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2011年8月31日 (水)

【みんなのうた50年史】『遠い世界に』(1975年)

1975年10-11月のうたの続きを紹介しましょう。イカロスの次は西岡たかしさんの『遠い世界に』です。この辺、有名な曲が次々に登場してきますね。

♪ 遠い世界に旅に出ようか
♪ それとも赤い風船に乗って
♪ 雲の上を歩いてみようか

オートハープの繊細な調べに乗って遠い世界に旅に出る…のが目的の歌ではありません。五つの赤い風船が連れていってくれる雲の上には太陽が出ています。爽やかな風も吹いています。

でもそこにとどまるのではなく、虹色の風をもらって帰って、故郷を覆う暗い霧を吹き飛ばしたい…。それが旅の目的なのでした。事態は思いのほか深刻と言わなければならないでしょう。

♪ 僕らの住んでるこの街にも
♪ 明るい太陽 顔を見せても
♪ 心の中はいつも悲しい

雲に隠れた僕らの国、日本。たまさか太陽が顔を出しても心が晴れることはありません。それは力を合わせて生きることをみんなが忘れてしまったから…

この歌の初出は1967年です。高度成長も後半戦に入り公害や過疎や過密など弊害も顕在化してきたころでした。1966年には一連の「黒い霧事件」が起き政治不信が高まっているころでもあります。

経済成長によって人々の絆が失われ、互いを信じることができなくなってきている。そんな時代に、若い力を身体に感じて、長い道を力の限り歩いていこうというこの歌が励みになったのでしょう。

古川タクさんのアニメーションは、まさに歩くという行為に焦点を当てています。長い道のりを力強く歩き続けるたくましい足。最後、「だけど僕たち、若者がいる」でしっかり地に足をつけて立ち止まり、前を見通す姿は足の描写だけで希望を感じさせる素晴らしい作品でした。

震災後のこの時期には、いかにも感があって抵抗もあるかもしれませんが、でもやっぱりこの時期に再放送してほしい一曲です。

『遠い世界に』
作詞:西岡たかし
作曲:西岡たかし
編曲:松田篝
うた:チューインガム
動画:古川タク
初回放送:1975年10-11月

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産業別人口比率と一人当たりGDP

昨日みつけたデータをつかって99カ国について産業別人口比率と一人当たりGDP(対数値)との相関をみてみると、

 第1次産業が-0.83
 第2次産業が 0.60
 第3次産業が 0.79

となりました。ある程度予想はつくのですが、それでもはっきりした傾向がみられます。第1次産業の人口比率が多い国は一人当たりGDPが低く、第2次、第3次産業の人口比率が多い国は一人当たりGDPが高いことが確認できます。農林漁業が中心の社会から、工業化やサービス産業化が進むにつれて、一人当たりGDPがあがっていくわけですね。

ここで面白いのは第2次産業より第3次産業の人口比率の方が一人当たりGDPとの相関が高い点です。散布図をつくってみると、若干の例外はあるもののきれいな右上がりのグラフになっています。こんなにきれいなグラフは珍しいほどの正の相関がみられることが確認できます。

3gdp

第3次産業は直接人々の満足度を高める業種が多いので、生産された満足度の総和を高める効果が大きいです。一人が生産した満足度の総和と一人当たりGDPに正の相関があるとするならば、うなずける結果といえるでしょう。

一方で、第3次産業は長時間労働や感情的な気配りを要求される感情労働の側面が強いので、働き手にとっての投入コストもまた大きくなる産業形態です。生産された満足量から投入されたコストを差し引いた値が純幸福量となるかもしれませんが、それがどうなっているかはこのグラフからはわからないですね。やっぱり右上ほど純幸福量が大きくなっているかもしれませんし、実は左下の方が幸福なのかもしれません。あるいは右上から左下に向かう途中に純幸福量の最大値となる場所がある可能性もあります。

幸福の量を国際比較する試みも最近行われてきているようですので、そういうデータとつき合わせてみるのも面白いかもしれませんね。

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2011年8月30日 (火)

帝国書院 統計のページ

帝国書院さんの地図帳には昔からお世話になっています。地図もさることながら、巻末の統計資料集がなにげに面白かったのですが、この統計資料集がHPに掲載されているのを発見しました。(http://www.teikokushoin.co.jp/statistics/japan/index.html

日本と世界の面積、人口、農林漁業、鉱工業、その他について統計資料が出典とともにまとめられています。これはありがたいですね。活用させてもらうことにしましょう。とりあえず、世界各国の雇用労働者の産業別割合の資料(もとはILOのホームページ)が必要です。
http://www.teikokushoin.co.jp/statistics/world/index05.html

あと、小中学生の県名認知度マップとその分析のページが面白かったです(http://www.teikokushoin.co.jp/map/menu2/index.html)。概して東日本の認知度が高く西日本が低くなっています。関東地方の子供の人数が多い(関東の子供は東日本に強く西日本に弱い)ためだろうと思いますが、九州の子供も西日本より東日本の方が詳しいのが興味深かったです。全国ニュースでも東日本のことが報道されやすいからかもしれませんね。

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2011年8月28日 (日)

GDP、ジニ係数と知人信頼の散布図

対数変換された一人当たりGDPと知人信頼スコアの散布図は次のようになります。

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これも一筋縄ではいかない形をしていますね。ぱっと見は右上がりで、一人当たりGDPが増えると知人信頼が増えるように見えます。パス解析による分析では一人当たりGDPから知人信頼へのパス係数はマイナスでGDPが増えるほど、知人信頼が減る結果になっていたのと逆の関係になっています。

ただ、もう少しよく見ると首を上げたアヒルのようにも見えます。アヒルの首からくちばしの部分をフランス、ノルウェー、イギリス、カナダ、オーストラリアといった欧米先進国が占め、アヒルの胴体を非欧米の国々(ただしイタリアを含む)という構図になっています。そしてペルーとルーマニアがアヒルの両足です。

アヒルの首だけを見ると一人当たりGDPと知人信頼は正の相関で、一人当たりGDPの高い国は知人信頼が高くなっています。この部分については社会関係資本論者が言う信頼と経済発展の関係が妥当しているようです。他方、アヒルの胴体はやや尻上がりで、この部分だけみると一人当たりGDPと知人信頼には負の相関が見られます。これらの国々については経済発展が知人信頼を阻害する効果が見られるようです。

このアヒルの首と胴体を構成する国々は、先述の汚職と知人信頼の散布図で汚職が少なかった国と多かった国にほぼ対応しています(チリだけが汚職が少ないのに胴体に位置している)。パス解析では汚職スコアと一人当たりGDPを同時に投入してパス係数を求めてますので汚職スコアの効果を統制すると、一人当たりGDPの負の効果のみが残るということなのかもしれません。

とはいえ、このように明らかに非線形な形のデータを線形モデルで分析していいのかという不安を感じさせる散布図ではありますね。グループ分けするとサンプル数が減りますし悩ましいところです。

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ジニ係数と知人信頼の散布図は上のようになります。ジニ係数は経済的な不平等の大きさを示す指標で、大きいほど不平等であることを示します。これは明瞭に右下がりのグラフになりました。すなわち、ジニ係数が大きく経済的な格差が大きい国ほど知人信頼が低くなっています。他のグラフのように二つのグループに分かれたり、非線形な関係も見られないところからジニ係数と知人信頼の関係がここまでみた中では最も実質的な関連がありそうです。

とはいえ、前にも書いたとおり不平等が大きいと知人が信頼できなくなる理由を探すのは容易ではありません。階層が違う人と知り合いになっても信頼しにくいという事情があるのかもしれませんが、これも階層間の一般的な不信が背景にあっての話でしょうから、一般的信頼の不在を介した知人信頼の欠如ということになりそうです。

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2011年8月27日 (土)

汚職スコアと知人信頼の散布図

知人信頼の規定要因として、汚職の少なさ、一人当たりGDP、ジニ係数、政治スコアといった変数が有意であることをみてきました。これらの変数と知人信頼の関係を散布図を用いて確認しておきましょう。

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まず、汚職の少なさスコアと知人信頼スコアの散布図は上の通りです。知人信頼スコアは個人的な面識のある人を「とても信頼できる」を+3、「やや信頼できる」を+1、「あまり信頼できない」を-1、「全く信頼できない」を-3として国ごとに平均スコアを求めたものです。ほとんどの国がプラスの値ですので知人を信頼できると考えている人が多いのですが、ルーマニアやペルーはほとんど0かマイナスで、知人といえども特に信頼されてはいないようです。

