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2012年12月31日 (月)

【リクエスト曲】 『カルチェラタンの空』(1986年)

今年の10月からはじまったみんなのうたリクエストの時間(土曜日 20:55-2100 Eテレ)で1986年初回放送の『カルチェラタンの空』をやってました。26年ぶりの初の再放送です。

  ♪ 1枚の葉書が舞い込みました
  ♪  同窓会の知らせだと
  ♪  癖のある書き方
  ♪  あなたなのですね


1986年といえば修士課程の2年生のときになります。修士2年の秋というのは人生の中でも有数の忙しさの時期で、この作品もテレビでは1回しか見なかったと記憶しています。スチール写真だったことは覚えていますが、内容は今回見るまですっかり忘れていました。

カルチェラタンと言えばパリの学生街です。当時はフランスの留学時代を懐かしむ歌かと思っていましたが、映像をみると全然違いますね。駿河台近辺の神田カルチェラタンというわけでもなくて、学生時代を象徴的に「カルチェラタン」と表現しているのでしょう。

学生時代に付き合っていた彼氏からの手紙。同窓会の案内とはいえ心が揺れます。自転車を並べて走った公園通り。枯葉舞う学生街。♪公園通り~ からの転調で心は過去へとタイムスリップしていきます。

とはいえM2(マスター=修士2年)のころって全然懐かしくないんですよね。全国を巡って植物採集したのは面白かったのですが、10月~11月の時期はひたすら時間に追われながら標本の測定と染色体の観察と電顕写真の撮影に明け暮れていた時期でした。これも多少の余裕があるなかだったら面白かったろうと思いますが2月までに修論をまとめるという時間制約の中で48時間に1回寝るような状況だったので、四半世紀たっても良い思い出とはいえません。

  ♪ カルチェラタンの空はもう
  ♪ 遠くなりました


ここのサビの盛り上がりは好きですね。ミファ#ソ#シーララーと旋律短音階を駆け上がる物悲しくもドラマチックなメロディが、過ぎ去りし学生時代への追憶と挽歌を奏でます。当時のしんどかった記憶も遠くなりました。四半世紀たってこのメロディを聴くと、良い思い出ではないものの、よく頑張ったなあという思いが浮かんできます。きっとそれでいいのでしょう。それぞれにとってのカルチェラタンの空。今に至る出発点を振り返りつつ、今年を終わることにしましょう。みなさま、よいお年をお迎えください。


『カルチェラタンの空』
作詞:内藤綾子
作曲:都倉俊一
うた:狩人
編曲:都倉俊一
映像:森田貢造
初回放送:1986年10月

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うどん博物館

今年の12月に祇園にできたばかりのうどん博物館に行って見ました。京都祇園郵便局の向かいぐらいになります。

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入り口が小さいのでちょっとわかりにくいです。今日は昼ごろにいったん売り切れたとかで17時まで休業になってました。しかたないので八坂さんにちょっとお参りにいってきました。

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午前0時が近づくとおけら参りの人で大変な混雑になるのですが、この時間帯はまだ閑散としていてゆっくりお参りできました。

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5時に再びうどん博物館へ。ここは全国のうどんが一同に会していろいろ食べられるのが売りなのですけども、今日は大晦日で大変なので「年越しうどん」のみのご提供ということでした。一種類しかないのでは全然博物館ではありません。大変残念です。40数種類は無理でも、せめて何種類かあればいったカイがあったのですけどね。とりあえず、年越しうどんを頂いて帰ってきました。ダシが効いていて美味しかったのが不幸中の幸いでしたけどね。開業したばかりで店内がバタバタした感じがしていました。

とはいえ、皆さんに口々に「よいお年を」といって頂いたのは悪い気はしませんね。また、機会があればいってみたいと思います。

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2012年12月30日 (日)

【今月のうた】 『しりとりマンボ』(2012年)

