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2011年9月 3日 (土)

【みんなのうた50年史】 『もしぼくが』(1962年)

1962年4、5月のうたで未紹介なのは『もしぼくが』と『ピノキオの歌』の二曲です。『もしぼくが』は水星社のテキストに楽譜が載っているものの、レコードなどには未収録で音源は残っていないようですね。

♪ もしぼくが 神様みたい
♪ もしぼくが のっぽだったら

谷川俊太郎さんと服部公一さんという豪華コンビが作詞、作曲する〈みんなのうた〉オリジナル曲です。オリジナル曲がまだまだ少なかった時代ですので、相当気合いを入れてつくってらしたことでしょう。

軽快な伴奏に合わせて歌うのは旗照夫さんです。ムード歌謡の大家ですが、当時は〈おかあさんといっしょ〉に出てらっしゃいましたので、不自然ではありません。もしぼくが神様みたいだったら…。子供らしい空想が展開していきます。

♪ 一二の三で 走り高跳び
♪ 隣りの火星へ 行ってみる

なんとエイヤッと火星へ高跳びしちゃうんですね。さらに火星にいっぱい草を植えて緑の星に改造するというのですから、気宇壮大です。そこに沢山牛を連れていって…と空想はとどまるところをしりません。

♪ そいでさ そいでさ…
♪ ミルクの水道つくるのさ

美味しいミルクの水道をつくってうっとりというところでしょうか。まさしくミルキーウェイですね。中原収一さんのアニメーションが目に浮かびます。

二番では土星を地球の近くまで引き寄せて、チョコレートをかけてパフェにしてしまいました。太陽系を存分に改造してしまって、三番はどうなるのかと思ってたら…

♪ もしぼくが 神様みたい
♪ もしぼくが 偉くなくても

神様みたいに偉くなくても、ときました。フェイントですね。偉くなくても勉強して月までは行ってみせると宣言します。1961年にアポロ計画が始まってますので、その影響でしょうか。

月面に大きな鏡を設置して、地球の姿がいつも映るようにします。そして…

♪ 怒った顔はやめるのさ

しっかり勉強して世界平和を達成しちゃうという結末なのでした。あまりの急展開に唖然としてしまいますが1962年は9月にキューバ危機が起きて冷戦が最高潮に達した年です。子供らしい空想をうたいつつ、最後にお月様がみてるからケンカはやめようぜというメッセージをいれてくるあたりは、さすがに谷川俊太郎さんですね!

『もしぼくが』
作詞:谷川俊太郎
作曲:服部公一  
うた:旗照夫
動画:中原収一
初回放送:1962年4-5月

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コメント

この「もしぼくが」が、今度6~7月にラジオで再放送されます。

1・2番はファンタジー風ですが、3番はいかにも世相反映した歌です。

今回は古い曲が少なく、この他は「ひざっこぞうマーチ」や、エレファントカシマシの宮本浩次が幼少時に歌った「はじめての僕デス」程度。エレカシは新曲でも登場してるので、新旧宮本が聞けるくらいです。

投稿: マーチャン3 | 2017年5月19日 (金) 11時53分

『もしぼくが』を再放送するんですね。それは楽しみです。HPの検索画面では「音声を発掘」になっているのに、この曲自体の情報は「音声を探しています」になってたので、どうなっているのか気になっていました。物騒なことの多い現代にもぴったりの曲かもしれませんね。

投稿: くじょう | 2017年5月20日 (土) 13時09分

「ひざっこぞうマーチ」(題名表記は「ひざっこぞマーチ」とも)は何より楽しみにしています。あれこそ「われらが時代の讃歌」でして、何せ「ボインボイン」なんですから(笑)。1968年を席巻したキーワードですね。何の外連味もないひたすら元気の出る歌で、キング版LP第5集収録の、同じ西六郷のものは何回再生したかわかりません。あのヴァージョンがオリジナルかどうか、長年気になっていましたが、今回ではっきり確かめることができそうです。

投稿: KPO | 2017年6月 1日 (木) 12時27分

「ひざっこぞうマーチ」聴きました。ほんとに元気な曲ですね。石ころ道で転んで膝から血を流すなんて、想像しただけで痛そうですが、それを「ボイン!ボイン!」と歌い飛ばして立ち上がる。昔の子供は忍耐強いというか、やっぱり元気だったんですね。石ころだらけの砂利道もすっかり見なくなりました。「ボイン!ボイン!」や「ビュン!ビュン!」は楽譜には載って無いんですね。西六郷のアドリブだったと思われますが、大ウケしながら歌ってたんじゃないでしょうか。

投稿: くじょう | 2017年6月10日 (土) 17時24分

やっと今回、レコード版が完全なリメイクということが確認できました。オリジナル版の方がオーケストレーションのアレンジが派手ですね。どちらかというと個人的にはレコード版のアレンジの方が好みですが、それでもまた一つ、懐かしい曲のオリジナル音源を入手することができ、嬉しいかぎりです。68年度は特に、創作曲としてレベルの高いものが多いので、今後の再放送に淡い期待を寄せるものです。

投稿: KPO | 2017年6月11日 (日) 08時38分

そうですね、他の曲の場合もだいたい共通しますが、オリジナル版の方が気合が入っているといいますか、手間暇かけてつくっている印象がありますね。そういう意味でやはりオリジナルの発掘はありがたいです。中にはレコード版の方が時間の制約がない分、充実した作りになっている場合もあって、その辺の聞き比べも楽しいです。

投稿: くじょう | 2017年6月14日 (水) 08時20分

「みんなのうた」の場合、レコード版にする際に、編曲だけでなく、作曲者が音符そのものをいじって直す場合もあったようですね。これもご指摘の聴き比べの妙なのですが、例えば、一昨年だったかに再放送した「夏休み日記」(68年8月)の場合、オリジナルでは第一節の終わりの「ちょっと 眠そうな 顔してた」の「顔してた」の部分が「レ↑ソ↓ミ↓レ↓ド」と歌われたのに対し、キングレコード版では「レ↑ミ↓レ↑ミ↓ド」と変わっていました。水星社版第8集収録の楽譜の音符もそうなっています。

この第8集は、かなり後の70年12月が第一刷発行ですから、当然作曲者の小川寛興氏の意を呈して最終稿として載せたのでしょう。私も個人的には後者の方がしっとりとした抒情が増して結構だと思いますが、作曲者としては例え一小節分だけでも、すでに放送された楽譜を直すのはかなり決断を要したでしょうね。こうした例は、探せばまだあると思いますが。

投稿: KPO | 2017年6月21日 (水) 19時12分

楽譜を見て歌と違うなあと思うことはままありますので、歌手の方がうたう時点でアレンジしているケースは多々あると思いますが、うたったあと楽譜を変えるケースは珍しいかもしれませんね。小説だと「山椒魚」のラストが後に著者によってばっさり削られた例とか聞きますので、作者の方はいつまでも作品を推敲されているのかもしれません。

投稿: くじょう | 2017年7月19日 (水) 12時03分

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