散布図を見ると、フィンランドやスウェーデンやカナダのように汚職の少ない国では知人信頼が高く、インドネシアやロシアやウクライナのように汚職の多い国では知人信頼が低い傾向が明瞭に見て取れます。ルーマニアやペルーも汚職が多い部類でしょう。例外としてチリは比較的汚職が少ない割りに知人信頼が低くなっています。フランスはこの指標ではチリより汚職が多いのですが、知人信頼は全体の中で最高となっています。

汚職に関しては、右上の少ない国と左下の多い国のグループが明瞭に分かれています。少ない国はいわゆる欧米先進国が多く(ただしイタリアを除く)、多い国は非西欧の国々(とイタリア)とはっきり色分けされています。さらにそれぞれのグループ内では汚職スコアと知人信頼にはほとんど相関が見られないようです。この点から考えると汚職スコアと知人信頼の相関は一見非常に明瞭ではあるものの、もしかしたら欧米先進国では知人信頼が高く、そうでない国が知人信頼が低いことを反映した偽相関であるのかもしれません。そういう意味でちょっと気になる散布図ではあります。

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知人信頼の規定要因

一般的信頼が知人に対する信頼の延長である可能性を見てきました。繰り返し囚人のジレンマ(PD)における戦略の1回きりPDにおける使い回しや、知人に対して共感を感じる心理機構を初対面の相手にも適用する可能性が、具体的なメカニズムとして想定されるでしょう。

知人に対する信頼は、ある程度安定した人間関係のもとで培われると考えられます。困ったときにお互いに助け合ったり、協力して何かを成し遂げたりする経験を積み重ねると信頼関係が深まるでしょう。逆に社会的な移動が頻繁で、長い付き合いが期待できないときには相互援助が行われないかもしれません。あるいは相手を裏切ることで大きな利益が得られる機会がたまに訪れる環境では、そのときに裏切られてしまうかもしれません。そのような場合には知人といえども油断はできないことになるでしょう。

このように知人に対する信頼も社会条件の影響を受けると考えられますが、実際にどのような要因が影響を与えているのでしょうか。世界価値観調査第5波の知人信頼のデータと国連開発計画が出している人間開発指標のデータを用いてさぐってみることにしましょう。48カ国について知人信頼の他に一人当たりGDPやジニ係数、政治的な安定性や司法システムの状況、政府の効率や汚職や収賄の度合いについてのデータが得られました。

これらを説明変数、知人信頼の指標を目的変数としてパス解析を行い、有意だった変数のみを取り出してパス解析しなおした結果、次のようになりました。ちなみにこの場合、説明変数間に強い相関がありますので普通に重回帰分析を行うと多重線形性が強く現れてよく分からないことになります。そこでパス解析をした結果が次の図です。

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対数変換した一人当たりGDP、ジニ係数、政治的安定性のスコア、法と秩序スコア、汚職の少なさを示すスコアがそれぞれ有意となりました。ある程度、納得の出来る変数が並んでいますが、パス係数の符号には予想外のものがいくつかあります。係数の絶対値が大きいものから見ていきますと、政府の汚職の少なさのスコアが最大の規定因のようです。汚職が少ない国では知人信頼が高く、汚職の多い国では知人信頼も低くなる傾向があるといえそうです。

政府関係者の知り合いから袖の下を要求されたりすると、確かに知人も信じられなくなるでしょうね。ただ、そういうケースはそんなに多くないかもしれません。汚職の横行している国では、人間一般に対する信頼が低くそれが知人信頼を引き下げるというケースの方がありそうです。その場合は、一般的信頼→知人信頼という因果パスが見られるのかもしれません。

次にパス係数の絶対値が大きい変数はlog(GDP)、すなわち対数変換した一人当たりGDPです。この係数はマイナスですので、一人当たりGDPが大きく経済発展が進んだ国では知人信頼が低いことになります。これはちょっと意外な結果ではありますが、経済発展が進むと社会の流動性が高まって知人との付き合いが途絶えやすくなるのかもしれません。あるいは、裏切りによって大きな利益が得られる機会が生じるため知人といえども信頼できなくなるということかもしれません。

ただ、社会関係資本の議論では信頼は経済成長を促進する働きを持つということがよく言われますので、こうした議論との整合性を考える必要がありそうです。

次に影響の大きな変数はジニ係数で、これもマイナスに効いています。ジニ係数は経済的な不平等の大きさを示す指数ですので、不平等が大きいほど知人が信頼できなくなることを意味しています。一攫千金の機会を狙って知人を裏切る‥という機会が増えるのかもしれませんが、マイナーケースのような気もします。これも格差の拡大が人間一般についての信頼を損ない、それが知人信頼を損なうという因果パスが効いているのかもしれません。

政治的安定性スコアはプラス、法と秩序スコアはマイナスに効いています。これらも知人信頼に影響するメカニズムが分かりにくい変数です。第3変数を介した偽相関かもしれませんし、一般的信頼を介した間接効果かもしれません。

詳細は不明な部分が多いですが、知人信頼→一般的信頼という因果関係だけでなく、逆の因果関係があるらしいことが伺える結果といえるでしょう。

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2011年8月26日 (金)

スタバ物語 その1 「チーズの匂い」

『スターバックス再生物語』(ハワード・シュルツ 2011)を買ってみました。スタバは椅子が硬くてコーヒーが苦いのであまり好きではないのですが、メソn人ジレンマ回避モデルをつくる上で参考になるかもしれません。

全33章400ページ余りのうち今日は第5章、CEOを退いていた創業者のハワード・シュルツが店内でサンドイッチを焼くときのチーズの匂いに切れるくだりまで読みました。ハワード・シュルツいわく「チーズの匂いはスターバックスのブランドを傷つける」。それゆえ彼はサンドイッチの販売をやめるよう命じるのですが、当時の経営陣に反対されて対立を深めていくのでした。

スタバがチーズの匂いがする軽食屋であっても別にいいと思うのですが、創業者としてはあくまでコーヒーの香りがするコーヒー店であって欲しいのでしょう。その意味で当時の経営陣との対立は〈スターバックスの定義〉を巡る対立で、どちらが正解という類の話ではないように思います。しかし、ハワード・シュルツにとっては「スターバックスを破滅に導きかねない」状況で、「自分の船が沈んでいくのを感じる船長のような気持ち」だったようです。

そんなわけでここまで読んだ段階では、創業者が自分の定義と異なる方向に会社が向かうことを「危機」と捉え、自分の定義に引き戻すことを「再生」と自賛するお話になる予感がしますね。それだとあんまり面白くないのですが、まだまだお話は序盤。果たしてそうなのか違うのか、もう少し読み進めてみることにしましょう。

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2011年8月23日 (火)

『八百徳』のうな重

中田島砂丘の帰りに浜松駅南口の 『八百徳』でうな重を頂いてきました。最初は浜松餃子を食べて帰ろうと思ったのですが、行列をしてたので方針転換です。

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こちらもそこそこ人がいましたが、二階にも座敷があるようで待つことなく案内されました。普通のうな重と上うな重があってあんまり値段が変わらないので上うな重を注文。店内のテレビで『胡桃の部屋』とみんなのうたをみているうちに立派なお重に入ったうな重がやってきました。

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本場のうな重は思ったより柔らかくてはんなりとしたお味でした。美味しかったです。肝吸いもほろ苦い肝がちゃんと入っていて、甘みのあるもずくとちょうどいい取り合わせでしたね。ごちそうさまでした!

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2011年8月21日 (日)

浜松まつり会館

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砂丘の近くにある浜松まつり会館によってみました。

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毎年5月3、4、5日に行われているそうです。大凧や御殿屋台の展示が迫力ありますね。開会と同時の各町内の激突、進軍ラッパに鼓舞されたタコ合戦、夜の激練の映像展示も見応えがありました。

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今年は震災の影響で中止になったそうで残念でした。初子の誕生を祝う勇壮で華麗なお祭り、来年は見てみたいものです。

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遠州灘点景

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はるかかなたまで広がる遠州灘…。別世界に彷徨いこんだ気がします。でも、これもいつもここにある風景なんですよね。

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ウミガメの模型が展示してありました。多分シーズンは過ぎてるのでしょうけど、ここにもウミガメが産卵に上がってくるのでしょう。どこかに子ガメがいるのかもしれません。

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ユリが沢山白い花をつけてました。海岸部特有の種類なのでしょうか。黒い実をつけた植物も名前が分かりません。名前も知らない木ですからしょうがないですけどね。団地の塀では西洋アサガオが青い花を咲かせてました。

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中田島砂丘

昨日、浜松の中田島砂丘にいってきました。駅からバスで17分ほどで入り口につきます。

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砂地は歩きにくいので草地に足を踏み入れると大量のバッタが飛び去ってビックリ! 曇っていて風が涼しかったです。

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写真うつりはいまいちですけどね。散策するにはカンカン照りじゃなくて幸いでした。

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2011年8月19日 (金)