熊倉さんが久しぶりに歌ってらっしゃいますね。「みんなのうた」では『6ちゃんがねころんで』(1978年)や『わたしは「とうふ」です』(1977年)以来なので34年ぶりの登場となります。この二曲は発掘スペシャルで聴けて懐かしい思いをしました。声も若々しいと思っていたのですが、当時でもアラフィフでいらしたのですね。今回、元気な歌声が聴けたのは本当にありがたいことです。

♪ ただいマンボ ただいマンボ
♪ おかえリンゴ おかえリンゴ

『しりとりマンボ』ですが、出だしはしりとりではありません。森トンカツ~ 泉ニンニク~♪ に似た言葉遊びで始まります。なるほど、しりとりじゃないんだと思って聴いていると

♪ 「ん」で終わっちゃ 負けなのよ

と、ルールの説明があってしりとりミュージックが始まりました。この部分を聴いてハッとしたのですが、ひょっとして最近の子供は「しりとり」というものをしらないんじゃないでしょうかね。昔は空き時間によくしりとりをしてたものですが、今はひたすら携帯ゲームしてる子供が多いですから、しりとりする機会は少なそうです。

♪ がんばろーそく 雲く~も
♪ ももも もぐら ららら らっきょ

がんばろーから入る所は復興モードでしょうか。しりとりというと、しりとり、りんご、ゴリラ、らっきょが定番な所を工夫してますね。

ところでしりとりをテーマにした「みんなのうた」というのはどうも記憶にありません。るんるんさんにもきいて見ましたが、記憶にないとおっしゃってました。二人とも記憶にないということは、みんなのうた51年目にして初めてのしりとりソングの可能性が高いようです。

いろはとか五十音とか星座とか干支とかの歌はあるんですけどね。しりとりの歌は自由度が高すぎるのでかえってつくりづらいのかもしれません。しりとりが珍しくなって初めてしりとりソングが可能になったということでしょうか。

♪ ねこ こたつ つつ ツイッター
♪ たんたんたまご ゴゴゴ ゴールイン!

ツイッターもみんなのうた初登場ですね。50年後には説明の必要な用語になっているでしょうか。ラストはゴールインで綺麗に決まりました。熊倉さんらしい楽しい作品です。

『しりとりマンボ』
作詞:P.Diamond
作曲:三浦一年
うた:熊倉一雄&はっぴーらいふ
編曲:三浦一年
動画:堀口忠彦
初回放送:2012年12月

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2012年12月27日 (木)

奥鬼怒の旅

24、25日と奥鬼怒の温泉にいってきました。鬼怒あ川温泉駅あたりでは、全然雪がなくて快晴だったのですが、川治温泉から山の方に入った五十里ダムあたりからちらほら雪が見え始め、瀬戸合峡を過ぎて川俣ダムあたりまでくるとすっかり雪景色でした。

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女夫渕からさらに奥に入った加仁湯までいったのですが、20cmぐらいの新雪が積もっていて、雪見風呂を楽しむことができました。小さなゆきだるまのお出迎えが可愛かったです。

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帰りはまたまた快晴で利根川を渡る頃には綺麗な夕日をみることができました。短い距離の中で全然、気候が違うのが実感できますね。

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2012年12月24日 (月)

平清盛 最終回

最終回ながら大きな合戦シーンもなく、全編エピローグみたいなつくりでしたね。西行に清盛が乗り移って頼朝の前に姿を現す…という演出をするために西行が描かれていたとようやく気がつきました。

後白河院は登場したものの兼実公の出番は結局なし。還都のくだりと南都焼き討ちのときのアップが最初で最後の見せ場でしたね。鎌倉方公卿の筆頭は「武士の世」を陰で支える役回りなのですが、地味といえば地味でドラマにはなり難いということでしょう。

壇ノ浦ではフグが美味しかったのが良い思い出です。赤間神宮も前を通りました。時間がなくてよれなかったので今度いくときはお参りしたいものです。

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2012年12月23日 (日)

