共の問題であるのか疑問を投げかける「吟味者」がカウンターバランスする状態を望ましい状態だと稲葉氏は考えているようです。そして、いずれでもない「無関心者」の存在も、社会システムがそこそこうまく作動している証という側面があるので一慨には否定しないという
考え方がされているようでした。

現在のように、社会システムが危機に瀕すると「問題提起者」と「吟味者」の活動が活発になり、「無関心者」の中にも社会的関心を持つ人が現れて、相対的に公共性が高まるというのが稲葉氏の見立てなのでしょう。それはたぶんそうなのだろうと思いますが、ビルトインスタビライザーとして十分なレベルまで高まるかどうかはまた別な問題となるでしょうね。

いずれにせよ、公共性に過剰な期待を(あえて)しないという考え方は参考になりました。

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