知人信頼と一般的信頼

ここまで認知レベルの一般的信頼成立のメカニズムを考察してきました。直接面識のない他者が基本的に善意をもっているとみなす態度が認知レベルの一般的信頼です。これは、見知らぬ他者と1回切りの囚人のジレンマゲームをしたり(1度しか来ない店で買い物をするなど)、見知らぬ他者に助けを求めたりする場合(一般交換による援助場面)に、好意的な対応をされると形成され維持されると考えられます。その意味で、認知レベルの一般的信頼は1対1の行動レベルの一般的信頼とパラレルな現象で、おそらく両者は共進化をしてきたのでしょう。

面識のない相手との1回切りの囚人のジレンマ(PD)で協力行動を採るメカニズムとしては、繰り返しPDにおける戦略の使い回しや、知人に対する共感の使いまわし、さらに非協力行動による共感の搾取を防ぐことができるサンクションシステムの存在が想定されることも見てきました。これらの存在が一般的信頼成立の条件であるとすると、たとえば知人に対する信頼が高いことが一般的信頼を高める効果があることが予想されます。

知人に対する信頼が高い社会とは、知人との付き合いが長く、人々の絆が強い社会ということになるでしょう。世界価値観調査第5波調査でデータのそろっている45カ国について一般的信頼の高さ(「信頼する」と答えた割合)と知人信頼の高さ(「とても信頼する」「やや信頼する」の合計)との相関を取ると0.59となります。実際に知人信頼が高い社会では一般的信頼が高いといえるでしょう。

ちなみに45カ国のデータについて一般的信頼と最も相関が高いのは初対面の相手に対する信頼を示す初対面信頼です(相関係数0.61)。一般的な他者とは初対面の他者を意味すると一応はいえる結果です。次が知人信頼(0.59)で、以下近所の人に対する信頼である近所信頼(0.51)、外国人に対する信頼である外国人信頼(0.49)となります。一般的な他者の範疇に外国人はストレートには含まれていないようです。

外国人信頼と高い相関があるのは初対面信頼で相関係数は0.90に達します。両者は実質的に同じものといえるでしょう。初対面信頼と次に高い相関を持つのは知人信頼(0.68)で一般的信頼(0.61)よりも高くなっています。外国人信頼と二番目に高い相関を示すのも知人信頼(0.67)で、知人に対する信頼が高い社会は初対面の人や外国人に対する信頼も高いといえそうです。

他方、近所信頼と外国人信頼の相関は0.36しかなく近所の人に対する信頼は外国人に対する信頼に転化されにくいようですね。これがなぜなのかは別途考察する必要がありますが、さしあたり近所信頼と知人信頼に異なる側面があること、近所信頼は明確にコミュニティ外の人への信頼に転化しにくいのに対し、知人信頼はコミュニティ外の人への信頼に転化されやすいことが確認できます。

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出雲神社

そのあと千歳の出雲神社にお参りに行ってきました。久しぶりに行ったのですが、桧皮葺きが新調されてきれいになってました。一昨年の1300年祭のときに綺麗に建て替えられたようです。

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そして境内では何やらライブのようなものをやってました。 1313684591016.jpg

秋の法会の後のイベントのようです。「上を向いて歩こう」とかポピュラーな曲をみんなで歌ってて楽しそうでした。 こういうイベントがたくさん行われているようで、土日には大掃除とそうめん流しをするという掲示を見かけましたし、縁結びの神様らしくお見合いのパーティーも開催されてるようです。 この地域の中心となる寺社だけあって地域のコミュニティ活動の核にもなっているようですね。

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つけパスタ

亀岡の生パスタの店『シャント』で「つけパスタ」を頂いてきました。

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食べやすいように細いパスタが一口サイズに小分けされています。それをピリ辛のトマト味スープにつけて頂きました。サッパリしてて美味しかったですよ。

付け合わせのキュウリ、ナス、トマトは多分も地の野菜なのでしょう。こちらもコクがあって美味しかったです。

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2011年8月17日 (水)

緑のカーテン成功例

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米沢で見かけた緑のカーテンです。西洋アサガオの葉っぱが見事に茂ってました。

今年は緑のカーテンを作ってる家が多いのですが、葉っぱがちょろちょろついてるだけで、ほとんど日よけになってないうちも少なくありません。特にプランターに植えたものは葉っぱの密度が低くて、力不足のものが多いようです。

その中でもゴーヤの葉っぱはよく茂っていていい日よけになっているようです。ただ、ゴーヤはやたら実がなって食べ切れないのがたまに傷ですね。放置すると、実が割れてべとーっとした赤い種が糸を引いて気持ち悪い思いをする羽目になります。いわゆる「ゴーヤの罠」ですね。

その点、写真のグリーンカーテンは西洋アサガオでベトベトした実がなったりはしません。それでいて、普通のアサガオよりも葉っぱの密度が高く十分日よけの役を果たしているようです。

秘密は多分このプランターですね。2Lペットボトルと比べると深さが分かります。40センチくらいの深さがありそうですね。これぐらいあると十分根を伸ばして葉っぱを茂らせることができるのでしょう。かなり参考になる事例でした。

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2011年8月12日 (金)

一般的信頼と共感の働き

コントロール幻想や繰り返しPD(囚人のジレンマ)における戦略の使い回しや協力を善とする価値観が1回きりのPDにおいて協力行動を促すことを見てきました。これらを持つ人と持たない人が1回きりのPDで対戦すると、前者が協力行動を採り後者が非協力行動を採ると予想されます。その結果、前者は安物を押し付けられたり代金を支払ってもらえなかったりして損をすることになるでしょう。コントロール幻想なり戦略の使い回しなり協力を善とする価値観なりは、それらの持ち主に損失を与える場合があるのです。

では、なぜこれらの損失を与えることのある心理メカニズムや価値観を人は持つ場合があるのでしょうか。これは結構難問で、いまだ十分な解答は存在しないと思いますが、いくつか可能性を考えて見ることにしましょう。

一つの可能性として、これらの心理メカニズムや価値観が短期的には損失を与えるかもしれないけれども、長期的には利益を与えるからかもしれません。しかしここでは、たとえば実験室で行われるような1回きりのPDを考えていますので長期的な利益はその中に期待することはできません。

もう一つの可能性としては、これらの心理メカニズムは物質的には損失をもたらすけれども心理的には満足感をもたらすからかもしれません。特に協力を善とする価値観の持ち主は協力行動を採ることに心理的な満足感を感じている可能性が高いでしょう。協力行動は自分の利得を減らして他者の利得を増やす性質をもちます。他者の利得を増やすことに心理的な満足を感じる人は協力行動にも心理的な満足感を覚えることでしょう。

他者の喜びや苦痛を自分のことのように感じる心理メカニズムを共感といいます。共感の作用で他者の利得を増やすことに満足を感じるならば、実験室での1回きりのPDにおいても協力行動が採られることが期待できます。この場合のポイントは1回しか会わない見知らぬ他者に共感を感じるのはなぜかということになります。

ホフマンによると共感には、喜びや苦痛を感じる人を目撃することによって生じる生理的な反射による部分、他者の話を聞くことで過去に自分の身に起きた同様な出来事を思い出して生じる部分、他者の境遇に積極的に思いをはせることによって生じる部分があるようです。他方、他者の陥った苦境が本人に責任があると認知される場合には共感が生じないとするワイナーの報告もあります。

共感の生理的な部分については生物学的な基盤があるといえるでしょう。この部分は、親が子供の世話をするときに子供の喜びや苦痛を自分のことように感じて世話をするならば、適切な世話ができるといった事情から進化したようです。血縁者を援助する戦略は、血縁者が同じ戦略を持つ可能性が高いので、援助に多少のコストがかかっても進化することができます。おそらく共感の生理的な部分は血縁選択によって進化したのでしょう。

もともとは子供の状態を読み取って世話をするメカニズムとして進化した共感が、他者一般の状態を読み取るメカニズムをして使いまわされているのが、多くの人が感じる共感だろうと考えられます。他者一般の中でも知人や友人の境遇に共感して手助けすることは繰り返しPDにおける協力行動を促進する効果があります。

他方、非協力的な相手の境遇には共感しないで協力しないことも、しっぺ返し類似の戦略の発動に相当しますので、ワイナーが報告した共感の抑制も繰り返しPDにおける戦略進化の過程で進化したのでしょう。したがって、知人や友人に対する共感や共感の抑制も進化的な基盤があると考えられます。

では実験室で出会う1回しか会わない相手に対する共感の場合はどうでしょうか。このような相手に共感して協力行動を採ることは損をする可能性があります。また、共感による協力をあてにした非協力行動を誘発することで損失が拡大する可能性もあります。繰り返しPDではそのような相手に対して共感を抑制する対抗手段がありますが、1回きりのPDではそうはいきません。そういう意味では1回きりのPDの相手に共感を示す積極的な理由はないように思われます。