一仕事終わり

夏の学会でおこなったゲーム理論セミナーの内容をまとめた原稿ができあがりました。今年頼まれた仕事があらかた片付いたようです。一安心ですが、頼まれ仕事で一年終わってしまうのもちょっと考え物ではありますね。

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2012年12月22日 (土)

[メモ] 効用の測定

経済学の分野では効用の測定はできないというのが定説になっているようですが、この場合の「できない」というのは、どの程度できないのでしょうね。100%全くできないのか、100%完全に計ることはできないが場合によってはある程度可能なのか。

理論という点ではどんな場合でも100%完全にできないと「できる」とはいえないでしょうけど、実用的にはある程度計れればよいという場合もあるでしょう。どの程度ならできるのか、確認しておきたいところです。

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2012年12月20日 (木)

平清盛 「双六が終わるとき」

最終回かと思っていたら違っていました。最近大河ドラマをみてないので勘がつかめていません。以前は、12月中旬に終わってあとは総集編をやっていたような気がするのですが…

今回は後白河院が主役で兼実公の出番はなしでした。今回が最終回でなくて何よりです。清盛と双六をして負ける後白河院。これで双六は終わりにして欲しいと清盛にいわれ、「さようか、もうさようなところまで辿り着いておったか」。

実際の後白河院はまだまだ意気軒昂で、頼朝も兼実公も手を焼いて「御万歳」を待つしかなかったりするわけですが、清盛との勝負はここらで打ち止めということなのでしょう。やたら回想シーンが多いのが他のブログをみると大変不評なようですけど、途中を全然見てないなんちゃって視聴者にとっては「こんなことがあったのね」というのがよくわかって大変ありがたいつくりだったりしています。

そんなわけで、来週が本当の最終回。どのあたりまで描かれて終わるのでしょうか。

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2012年12月17日 (月)

絶対得票数の推移

自民党の圧勝で衆議院総選挙が幕を閉じました。前回からどの程度復調したのかみようと思って、比例での絶対得票数を調べてみたところ、意外なことに自民党の得票数は減っているのですね。

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03年の2000万票から05年郵政選挙で2600万票に伸ばしたあと、09年1900万票、12年1700万票と二回続けて減っていることが分りました。惨敗した前回から200万票が減ったのに圧勝するという不思議な選挙だったわけです。

それはもちろん民主党が得票を減らしているからですが、こちらは半端なく減っています。09年の3000万票から今回は1000万票ですから、一気に3分の1に激減しました。03年が2200万票、大負けした05年でも2100万票だったので、このときの基礎票からも半減しています。民主党の支持基盤は崩壊したといっていいでしょう。

ここで減った2000万票の行き先が自民党ではないことは自民党も減っていることからわかります。主な受け皿は維新で一挙に1200万票を今回獲得しています。もっとも、直接民主から維新に流れた分は500~600万票くらいで、あとは民主から自民に200~300万票流れると同時に自民から維新に300~400万票ぐらい流れているようです。石原・橋本の二頭体制は両方からの流入を生む効果があったようですね。

あとみんなの党が200万票ほど伸ばしてますので、こちらも受け皿になったのでしょう。かれこれ1000万票が他党に流れる一方で、のこりの1000万人の方は今回は棄権されたようです。投票率が前回の69%から今回59%と10ポイント分下がっていまして、ちょうど1000万人分の棄権の増加に対応しています。この1000万人分の棄権票が今回の政変の影の主役といえそうです。

このように今回の自民党の圧勝は、自民党が復調したからというより、民主党の従来の支持基盤の半数が棄権し、前回増えた分が他に流れたからだということが得票数の推移から推測できました。この棄権票の行方が、今後を左右する可能性がありますが、今回の投票率は96年、03年と同水準で05年、09年が例外的に高かったことを考えると、1000万票はもう投票所には帰ってこない気もします。異質な票を集めた維新がまとまりを維持できるかにもかかっていますが、長期低落傾向の自民党の政権が案外続くのではないかというという気がしますね。

