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2011年5月 1日 (日)

【みんなのうた50年史】 『へのへのもへじ』(1961年)

なかなか1961年から前へ進みませんね。『へのへのもへじ』は1961年10,11月のうたです。1976年にも『へのへのもへじ』という同じタイトルの曲が放送されていますが、こちらは隣の家の塀にへのへのもへじを落書きして、そこの爺さんにどえらい迫力で叱られる話で、1961年の曲とは全く違う作品です。

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1961年版のこちらは「みんなのうた」が谷川俊太郎、いずみたくの両氏に作詞作曲を委嘱したという豪華な取り合わせになっています。谷川俊太郎さんは『誰も知らない』『まね』についで3作目の登場、いずみたくさんは「みんなのうた」初登場になります。翌年に『手のひらを太陽に』(1962年2,3月のうた)、翌々年にはみんなのうたではありませんが『見上げてごらん夜の星を』(1963年)と代表的な作品をつくられる直前の作品ということになりますね。

 ♪ お風呂場のガラス戸に
 ♪ へのへのもへじをかいたらば

ソーラドーミーソーーという、どこか『見上げてごらん』に似たゆったりとした歌いだしです。お風呂場の曇りガラスにへのへのもへじを書いたところ

 ♪ 悲しそうに悲しそうに泣き出した

水滴が垂れて、泣いているような表情になってしまいました。「あるある」という光景ですが

 ♪ きっとおなかがすいたんだ
 ♪ すいたんだー

これを「おなかがすいて泣いている」と見立てるところが谷川俊太郎さんらしいですね。単なる落書きだったへのへのもへじが感情を持った身近な存在になったところで、ショッキングな展開が待っています。

二番ではコンクリートの道路にへのへのもへじを落書きをしました。すると‥

 ♪ ダンプカーにダンプカーに
 ♪ ひかれたよ

ゴーッと走ってきたダンプカーに哀れなへのへのもへじはぺちゃんこにされてしまいました。当時は高速道路や工業道路が整備される以前で、砂利を満載したダンプカーが生活道路を疾走してましたから、リアリティのある光景だったことでしょう。思わず目をつぶってしまいそうですが‥

 ♪ だけど平気で空見てた
 ♪ 空見てたー

ダンプが去ったあとも、へのへのもへじは平然と空を見上げていました。まさに超人的といえるでしょう。非常にインパクトのあるフレーズです。

三番では海岸の砂の上にへのへのもへじを描いたところ、青い波にさらわれてしまいました。受難続きですが

 ♪ きっとハワイに行ったんだ
 ♪ 行ったんだ

60年代の楽園、ハワイに行ったと捉えるところに夢がありますね。シビアな体験を重ねたへのへのもへじが最後、学校に帰ってきます。学校の黒板にへのへのもへじをかいたところ、困ったような顔をしてました。確かに「への字」に結んだ口は困っているようにも見えますね。

 ♪ きっと友達ほしいのさ
 ♪ ほしいのさ

ダンプにひかれても平気で、ハワイにもいけちゃうへのへのもへじ君だけど、学校で友達と仲良く遊ぶのが一番なんだという結末でした。機知に富んだストーリー性のある作品だと思います。中原収一さんの映像も楠トシエさんの歌声も残っていないのが残念ですね。

『へのへのもへじ』
 作詞:谷川俊太郎
 作曲:いずみたく
 うた:楠トシエ
 映像:中原収一
 初回放送:1961年10,11月

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