これは心理メカニズムの分解能の問題なのかもしれません。特に生理的なメカニズムの場合、繰り返し会う可能性のある相手と1回しか会わない相手とを区別して共感したりしなかったりするのは難しいのかもしれません。そのため、どんな相手であってもとりあえず初回は共感をする仕様になっているという可能性が考えられます。

ただ、相手が自分の責任で苦境に陥っているという認知によって共感が抑制されるのであれば、相手と1回しか会わないことが明瞭な場合に共感を抑制することもできそうです。そうなっていないのはやはり1回しか会わない相手に共感することに積極的な理由があるのかもしれません。

共感が積極的な意義を持つのはそれによって相互協力や相互援助が達成できる場合です。その場合はお互いの利得を増やすことができます。したがって、見知らぬ相手と相互援助や相互協力が達成できる見込みが大きい場合は、そういう相手であっても共感を抑制しないで相手が困っているときには援助し、協力の機会があれば協力行動を採ることに意義があります。もちろん、相手が協力行動のときに自分が非協力を採る方がより得をするのですが、相手が協力のときは自分が協力を採ってもマイナスにはならないという意味で共感を採りやすい状況といえます。

見知らぬ相手が協力行動を採る状況としては、評判が非協力行動を抑制する場合や、集団間競争が存在することで非協力行動に対するサンクションが維持されうる場合があることを前に考察してきました。評判やサンクションによって非協力行動が抑制される場合は、共感を抑制する必要は特にないと考えられます。現実の場面で見知らぬ人と出会うときに、評判やサンクションの作用によって非協力行動に出会う確率が低い環境で暮らしている人は、見知らぬ人に対する共感を抑制する確率が低いかもしれません。

そういう環境で暮らしている人は、実験室で1回きりしか出会わない人とPDを行うときでも相手に対して共感を感じやすいのでしょう。実験室では評判もサンクションも作用していないので非協力行動も抑制されてはいないのですが、普段から評判やサンクションが効いている環境で暮らしている人はにわかに共感の抑制ができなくて1回きりで評判やサンクションも作用していない相手に共感をするのかもしれません。

以上の推論をまとめますと、1回きりのPDで相手に対する共感に基づいた協力行動が起こるためには、その人が普段から評判やサンクションが作用して見知らぬ人の非協力行動が抑制されている環境で生活していることと、共感の抑制がにわかには生じないという意味で共感に慣性が存在することが必要であると考えられます。逆に、普段から評判やサンクションが機能せず、見知らぬ人の非協力行動に直面することが多い人は、見知らぬ人に対する共感を抑制する傾向が強く1回きりのPDでも相手への共感を抑制して非協力行動を採りやすいと予想できるでしょう。前者が一般的信頼が維持されやすく、後者が一般的信頼が損なわれやすい環境ということもいえるでしょう。

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【みんなのうた50年史】『掲示板のうた』(1962年)

60年代の曲の紹介も再開しましょう。1961年12-1月まで終わってますので、次は1962年2-3月のうたです。このクールで未紹介の曲は『掲示板のうた』と『きれいな帽子』です。『きれいな帽子』は著作権の関係で楽譜集に未収録ですしレコードにも収録されていません。他方『掲示板のうた』はレコードには入ってませんが、水星社のテキストに楽譜と画像の一部が収録されていました。

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♪ 街にはマチマチな人達
♪ 待ちくたびれてー

ダークダックスのユニゾンで重々しく始まります。どこかピンクパンサーのテーマを思わせるような出だしです。もっともピンクパンサーは1963年なのでこちらの方が先ですけどね。

メロディーの大仰さの割りに歌詞は「街」「マチマチ」「待ちくたびれて」と言葉遊びになっています。作詞の岩田宏さんはロシア文学やSFの翻訳の大御所ですが、遊び心を発揮されてますね。日常を歌った歌詞と曲のアンバランスはこの作品全体を通じた魅力となっています。

テキストにはNHKラジオ歌謡の曲としてつくられたとあるので、調べてみましたがいつが初出かはわかりませんでした。60年代はじめか50年代終わりか。なかなかこないバスか電車を待ちくたびれた人たちが膝を抱えて休んでいます。

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♪ そんなとき黙って
♪ 話しかけるのはー

黙って話しかける。そんな離れ業をやってのけるのは四角いポスターたちでした。

ラドミ→ドミソシ♭→ファラド→ラド♯ミソ→レファラド→ファラド→ラドミ

の勇壮な和音進行にしたがってポスターたちが力強く訴えます。

生ワクチン! 住所氏名!
断水断水! 日当350円!!


日当350円に時代を感じますね。予防注射や断水や求人の知らせを人々に伝えるポスターたち。それを背後でしっかりと支える真打ちが登場します。

♪ 掲示板 掲示板
♪ 誰が読んでも読まなくても
・・・・
♪ 掲示板はそこにある

ここで長調のメロディーに変わるところが憎いですね。主役の登場が際立ちます。雨の日も風の日も、誰が読んでも読まなくても。

「誰も読んでくれない」

「みんな俺の素通りして嫌になってしまう」

などと不平を言わず、黙々と大切な情報を伝え続ける掲示板。その勇姿を労働歌のように重厚な男声合唱のハーモニーで歌い上げる林光さんの発想に圧倒されてしまいます。音源が残ってないようですし、レコードにもなってないのが残念です。61年度の曲の中でもお気に入りの作品なんですけどね。


『掲示板のうた』
作詞:岩田宏
作曲:林光  
うた:ダーク・ダックス
映像:真鍋博
初回放送:1962年2-3月

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2011年8月11日 (木)

ドイツの太陽光発電コスト

>ドイツにおける太陽光発電システムの導入量は2004年に初めて1000MWを超え、2006年には2899MW、2010年には17320MWに達した。つまり、2006年から2010年までに導入量が約6倍に増えている。

>この結果、BSW-Solarによれば、100kW級の太陽光発電システムの1kW当たりの小売価格は半減した。2006年に1kW当たり5000ユーロ(55万円)だったシステム価格は、2011年第1四半期時点で、2422ユーロ(26万7000円)まで下がっている。特に2009年以降の価格低下が著しい。

「太陽光発電のコストダウンはどこまで可能か」http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1108/11/news015.html

BSW-Solar社の元記事。http://www.solarwirtschaft.de/medienvertreter/pressemeldungen/meldung.html?tx_ttnews%5Btt_news%5D=14005&tx_ttnews%5BbackPid%5D=737&cHash=0817ceb6a5

http://www.solarwirtschaft.de/medienvertreter/infografiken.html

ドイツの2010年の太陽光発電の導入量が17320MW(1732万KW)というのはとりあえず記憶しておくべき数字でしょう。年1000時間の発電として173億KW時になりますから、100万KW級の原発が年8000時間に発電する80億KW時の2倍余りの発電量になります。ざっと原発2基分がすでに導入されていることになります。ちなみに日本の2010年の導入量はおよそ357万KWで発電量は36億KW時ぐらいですから、原発2分の1基弱ぐらいですね。

導入量もさることながら、価格が下がっていることが注目されます。2011年第1四半期で1KWあたり27万円ほどというのは日本の1KWあたり60万円に比べて半分以下になっているようです。日本の場合、パネル費が40万円、工事費やインバーターなどの設備費が20万円というのが60万円の内訳ですが、ドイツの27万円というのはいずれも日本の半分以下であることを暗示する数字です。

もっとも、日本の数値は家庭用の数KW程度のものが主体の費用ですし、ドイツの数値は100KW級の体育館や商業施設につける大型システムの費用ですから1KWあたりの工事費やインバーター費などは半額以下でもわかるのですが、パネル費の単価は家庭用も大型施設用もそんなに変わらないはずですから、やはりドイツのパネルは日本のパネルよりよほど安いのでしょう。

上記の記事は安い理由については触れてないので別途調べる必要がありますが、興味深いデータではありますね。向こうでは薄膜型が主流になっているのでしょうか。今後もさらに安くなるとBSW-Solar社は見込んでいますが、その根拠は元記事をみても見当たりませんでした。これも調べる必要がありそうです。

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3次元プリンター

3次元プリンターというものが、存在しているのですね。ちとびっくり。

「3次元スキャニング&プリンティングの最新技術」 http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1106/02/news002_3.html

「多様化する3Dプリンター:HPの参入と、各種の安価なシステム」http://wired.jp/wv/2010/01/21/%E5%A4%9A%E6%A7%98%E5%8C%96%E3%81%99%E3%82%8B3d%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%EF%BC%9Ahp%E3%81%AE%E5%8F%82%E5%85%A5%E3%81%A8%E3%80%81%E5%90%84%E7%A8%AE%E3%81%AE%E5%AE%89%E4%BE%A1/