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2012年12月16日 (日)

今日の多摩川

今日は季節はずれに暖かな晴天で、久々に多摩川あるきしてきました。

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河原は一面オギの穂が風に揺れていました。ヨシだとずっと思っていたのですが「多摩川のオギ」と郷土の森公園の展示にありましたので、多分オギなのでしょう。

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多摩川の本流から離れた河原のところどころに湧水があります。河原の石で濾された水が湧き出していて、本流よりずっと綺麗な水です。小さい魚も沢山泳いでいて、本流で暮らすの難しいサイズの魚たちの避難所かゆりかごになっているようでした。

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少し下流にくだると湧水が大きな水面になっていました。流れのほとんどないみなもに夕日と木立が影を落とす風景はちょっと東京離れしてますね。

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2012年12月14日 (金)

ふたご座流星群

ふたご座流星群、屋上に寝転がって眺めてましたが、10分ほどの間に明るいのが5つ飛びました。まさしく五つ星ですね。満足です!

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2012年12月13日 (木)

平清盛 「幻の都」

「還都…するより他、ありますまい」

今回の兼実公は格好良かったですね。平安京を防衛するには還都するよりないと平氏に迫るシーン。南都焼き討ちに際し、聖武天皇の詔をひいて国は滅ぶと訴えるシーン。いずれも迫力満点でした。オープニングの配役紹介でも今回は単独クレジットでしたし…。こんな回があってよかったです。

このあと、頼朝と結んで幕府創建を朝廷側から支える役回りになるのですが、そこまでは描かれないはずです。来週の最終回、もう一度くらい見せ場があると嬉しいですね。

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2012年12月12日 (水)

西六郷鎌田記念合唱団演奏会 つづき

『川っぷち』の大合唱ですっかりフィナーレの気分になりましたが、まだ演奏会は半ばです。15分のインターミッションをはさんで第2部が始まりました。最初は<みんなで歌いましょう>というコーナーです。客席のみなさんと一緒に歌いましょうという趣向ですね。大学のころの合唱団でも「全員合唱」というステージがあって団員が客席に降りていってお客さんと一緒に歌ったものですが、こちらは緞帳の前に西六郷少年少女合唱団の面々が並んで、一緒に歌ってくれました。司会の進行に合わせて『赤鼻のトナカイ』『きよしこの夜』それに『ジングルベル』を合唱すると、すっかりクリスマス気分です。

第2部、次のステージは<ポピュラーを歌う>で『見上げてごらん夜の星を』や『涙くんさよなら』といったポピュラーナンバーが披露されました。司会の方がエピソードを交えながら一曲ずつ曲を紹介されて、昭和の歌謡ショーといった趣も感じられます。東北からはるばる聴きに来られたるんるんさんも紹介されてびっくりです。すっかり有名人になられました。

『涙くんさよなら』(1965年)は久しぶりに聴きましたが、この曲がみんなのうたの『さびしがりやさんこんにちは』(1978年)の元になってるような気がしました。『涙くん』ではこの世は悲しいことだらけだけど、素晴らしい恋をしたのでしばらく君(涙くん)と逢わずに暮らせるだろうと歌われます。『さびしがりやさん』では、僕たちふたり恋をしたのでさびしがりやさんに涙をゆずってあげました。クニ河内さんが浜口庫之助さんの歌詞を翻案されたのかなと思います。

『ひょっこりひょうたん島』『空よ』そして『太陽がくれた季節』。ホリゾントの背景照明も鮮やかに多彩なポピュラー音楽を楽しませてもらいました。歌ってる皆さんもリラックスして楽しそうでしたね。こんなステージもいいものです。

最後のステージは<クラス合唱曲を歌う>です。『君をのせて』『翼をください』といった定番のクラス合唱曲の数々が歌われました。みなさん、小学校、中学校の頃に帰られたつもりで歌ってらしたのかもしれません。合唱曲は歌詞が聞き取りにくいことがままあるものですが、西鎌のみなさんはスタッカート気味にしっかり言葉を発音されますので、メリハリの利いた演奏を楽しめました。

