« LPレコードの電子化 | トップページ | 欄干のない橋 »

2010年12月29日 (水)

【みんなのうた50年史】 「ラサ・サヤン」ほか

A3CAF93D-F4DF-44B6-92DE-3A67C5A07D74

1962年8,9月のうた、残りは『川で歌おう』『アイルランドの子守歌』『一、二、三、・・・』の3曲です。

『川で歌おう』はもともと『ラサ・サヤン』というインドネシアのフォークソングです。

 ♪ そよふく風 飛び散る水のしぶき
 ♪ 声合わせて歌おうよ 川の歌を

<みんなのうた>バージョンでは元気よく川の恵みが歌われます。1番では飛び散る水のしぶき、2番ではきらきら光る川面、3番では風にそよぐ岸の緑。そして「お空にゃぽっかり白い雲」という印象深いフレーズが3番ともに登場します。青空のもと、楽しい川遊びの風景ですね。8,9月のうたにはぴったりでしょう。

映像は多摩川上流が使われていたようです。青梅あたりまでいくと、今でもこんな光景が見られるかもしれません。

他方『ラサ・サヤン』では、瞳の美しい乙女に憧れる気持ちが歌われています。Rasa Sayang は Feeling of love (愛する気持ち)という意味だそうで、美しい乙女や自然の恵み、麗しい故郷を愛する歌詞を自在につけて歌ったようですね。このブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/nature315/diary/200708240001/)にマレーシアの人が歌う動画が載っていますが、賑やかに歌い踊るのがやはり正解のようです。日本語版は先日買ったソノシートに入ってました。

『アイルランドの子守歌』も検索すればいくつか動画が出てきます。複数の訳詞があるようで、どれが<みんなのうた>バージョンなのか定かではないのですが、いずれも「ルーラルーラルラー♪」とゆったりとしたせつない旋律です。

原詞は

 ♪ Over in Killarney Many years ago,
 ♪ Me Mither (My Mother) sang a song to me
 ♪ In tones so sweet and low.

という歌いだしで、アイルランド南西部の風光明媚な街キラーニーで、遠い昔に母親が歌ってくれた優しく静かな歌声を思い出すという内容のようです。

Wikipediaにはペギー葉山さんが高校時代、この曲をクロスビーが歌うのを聴いて感激してポピュラー音楽への道を志したというエピソードが載っていました。のちに自分がこの曲をテレビで歌うことになるとは、当時想像もされなかったことでしょうね。

『一、二、三、・・・』とは妙なタイトルですが、<みんなのうた>用に作られたオリジナル作品だそうです。

 ♪ ひとつとさ ひとつきゃないもの
 ♪ 大切さ

音源が無いので楽譜から想像するしかありませんが、おそらく堂々たる歌いだしだったことでしょう。この世に一つしかない大切なもの、それは・・

 ♪ ぼくのおなかにゃ おへそが一つ
 ♪ 林の向こうに 朝日が昇る

なんだおへそか、と思わせておいて日が昇ってきます。おへそも大事ですが、太陽は正真正銘かけがえのない一つしかない星ですね。ひねりの効いた歌詞は谷川俊太郎さんらしい歌詞だといえるでしょう。

2番は二つそろっているもので長靴とトンボの目玉。3番は三つあるものでオート三輪と赤・黄・緑の信号。オート三輪は見かけなくなって久しいですけど信号は現役です。このあと、シャープ4つはホ長調とかマニアックなネタも登場しながらどこまで続くのかとおもわせながら、片手で数えられないものは「いっぱい」と一気に飛躍していきます。

 ♪ 月のむこうに 星がいっぱい
 ♪ 夜の地球に 明かりがいっぱい

おへそからはじまり、宇宙から人間の暮らしを眺める壮大な叙事詩になっていくのでした。ゴビラッフの独白みたいですね。

D374D849-8391-4B5A-8F70-C9E74AC51EFF

このクールは資料にあたりながら7曲をみてきました。外国曲あり戦後の名曲あり個性豊かなオリジナル曲ありとバラエティに富んだ選曲であったことがわかります。二ヶ月に3~4曲の現在と違い、二ヶ月に7曲製作していた当時のスタッフのみなさんは大変だったことでしょう。

『川で歌おう』
作詞:小林幹治
作曲:(インドネシア民謡)
編曲:石丸寛
うた:東京放送児童合唱団
映像:(実写)
初回放送:1962. 8-9

『アイルラン

ドの子守歌』
作詞:城戸洋子
作曲:シャノン  
うた:ペギー葉山、ヴォーチェ・アンジェリカ
初回放送:1962. 8-9

『一、二、三、・・・』
作詞:谷川俊太郎
作曲:小林秀雄  
うた:楠トシエ
アニメーション:久里洋二
初回放送:1962. 8-9

画像は水曜社の「NHKみんなのうた2」より。

|

« LPレコードの電子化 | トップページ | 欄干のない橋 »

コメント

偶然にこちらのブログに辿りつきました。よく研究されているのに驚いています。水星社の本には当時の画像も掲載されているのですね。当時は作詞も身近で間に合わせる傾向があって、小林幹治は私の大学時代の友人、城戸洋子は私の姉です。「川で歌おう」のロケ風景が残っているとは思いませんでした。多摩川上流の「鳩ノ巣」あたりから川原に降りたように思います。

投稿: 志村建世 | 2011年3月 6日 (日) 16時48分

志村さま

コメントありがとうございます。
子供のころからお世話になっている番組の担当者の方にコメント頂けて感慨無量です。

<みんなのうた>は1977年からカセットテープで、1987年からビデオテープで記録してきました。それ以前の曲は断片的にしか知らなかったので50周年を機にレコードやテキストを集めて調べ始めているところです。本当に素晴らしい曲が続々と登場していたんですね! これまで知らなかったのが惜しまれます。

それにしても2月に7曲は大変でしたね。曲の発掘、作詞作曲、収録にロケやアニメーション。それも毎月コンスタントに。みなさま総掛かりで担当されていた様子がコメントからもうかがわれました。このブログでも当時の曲をおいおい紹介していく予定ですが、<みんなのうた三昧>や通常の再放送枠でも当時の曲を放送いただいて沢山の人に聴いて頂きたいものです。一人で楽しむには勿体なさすぎます。

また、今後ともブログの方で当時のお話をお聞かせ頂けたらと思います。よろしくお願いいたします。


投稿: くじょう | 2011年3月 7日 (月) 17時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/121873/50426849

この記事へのトラックバック一覧です: 【みんなのうた50年史】 「ラサ・サヤン」ほか:

« LPレコードの電子化 | トップページ | 欄干のない橋 »