二つ目の記事には15万7500円で日本でも売られているとあります。多品種少量生産に向いてそうな技術で、どんな風に発展していくのか楽しみです。

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蓄電池の価格

1kW時あたり鉛蓄電池で40万円、リチウム電池で60~80万円が相場みたいですね。

1kw時あれば、100Wの器具が10時間使えるので十分な気がしますが鉛蓄はかさが高いのでちと厄介です。500W時ぐらいでも十分かもしれません。

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1回きりのPDにおける協力

1回だけ行われる囚人のジレンマゲーム(ワンショットPD)における協力的な振る舞いが、狭義の一般的信頼(世間の人が基本的に善意を持つと期待すること)の形成因の一つであることをみてきました。

初対面の相手でも、今後の付き合いが予想されるときには繰り返し囚人のジレンマゲーム(繰り返しPD)のしっぺ返し類似の戦略が発動して協力的に振る舞いやすいことが期待されます。一方、観光地の土産物屋のように一見さん相手の場合には、質の悪い製品やサービスの提供がなされやすくなると予想されます。

今回の旅行のように大規模な祭りを見に行く場合も、一見の観光客が大挙して押し寄せますし、年に一度の稼ぎ時になりますのでボラれたり、サービスに手抜きがなされたりする恐れがあります。まあ、ある程度はしょうがないかなと思って行くわけですが、実際には美味しい食事や丁寧なサービスの提供を受けることができました。

これはガイドブックやネットにおける評判の効果と観光地間競争という集団選択の効果が作用している可能性を前回の記事では考察しました。ただ、こうした評判の効果や集団選択の効果が作用していない場合でも協力行動が採られる場合があります。たとえば実験室でランダムにペアを作ってワンショットPDを行っても半数前後の人が協力行動を採ります。授業でどんどん相手を変えて囚人のジレンマゲームを行うように指示しても4~5割程度は協力行動が採られます。評判も集団選択もない条件で協力行動が採られるのはなぜなのでしょうか。

まず、実験参加者がゲームのルールや利得構造をよく分かっていないという可能性が考えられます。授業でPDを行った場合には「よく分からなかった」という感想が必ず何通かは見られますし、お金などの実際の利得に反映もさせませんので、参加者は分からないまま適当に手を選んでいるのかもしれません。

一方で、戦略は指1本や指2本のようにニュートラルな表現にしてあっても「協力的な人が多くてよかった」「裏切られてマイナスになってしまった」のように「協力」や「裏切り」といった用語を使って感想を記す人も少なからずいました。これはゲームの構造を十分理解している参加者も少なくないことを示しています。そのような参加者であっても非協力行動を選ぶとは限らず、協力行動がやはり相当な確率で選ばれていました。あるいは100円程度の金額を利得に応じて支払うようにしても協力行動が見られましたので、現実の損得がないので適当に手を選んでいたわけでもないようです。

山岸先生らは、一回きりのPDで実験参加者が協力を選ぶのは、自分が協力を選ぶと相手も協力を選んでくれるような気がするからだ、という説明をしていたことがあります。繰り返しのPDならいざ知らず、1回きりのPDで自分の手が相手の手に影響を与えることはないのですが、そのような錯覚をすることによって協力行動を選ぶことを山岸先生らはコントロール幻想による協力と呼んでいました。

コントロール幻想の存在を支持する実験として、同時手番ではなく逐次手番(Aが手を選んでからBが手を選ぶ)でPDを行ったものがあげられます。こうするとAは協力行動をBは非協力行動を採るケースが多くなります。BがAの手を見てから自分の手を選ぶのではなく、BがAの手を見ないで紙に封じ手を記す場合でも同様の傾向が見られたといいますから、Aはコントロール幻想により協力を選び、手番があとのBはそういう幻想を持ちようがないので非協力を選んだという解釈ができるでしょう。

そういう心的メカニズムが存在しているのかもしれません。あるいは1回きりのPDを繰り返しPDのように感じて協力行動を採るというのであれば、1回きりのPDを繰り返しPDと混同してしっぺ返し類似の戦略を発動するということもあるでしょう。しっぺ返しでは初回は協力ですから、普段使い慣れているしっぺ返し類似戦略を使いまわすことで1回きりのPDでも協力を採るということはありえます。

逐次手番のPDでもAはしっぺ返しの初回の積もりで協力行動を採っていると考えることもできます。Bの方は終末効果(明らかにゲームがラストのときは非協力が採られやすい現象)で非協力を採ったと考えればつじつまがあうでしょう。このようにコントロール幻想、あるいは繰り返しPDの戦略の使いまわしによって1回切りのワンショットPDでも協力行動が採られるのかもしれません。

学生に1回きりのPDに参加してもらったときの感想の中には「裏切りたくなかった」「非協力をとるのはいや」といったものも見られました。これらはある種の価値観の存在を示しています。協力を善、裏切りを悪と考える価値観は比較的ポピュラーなものですから、こうした価値観にしたがって1回きりのPDでも参加者は協力を選択した可能性もあります。繰り返しPDと異なり1回きりのPDで協力を選ぶと損をする可能性も高いのですが、損得よりも善悪を優先する価値観が協力行動を選ばせたのかもしれません。

このようにコントロール幻想や戦略の使い回しや善悪を優先する価値観が協力行動の至近メカニズムらしいことがわかります。いずれのメカニズムがメインなのかは研究が必要ですが、いずれであっても1回切りのPDで協力を指示するメカニズムはそのメカニズムの持ち主に損失を与える可能性が少なからずあります。なぜ、持ち主に損失を与えるようなメカニズムが存在しているのかはさらに考察を要する問題であると考えられます。

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2011年8月 9日 (火)

【みんなのうた50年史】『勇気一つを友にして』 (1975年)

無事旅行から帰ってきたところで、50年史を再開しましょう。70年代の続きです。1975年10-11月の新曲は『勇気一つを友にして』『遠い世界に』『河』『リンリン』の4曲でした。このうち『勇気一つを友にして』は小学6年の音楽の教科書にも載ってますので今でも知っている人が多いことでしょう。

♪ 昔ギリシャのイカロスは
♪ ロウで固めた鳥の羽根
♪ 両手に持って飛びたった

ご存知イカロスの翼を題材とした作品ですね。クレタ島のミノス王に高い塔の上に幽閉されたイカロスと父ダイダロスが、ロウで固めた鳥の羽根を両手につけて脱出を試みます。

鳥の羽根を手につけたぐらいで飛べるのか、塔の上でかき集めた羽根やロウで十分なのか。半信半疑のままイカロスは高い塔の上から大空に飛び出ちました。勇気一つを友にして。

♪ 丘はグングン遠ざかり
♪ 下に広がる青い海

全曲の中で一番高揚感のある部分です。飛べることが分かるとこんな楽しいことはないですね。初めて見る空からの風景の数々にイカロスはワクワクしたことでしょう。

♪ 両手の羽根を羽ばたかせ
♪ 太陽めざし飛んでいく

イカロスの次の行動に多くの人が苦言を呈しています。事前にダイダロスはイカロスに太陽に近づきすぎると、ロウが溶けてしまって危険だと警告してました。父の警告に耳を貸さずに危険を犯す行為は勇気ではなく蛮勇だと。

しかし、ダイダロスも過去に空を飛んだことがあるわけではなく、太陽に近づくと危険だという警告に経験的な根拠はありません。もしイカロスが山に登ったことがあれば高度が上がるほど気温が下がることを知っていたことでしょう。気温が下がればロウも冷えるはず…

「父さんはああいうけど、本当は大丈夫なんじゃないか」

「いけるところまでいってみよう!」

太陽はアポロンの統べる神々の領域に属します。そういう未知の領域に足を踏み入れる千載一遇のチャンスが訪れたのです。イカロスは危険を承知で羽ばたきました。勇気一つを友にして。

♪ 赤く燃え立つ太陽に
♪ ロウで固めた鳥の羽根
♪ みるみる溶けて舞い散った…

しかし、イカロスの挑戦は悲劇に終わります。想定を越える太陽の熱線に、ロウで固めた翼はやはり溶け落ちてしまいました。上空高くで翼を失っては手の打ちようがありません。墜落したイカロスはあえなく命を失ってしまいます。

主人公が死ぬという衝撃的な結末はみんなのうた1300曲の中でも珍しいですね。お父さんやおじいさんは結構亡くなるのですが、若い主人公が死ぬのはこれ1曲かもしれません。毛利さんの描く白目の子供と合まってこの歌をトラウマソングにしている人も多いようですね。

