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2012年3月 5日 (月)

【源平合戦の虚像を剥ぐ】第3章 源平の「総力戦」

1章、2章では合戦の現場の検証が行われました。3章、4章では柵や堀といった軍事施設や、兵糧や軍勢の挑発といった後方の事情をみていきます。

2章では特に騎射戦の実態を見てきました。馬に乗って射る弓の射程距離は存外短く、馬を巧みに操る技術が勝敗の鍵を握っていました。この騎馬の動きを妨げる施設が柵や堀や逆茂木(さかもぎ。棘のある木を並べて作った障害)といった構築物でした。

当時の馬は大きなものではなく、道を数m掘った程度の空堀でも十分足止めすることができたようです。こうした堀や逆茂木で騎馬隊を足止めしておいて、歩兵が一斉に矢を射かけたり高台から石を落としたりしたようですね。楠木正成みたいな戦法が源平合戦の頃から行われていたようです。これは、軍勢の挑発の規模が大きくなるにつれ、騎馬より歩兵の割合が大きくなることで自然に工夫されてきたのでしょう。

これらの施設を築いたり、あるいは敵の障害物を撤去するには今でいう工兵隊が必要です。当時は山間部で作業する杣工(そまく。きこりのこと)が動員されたようです。平家が北陸遠征に際して興福寺領の山林で寺社の造営や修理に従事する杣工を大勢動員したことが記録に残っています。


さらに堀をほったり、敵方の堀を埋めたりする人夫としては一般の農民も動員されたようです。盾を持ったり、逆茂木を撤去したりということもこうした人夫の務めだったようで、鎧を着てない人夫が盾を持ってる様子が当時の絵巻に描かれています。

こうした工兵隊や人夫の徴発を含めた総力戦が源平合戦の実態だったようですね。

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