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2011年8月11日 (木)

1回きりのPDにおける協力

1回だけ行われる囚人のジレンマゲーム(ワンショットPD)における協力的な振る舞いが、狭義の一般的信頼(世間の人が基本的に善意を持つと期待すること)の形成因の一つであることをみてきました。

初対面の相手でも、今後の付き合いが予想されるときには繰り返し囚人のジレンマゲーム(繰り返しPD)のしっぺ返し類似の戦略が発動して協力的に振る舞いやすいことが期待されます。一方、観光地の土産物屋のように一見さん相手の場合には、質の悪い製品やサービスの提供がなされやすくなると予想されます。

今回の旅行のように大規模な祭りを見に行く場合も、一見の観光客が大挙して押し寄せますし、年に一度の稼ぎ時になりますのでボラれたり、サービスに手抜きがなされたりする恐れがあります。まあ、ある程度はしょうがないかなと思って行くわけですが、実際には美味しい食事や丁寧なサービスの提供を受けることができました。

これはガイドブックやネットにおける評判の効果と観光地間競争という集団選択の効果が作用している可能性を前回の記事では考察しました。ただ、こうした評判の効果や集団選択の効果が作用していない場合でも協力行動が採られる場合があります。たとえば実験室でランダムにペアを作ってワンショットPDを行っても半数前後の人が協力行動を採ります。授業でどんどん相手を変えて囚人のジレンマゲームを行うように指示しても4~5割程度は協力行動が採られます。評判も集団選択もない条件で協力行動が採られるのはなぜなのでしょうか。

まず、実験参加者がゲームのルールや利得構造をよく分かっていないという可能性が考えられます。授業でPDを行った場合には「よく分からなかった」という感想が必ず何通かは見られますし、お金などの実際の利得に反映もさせませんので、参加者は分からないまま適当に手を選んでいるのかもしれません。

一方で、戦略は指1本や指2本のようにニュートラルな表現にしてあっても「協力的な人が多くてよかった」「裏切られてマイナスになってしまった」のように「協力」や「裏切り」といった用語を使って感想を記す人も少なからずいました。これはゲームの構造を十分理解している参加者も少なくないことを示しています。そのような参加者であっても非協力行動を選ぶとは限らず、協力行動がやはり相当な確率で選ばれていました。あるいは100円程度の金額を利得に応じて支払うようにしても協力行動が見られましたので、現実の損得がないので適当に手を選んでいたわけでもないようです。

山岸先生らは、一回きりのPDで実験参加者が協力を選ぶのは、自分が協力を選ぶと相手も協力を選んでくれるような気がするからだ、という説明をしていたことがあります。繰り返しのPDならいざ知らず、1回きりのPDで自分の手が相手の手に影響を与えることはないのですが、そのような錯覚をすることによって協力行動を選ぶことを山岸先生らはコントロール幻想による協力と呼んでいました。

コントロール幻想の存在を支持する実験として、同時手番ではなく逐次手番(Aが手を選んでからBが手を選ぶ)でPDを行ったものがあげられます。こうするとAは協力行動をBは非協力行動を採るケースが多くなります。BがAの手を見てから自分の手を選ぶのではなく、BがAの手を見ないで紙に封じ手を記す場合でも同様の傾向が見られたといいますから、Aはコントロール幻想により協力を選び、手番があとのBはそういう幻想を持ちようがないので非協力を選んだという解釈ができるでしょう。

そういう心的メカニズムが存在しているのかもしれません。あるいは1回きりのPDを繰り返しPDのように感じて協力行動を採るというのであれば、1回きりのPDを繰り返しPDと混同してしっぺ返し類似の戦略を発動するということもあるでしょう。しっぺ返しでは初回は協力ですから、普段使い慣れているしっぺ返し類似戦略を使いまわすことで1回きりのPDでも協力を採るということはありえます。

逐次手番のPDでもAはしっぺ返しの初回の積もりで協力行動を採っていると考えることもできます。Bの方は終末効果(明らかにゲームがラストのときは非協力が採られやすい現象)で非協力を採ったと考えればつじつまがあうでしょう。このようにコントロール幻想、あるいは繰り返しPDの戦略の使いまわしによって1回切りのワンショットPDでも協力行動が採られるのかもしれません。

学生に1回きりのPDに参加してもらったときの感想の中には「裏切りたくなかった」「非協力をとるのはいや」といったものも見られました。これらはある種の価値観の存在を示しています。協力を善、裏切りを悪と考える価値観は比較的ポピュラーなものですから、こうした価値観にしたがって1回きりのPDでも参加者は協力を選択した可能性もあります。繰り返しPDと異なり1回きりのPDで協力を選ぶと損をする可能性も高いのですが、損得よりも善悪を優先する価値観が協力行動を選ばせたのかもしれません。

このようにコントロール幻想や戦略の使い回しや善悪を優先する価値観が協力行動の至近メカニズムらしいことがわかります。いずれのメカニズムがメインなのかは研究が必要ですが、いずれであっても1回切りのPDで協力を指示するメカニズムはそのメカニズムの持ち主に損失を与える可能性が少なからずあります。なぜ、持ち主に損失を与えるようなメカニズムが存在しているのかはさらに考察を要する問題であると考えられます。

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