♪ だけど僕らはイカロスの
♪ 鉄の勇気を受け継いで
♪ 明日へ向かい飛び立った

もとのギリシャ神話ではイカロスは忠告に従わなかった愚か者ということになっているようです。でも、作詞者の片岡輝(ひかる)さんはこの話をリスクの中に可能性を見出した物語として再構成しました。単にリスクを犯すだけなら蛮勇のそしりを免れませんが、上空ほど寒いことをイカロスが知っていれば冒険は根拠のある挑戦に変わります。危険があることに変わりはありませんが、リスクを取らなければ結果を出すこともできません。

もちろんやすやすと結果が出るほど世の中甘くないことを、イカロスの運命は示しています。それでもなおリスクを取って挑戦する勇気。リスクを恐れて立ち止まるどこかの国に、最も必要とされるものかもしれませんね。


『勇気一つを友にして』
作詞:片岡輝
作曲:越部信義
編曲:越部信義
うた:山田美也子、東京放送児童合唱団
映像:毛利厚
初回放送:1975年10-11月

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2011年8月 8日 (月)

米沢牛ステーキ

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米沢に来たからには米沢牛を食べなければなりません。最上川沿いにたつグルメプラザ金剛閣二階の黄木(こうき)というところで、焼肉ランチにステーキを少しつけてもらって頂きました。さすがに美味しいですね。

和牛の消費が減ってるようなので、ささやかながら内需に貢献できたかもしれません。

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西米沢駅

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米坂線西米沢駅です。墓所の近くなので寄ってみました。米坂線は本数が少ないので、降りて駅前を見る機会がなかなかないですからね。

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通学路線としては重要みたいで、駅前に学校名を書いた自転車置き場がつくられてました。駅構内では囲碁将棋の対局場がつくられて地域の交流の場にもなっているようです。

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米沢駅に戻ったとき、ちょうど米坂線の列車が止まっていたので写真を撮っておきました。

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上杉家墓所

さらに自転車で10分ほど走ると上杉家墓所です。

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見事な杉木立に囲まれています。さすがは上杉家ですね。昨日は32℃くらいあって暑かったのですがホッとします。

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左右に歴代藩主の廟が立ち並ぶなか、真ん中が初代謙信の廟になっていました。春日山、会津と移されたあとここに葬られたと、時々流れるスピーカーの声。ボランティアと思しき皆さんが廟の周辺を手入れされていて、今でも大事にされている雰囲気が伝わってきました。

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林泉寺

ついで林泉寺を訪ねました。上杉家の菩提寺で越後春日山にあったものをそっくりこちらに移したと、案内の方が言ってました。ここに直江兼続の墓があります。

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前日、新庄からの列車で乗り合わせた地元の高校の先生が「このころの墓には珍しく、夫婦の墓が同じ大きさなんですよ」とおっしゃっていた通り、仲良く並んでいました。「上杉家代々の墓は初代の謙信に遠慮して、奥さんは別に葬られている」のとは対照的な光景です。

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奥方ら一族の女性たちの墓もここ林泉寺にあるのですが、歴代藩主のお墓よりずっとつつましやかですね。戦国から江戸にかけての時期ですから、こちらの方が普通だったのでしょう。

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その高校の先生によると、他の墓には隠れて鉄砲を撃つための銃眼が開いているとのことでした。確かに墓石に不気味な穴が9個ずつ開けられています。 しかし、穴の中を覗き込んで見ると向こう側には穴が貫通していません。しかも中には小さな石像のようなものが鎮座しているのも見えました。どうも銃眼説は誤りのようです。ひょっとしたら中で火を灯して明かりが見えるための穴かも知れませんね。

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林泉寺の隣に旧米沢高等工業学校(現山形大学工学部)がありました。養蚕の伝統から人工繊維の研究や織機の研究に特色があったそうです。織機の縁で豊田佐吉氏と交流があり今も山形大学はトヨタと繋がりがあるといいますから、歴史のあやとは面白いものですね。これも高校の先生情報で見に行ったのですが、とても趣のある洋館で良かったです。

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2011年8月 7日 (日)

直江兼続の史跡

米沢の街は2009年の大河ドラマ「天地人」の余韻を色濃く残していました。

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ここに来たからには米沢牛を食べるとともに直江兼続の史跡を訪ねてみるのが筋でしょう。 まずは上杉神社です。ここは米沢城の城跡でもあります。

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上杉謙信像や上杉鷹山像に加えて、上杉景勝と直江兼続が並び立つ像が作られていました。2011年4月完成だそうですから、めちゃくちゃ新しいですね。

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奥羽本線の旅

6日は秋田から新庄、山形を経て米沢まで奥羽本線を18切符でひたすら南下しました。内陸を通る幹線の旅でローカル線という風情ではないですね。 秋田ー新庄間は横向きのロングシートでほぼ満席でしたし、新庄ー山形間は若干ボックス席があるもののやはり満席で山形に近づくにつれて満員となっていきました。その中で駅名は若干ローカル線ぽい風情を漂わせています。

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院内は銅山や銀山で有名です。及位も著名な難読駅名ですね(「のぞき」と読む)。真室川は国語の教科書に載っていた鷹匠の物語で知られています。

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車内で駅弁を食べる雰囲気ではなかったので新庄駅前のゆめりあという施設で、秋田駅で買ったハタハタ酢飯を頂きました。大きなハタハタが美味でした。

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竿燈まつりのあと

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竿燈まつりの翌朝のロイネット前の光景です。椅子は残っているのですが、あとは片付けられて幹線道路に戻ってました。竿燈大通りです。

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ここが、昨夜竿燈まつりがあった会場とは全く思えないですね!

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秋田竿燈まつり

午後7時前に秋田着。ちょうど竿燈まつりがスタートする時間です。はかったようなようなプランですが、たまたま秋田のロイネットにキャンセル空きができたための偶然の産物でした。

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竿燈まつりというのは具体的にどういうものか全く知りませんでした。でも来て見るとロイネットの前がまさにメイン会場。ホテルの窓から見えてめちゃくちゃラッキーでした。

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10数分の試技を場所を変えて3回繰り返すのが夜の部です。250余りの竿燈が一斉に立ち上がるのが壮観です。1回目は上から眺めて2回目からは下に降りて見ました。

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肩や額や腰で9段の竿燈を支えます。さらにそのまま扇やせんすを広げたり、ぶつかり合ったり。どっこいしょ、どっこいしょ…周りの掛け声も盛り上がって盛んに声援を送ります。稲穂を形どったものだけに写真のようにしなるのがいいみたいですね。

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中には倒れてしまうものもあって、大きな喚声が上がってました。テレビとかでは余り映りませんけどね。3夜連続ですごい熱気を体験できて大満足のみちのくの旅になりました。

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五能線の旅

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弘前のねぷたは宿が全くとれなくて残念ながら今回はパスとなりました。そのかわりリゾートしらかみで五能線の旅です。

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事前の予報では昼から曇りだったのですが、幸い青空が続いてくれました。晴れてくれると本当に綺麗です。

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リンゴフレンチ

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昼ごはんはシェ・モアという店でリンゴを使ったフレンチのランチセットを頂きました。すごく美味しくてボリュームもあって大満足です。

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弘前城

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弘前に戻って午前中はお城見物をしました。32度ぐらいまで上がって暑かったので、りんごシャーベットのアイスクリームを食べました。100円です。シャクシャクして美味しい!

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弘前城は築城400年とのこと。沢山の巨木が歴史を感じさせてくれるよいお城でした。枝垂れ桜のシーズンにまた来たいです。

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黒石ねぶた

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5日は朝から太鼓の音と掛け声で目が覚めました。黒石ねぶたの最終日で朝から巡行しているそうです。

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旅館の人がご祝儀あげて子供達が元気にお礼を言ってました。600年前から続く行事だそうです!

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五所川原の立佞武多

4日は五所川原の立佞武多を見てきました。黒石温泉からバスで送ってもらって1時間足らずです。18:10頃について跨線橋を渡って、街中に入ると道沿いにもう皆さん、場所をとってらっしゃいました。 とりあえず桟敷席の近くにいってウロウロ見物してると、吉幾三さんが歌ってらっしゃいました。オープニングセレモニーです。19:00に運行開始。勇壮な大太鼓を上下から打ち鳴らして行進していきます。そして角の向こうから巨大な立佞武多が…

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20m近い大きさでさすがに迫力ありますね。 口を開けて見上げるばかりの威容に圧倒されます。5人ほどで引いて5人ほどで押してました。動きは割とスムーズで力任せという感じではありません。動きに危なげは感じませんが、ルート近くに残った電線付近を通過するときは、ギリギリで大丈夫かなと一瞬思う距離を通過していきました。

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任天堂の立佞武多はゲームのキャラクターを形どったもの。神話の世界の造形に、皆さん盛んに携帯をむけて写真をとってました。本能寺の変や水滸伝をモチーフとした立佞武多も見応えがあります。そして、がんばろう東北の文字が…

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立佞武多の前後には太鼓と踊りてたち。ヤッテマーレ!ヤッテマーレ!の掛け声と共に踊り舞ってました。沿道の人たちと一体になれるお祭りはいいものですね。

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2011年8月 4日 (木)

ねぶたの熱気

昨日のねぶたは19:10スタートでした。コースに並んだねぶたが約2時間かけて一周すると大体終わりになります。県庁前の桟敷席前では陸上自衛隊のねぶたの勇壮な太鼓で幕があきました。

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次々に大きなねぶた小さなねぶた、すばしこいねぶたどっしりしたねぶたが次々通りすぎて行きます。そして子供や若者や男衆や女衆の跳人たち。

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ラッセラーラッセラーの掛け声にいつしか同化してこぶしを突き上げてラッセラーラッセラーと叫んでいました。ものすごい熱気とエネルギーでしたね!

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ラッセランド

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青森駅から少し東の海際にアスバムという展望施設があります。そこの裏手にラッセランドというねぶたの待機場があって、大型のねぶたたちがスタンバイしてました。

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6時ごろになると次々に出発して位置についていきます。すべてのねぶたが道路に勢ぞろいすると巡行のはじまりです。

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三内丸山遺跡

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新青森からバスで10分ほどのところに三内丸山遺跡があります。こんなに近いとは知らなかったので、予定外ですがよってみました。なかなか迫力のある遺跡ですね。

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外では可愛らしいキャラクターが写真撮影に応じてました。

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新青森駅

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新青森駅です。ガラス張りの綺麗な駅でした。ここから青森駅までは奥羽本線で10分ぐらいです。iPadを持った女性が立って、観光案内してました。

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2011年8月 3日 (水)

はやぶさ

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はやぶさ初乗車です。10:04発。これから東北の旅に出発します。

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2011年8月 2日 (火)

初対面の経験続き 観光地のモデル

初対面の相手との相互作用はゲーム理論的には、一回きりの囚人のジレンマゲーム(ワンショットPD)、一般交換、繰り返しのある囚人のジレンマゲーム(繰り返しPD)の1回目、の3種類に分類できることをみてきました。

このうち繰り返しPDの1回目のケース(今後長期間の付き合いが予想されるケース)が一番協力行動が行われやすいと考えられます。長期の利益が見込まれる状況でそれをいきなり棒に振るのはもったいない話ですから。ただし、このようなケースで協力的に振舞われても一般的信頼の向上にはあまり貢献しないかもしれません。

これに対しワンショットのPDゲームでの協力はずっと不安定です。キャッチセールスについていってよい結果を期待することは難しいでしょう。初めての店に入る場合はもう少し微妙で、お得意さんになってくれそうな場合には繰り返しPDの枠組みに従った対応が期待できます。しかし、観光地の土産物屋や朝市のような場合はどうでしょうか。

とある観光地の朝市で毛ガニを勧められて買ったことがありますが、値段の割りに味はいまいちだった経験があります。観光地の駅前の食堂も特においしくないことが多いです。他方、札幌の海鮮市場で食べた海鮮丼や仙台で食べた牛タンシチューのように当たりに出くわすこともあります。

観光地の土産物屋にリピーターになる人は多くはないでしょう。大半の人はその店には一度しかこないことを考えればワンショットのPDが日々土産物売り場では繰り広げられていることになります。ワンショットPDでは非協力の誘因が働きますから、観光地の土産物屋や食堂がしょぼくてもそれほど不思議ではありません。むしろ、一度しか行かない観光地の店で当たりに出くわす方が不思議といえます。

一つにはそのような店の経営者がしっかりした経営方針や善意に基づいて、良い品を提供しているということがあるでしょう。良い品を継続して提供していれば口コミによる評価が上がりますし、ガイドブックに掲載されるかもしれません。そうすれば一見さんが沢山きてくれるかもしれませんし、中にはリピーターになる人もできるでしょう。実際、札幌の海鮮市場はガイドブックを見て知りましたし、仙台の牛タン屋さんは食べログを見ていきました。

これはワンショットPDにおける評判の役割を示しています。良心的な経営をしていてもそれでお客が増えないのであれば(リピーターが少ない条件では良い品を出しても客が増えない可能性が高い)、コストがかさんで持続可能でなくなるかもしれません。評判による一見さんの集客効果があれば、良心的な店が持続可能になり、そのような店が増える可能性も出てきます。

もちろん口コミやガイドブックの記事は操作や演出することができますので100%信頼できるわけではありません。実際、毛ガニの店もガイドブックに載っていたのですがそんなにおいしくありませんでした。ガイドブックに載って客が来るようになると手を抜くようにある、あるいは質のよい品の仕入れが追いつかないなどの理由でおいしくなくなるケースもあるでしょう。評判システム自体の信頼性や情報の適切な更新の問題がそこにはあるわけですが、さしあたり信頼性の高い評判システムが存在していればワンショットPDにおいても協力的な戦略が存続しうるということがいえるでしょう。

こうした店のレベルの評判の他に、観光地としての評判や印象というものもありえます。しょぼい店ばかりが並ぶ観光地は魅力に欠け、工夫を凝らした土産物やコストパフォーマンスの良い料理を出す店が並ぶ観光地に客を奪われてしまうでしょう。このレベルの観光地間競争を考慮に入れると、良心的な経営をする店はコストを負担しながら周囲の店にプラスの影響を与えている存在とみなすことができるようになります。そのような店にフリーライドする店もありうるでしょうから、この状況はn人囚人のジレンマゲーム(nPDゲーム)としてモデル化するのが適切と考えられます。

nPDゲームではn人(n軒)からなる集団が複数存在し、集団内では良心的なプレーヤーがコストを負担する分、不利となる一方で、集団間の競争では良心的なプレーヤーが多い集団が有利となります。いわゆる集団選択の状況となるわけですが、集団間競争の存在が即、良心的なプレーヤーを持続可能にするとは限りません。集団内ではフリーライダーが有利ですから、良心的なプレーヤーは駆逐されてしまう可能性があります。ぱっとしない店が並ぶ観光地はこうして誕生するのかもしれません。

ここでもし商店街を束ねる商工会議所のような組織が存在して、町おこしや観光地の振興に努力すると状況が変わる可能性があります。そうした組織が良心的な経営をする店を表彰や支援を行い、努力しない店を説得したり圧力をかけたりすると、集団内でも良心的な店が有利になります。そのようにして良心的な店が増えると観光地自体の評判も高まり、観光客が集まるようになるかもしれません。

これはサンクション提供によるn人ジレンマ回避のモデルを観光地を事例として書き直したものですが、一般にnPD状況ではサンクション(C行動への褒美やD行動への罰則)の提供が可能な場合には協力行動がある程度維持されうることが知られています。もちろんサンクションにはコストがかかりますし、商工会議所の活動も時間が経つと担い手が不足して衰えてくると予測されますが、サンクションが機能する間は良心的な店が存続しうると考えられます。その間にこうした「成功事例」を他の観光地が模倣すれば、観光地の盛衰を伴いつつ成功事例が存続しつづけることもありえます。

この辺のダイナミクスはシミュレーションで再現できますし、パラメーターによって成功事例が存続しうることもすべてが失敗事例に落ち込むことがあることも判明しています。現実に存在する良心的な店の背後には、こうした割と壮大なメカニズムが存在している可能性も考えられます。

このようにワンショットPDが行われていると見える状況も実はn人ジレンマの状況で、サンクションによる集団選択の増幅作用が効いて協力的な戦略が存続している場合もあるのではないかと私は考えています。こうしたプロセスが一般的信頼の維持に貢献しているケースもあるのでしょう。論証なり実証なりは今後の課題ではありますけどね。

さて、明日からねぶたを見に行きますのでこの稿はしばらくお休みです。また帰ってきたら続きを書くことにしましょう。

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初対面の経験と一般的信頼

初期の教育と見知らぬ他者とのポジティブな交流とによって、一般的信頼が形成されると考えられることをみてきました。まあ、初期に形成された一般的信頼が見知らぬ他者と出会う機会がないまま維持されるという可能性もありますが、少なくとも見知らぬ他者にひどい目に会わされる経験を重ねると、一般的信頼は維持されにくいでしょう。したがって、見知らぬ他者と関わる機会があるとすれば、それが概ねポジティブなものであることが、一般的信頼形成の条件であるといえます。

見知らぬ他者と相互作用を持つ機会としてはどのようなものが考えられるでしょうか。街中で見知らぬ人に声をかけるケース、今まで入ったことのない店に入ってみるケース、新規の取引先に営業をかけるケースなどがあるかもしれません。就活を行う学生は日々初対面の人に出会っていることでしょう。婚活パーティに参加しても新しい人に出会えます。進学や入社をすると何十人、何百人という単位で初対面の人と出会うことになるでしょう。これらの場でどのような経験をするかが一般的信頼に影響を与えると考えられます。

もう少し詳しく考えて見ましょう。街中で見知らぬ人に声をかけるというのは、あまりメジャーではないケースですね。キャッチセールスか宗教の勧誘かナンパか何かと思われて警戒されるのがオチでしょう。キャッチセールスで高額な商品を言葉巧みに勧められて代金を支払っても、その商品は代金に見合う価値のある品物ではないかもしれません。ゲーム理論的には1回きりの囚人のジレンマゲーム(ワンショットPDゲーム)がプレーされる場合に相当します。

ワンショットPDではこちらが協力行動(C行動)を採って代金を支払ったとき、相手は質の良い商品を手渡す(C行動を採る)より、質の悪い商品を手渡したり代金だけ受け取って姿をくらませたりする(D行動を採る)方が利益が大きくなります。したがって、相手が自己利益の最大化を図っている場合にはD行動を採るでしょうし、こちらも関わりをもたないのが吉となります。そんなわけで路上のキャッチセールスは成功しにくいのですが、成功した場合の利益が大きいの繁華街などでみかけることもままあるのでしょう。こうした皆さんが一般的信頼の引き下げに貢献してくれます。

キャッチセールスとはまた違うケースとして、街中で見知らぬ人に道をきかれることもときどき経験します。逆に見知らぬ街で道を尋ねることもあるでしょう。最近では携帯やスマートフォンのGPSが現在位置や道順を教えてくれますので、道をきくことも少なくなりましたが、それでもきいてみると大抵の人が親切に道を教えてくれてありがたいです。一般的信頼を多少とも引き上げてくれる経験といえるでしょう。

立ち止まって道を教える行為には若干の手間隙というコストがかかりますので、ゲーム理論的には誰も教えてくれないことが予想されます。とはいえ、たいしたコストではありませんし、教えてもらった人は大いに助かります。自分も教えてもらう立場になるかもしれないのでお互い様だ、と考えて道を教える人も少ないないでしょう。直接の見返りはないとしてもいつかは自分も助けてもらう立場になるかもしれない。そう考えて援助行動を行う戦略が進化できるとするアイディアが<一般交換>の考え方です。AさんがBさんを助け、BさんがCさんを助け、Cさんが‥。そしてIさんがAさんを助ければ全員の利益が向上します。<情けは人のためならず>の心意気で見知らぬ他者を援助するとする考え方が一般交換です。

一般交換のアイディアによるシミュレーション研究は数多く行われていますが、普通に走らせると他人に助けてもらうけれども自分は他人を助けない戦略が侵入して一般交換は崩れてしまいます。そこで、そういうフリーライダーは助けない戦略を考えたり、助けなかった人を助けない人は助けることにしたり‥といった過去の行動の履歴によって援助するかしないかを決める戦略がいろいろ考案されています。過去、人を助けなかった人を助けなかった人は助けるが、人を助けなかった人を助けた人は助けないという戦略(ややこしいですね!)を考えると一般交換が維持されるという論文を読んだこともあります。

それはそれで興味深い研究ですが、見知らぬ人に道をきかれたときに、その人が過去に他人に道を教えたか教えなかったか、さらに道を教えた(教えなかった)相手が過去に人に道を教えたか、などといったことは知る由もありません。実際には困っている人がいたらとりあえず助けるというシンプルな戦略が流布しているようにも感じられます。その条件で援助にフリーライドする戦略が広まらないのはなぜかを考える方が現実的な研究になるかもしれません。

道端で声をかけるのではなく、知らない店に入ったり、新規の取引先を訪ねたり、新しい団体に加入する場合はどうでしょうか。特に入学や入社、転校や転職で新しい団体や組織に加入すると一度に沢山の初対面の人と出会うことになります。うまがあう人もいれば苦手な人もいるのでドキドキしてしまいますが、全員とそりが合わないケースはどちらかというと少なくて、何人かうまくやっていけるケースが多いのではないでしょうか。

決まった相手と継続して人間関係を持つことは、その相手と繰り返し囚人のジレンマゲーム(繰り返しPDゲーム)を行うことに相当します。好意に好意で報いるとお互いにプラスになります。好意に悪意で報いると一時的に大きく得をすることがあるかもしれませんが、関係が壊れてしまって長期的にはマイナスになるかもしれません。ワンショットのPDでは長期的な利益が存在しないのでC行動にもD行動で返されてしまいますが、繰り返しPDで長期的な利益が見込める場合にはC行動にC行動で報いる関係が続く可能性があります。

繰り返しPDゲームを行う状況ではしっぺ返し戦略(最初はCで相手がCなら自分もC、相手がDなら自分もDを返す戦略)やそれに類似した戦略(相手が何回かDをとれば自分もDを採るなど)が安定戦略になる場合があることが知られています。長期的な付き合いが予想される状況ではこうした戦略を無意識に採る人も少ないないでしょう。新しい団体や組織に加入する場合には、そのときは初対面であってもその後は長い付き合いになる可能性があります。こうしたケースではしっぺ返しに類似した戦略が発動して最初うまくいけば、その後ずっとうまくやっていけるケースが生じるものと考えられます。

新しい店を開拓したり新規の取引先を訪ねるケースでも、相手が長い付き合いになると感じたり、お馴染みさんになってほしいと思っている場合には好意的な対応をしてくれる可能性があります。もちろん、いつも好意的とは限りませんし、こちらに悪意があると認知されればけんもほろろな対応をされる可能性もありますが、さもなければ好意的に応対してもらえる可能性は結構あると考えられるでしょう。

団体への新規参加や取引先の新規開拓のケースが一般的信頼に与える影響は微妙です。好意的に応対してもらって一般的信頼が下がることはないと思いますが、長期的な付き合いがありうる相手が好意的に反応してくれても他者一般に対する信頼は高まらないかもしれません。とはいえ新規開拓に成功すると自信がついて一般的信頼が高まるような気もします。どうなるかいまいち予想は定まりませんが、一度しか会うことがないことが分かっているケースよりは効果が薄いだろうと予想することは出来そうです。

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2011年8月 1日 (月)

【みんなのうた50年史】『たなをつくりましょう』(1961年)

70年代の曲をしばらく紹介してきましたが、60年代が手薄になってさっぱり進んでいません。しばらく70年代の曲と60年代の曲を交互に取り上げてみようと思います。

1961年は10-11月の『へのへのもへじ』『おまつり』まで紹介しましたので次は12-1月の未紹介曲『たなをつくりましょう』です。幸い楽譜(水星社第1集)もレコード(キングレコード みんなのうた2)も手に入りました。

♪ 台所の窓ぎわに
♪ も一つ棚をつくりましょう
♪ ねえ、お母さん

日曜大工で新しく棚をつくることになりました。台所の窓ぎわにトンカチと棚をつくるなんて、最近ではとんと見ない情景ですね。

♪ たな、たな、たなね
♪ まあ素敵

お母さんの返事かと思ったら、違ってました。棚をつくるときいて、そこらの隅からぞろぞろ出てきたのは…

♪ らっきょうのびん、塩のびん
♪ しょうゆのびん、びん、びん、びん

湿っぽくて薄暗い台所の隅にしまいこまれていたびんたちでした。二番では油の缶、お茶の缶、せんべいの缶もでてきます。明るく見晴らしのよい窓ぎわの棚に並べてもらいたいのでしょうね。うきうきしながら順番を待っている姿が、なかなかユーモラスです。

作詞はまどみちおさん。『ぞうさん』や『やぎさんゆうびん』(白ヤギさんからお手紙ついた…です)で知られています。みんなのうたは『たなをつくりましょう』一曲のようですが独特のユーモアはこの曲でも発揮されていますね。

作曲は磯部俶(いそべとし)さんでみんなのうたでは『はるかな友へ』が紹介されています。いそべさんは主に男声合唱の作曲でご活躍なのですが『たなをつくりましょう』は女声三部合唱。ヴォーチェ・アンジェリカの6人の皆さんがびんや缶に扮して楽しそうに歌ってらっしゃいました。

らっきょうのびんやしょうゆのびん、海苔の缶など今ではあまり見かけなくなりましたね。昭和30年代の日常生活を今に伝えるとともに、顔のススを払って嬉しそうにしているびんや缶たちの姿に高度成長の気配も感じられる作品です。


『たなをつくりましょう』
作詞:まどみちを
作曲:磯部俶  
うた:中原美紗緒、ヴォーチェ・アンジェリカ
動画:久里洋二
初回放送:1961年12- 1月

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