2曲目の『未来へと』はいい曲でしたね。初めて聴いたのですが、弾むようなピアノ伴奏に乗せて未来への歩みを刻む素敵な作品でした。爽やかなテノール、よく響くバス、伸びのあるソプラノ、深みのあるアルトが少年少女合唱団の雰囲気を残しつつ、大人の視点から子供たちに受け継がれる時の流れを表していてよかったです。るんるんさんも気に入ったとおっしゃってました。

最後の曲は『この星に生まれて』。「生きもの地球紀行」のエンディングテーマでした。Dreams come together 夢をすてないで 必ずかなうから…。ストレートな歌詞がかえって新鮮に感じます。アンコールの『瑠璃色の地球』も含めて、合唱曲の素晴らしさを堪能することができました。ありがとうございます。

演奏会後はるんるんさんともども打ち上げ会場にお邪魔して、一緒に楽しませていただきました。司会の方の進行がお上手ですね。西六郷の『ほたるこい』を生で聴かせていただいたり、練習風景を一部再現していただいたり。貴重なシーンを見せていただきました。そして皆さんと一緒に思い切り歌わせていただいて、本当に楽しいひと時でした。改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。そして、おつかれさまでした!

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2012年12月11日 (火)

西六郷鎌田記念合唱団 2012年演奏会

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5月に西六郷少年少女合唱団の定期演奏会を聴きに行った際、冬に西六郷鎌田記念合唱団の演奏会があることを教えていただきました。西六郷少年少女合唱団を長年指導されてきた鎌田先生が1999年にお亡くなりになったあと、西六郷のOBOGの皆さんが結成されたのが西六郷鎌田記念合唱団です。2年に1度ほど行われて演奏が12月9日(日)に開かれるということで昨日、東急多摩川線下丸子駅前の大田区民プラザまで出かけてきました。

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雲ひとつない冬晴れのコンサート日和です。みんなのうた仲間のるんるんさんとYUAさんと待ち合わせて、ホールの二階でランチを頂いたあといざ会場へ。鎌田先生の大きな写真が出迎えてくださりました。

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第1部の最初のステージは「ふるさとの四季を歌う」で『花』や『夏の思い出』『浜辺の歌』といったお馴染みの唱歌が披露されました。西鎌合唱団は総勢20名余りですが、さすがに長年うたってこられただけあって一人ひとりがしっかりした声量を持ってらっしゃいます。最後の『ふるさと』では指揮の田口先生自ら見事なソプラノで先導されたあと、山青き水清きふるさとを豊かに歌い上げられていました。いいですね。

第二ステージは西六郷少年少女合唱団の賛助出演です。『青い空』や『エーデルワイス』といった外国の曲を若々しく、元気よく歌ってくれました。やっぱり技術がしっかりしてますね。第1部の最後は西六と西鎌、それに西六郷OB、OGの合同演奏でフロアからも急遽何名かステージに上がられて…。いいですね、こういう光景。『線路は続くよどこまでも』と西六郷のテーマソング『ぼくらの町は川っぷち』の二曲が総勢70名ほどの力強い歌声で響き渡りました。

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2012年12月 5日 (水)

なぜオリンピックは4年に1度か

今日、オリンピックがなぜ4年に1度なのかを質問されたのでちょっと調べてみました。準備に時間がかかるからかと思ったら、1000年に渡って続けられた古代オリンピックが4年おきだったことに由来してるんですね。

古代ギリシャでは月の満ち欠けで暦を刻む太陰暦が使われていました。ところが太陰暦の一年は354日なので日付と季節感が1年に11日ずつ前倒しにずれていくことになります。

8年間で88日に及ぶずれを3回閏月をはさむことで調節する暦が古代ギリシャでは使われてました。これを8年3閏法といいます。ギリシャの暦は8年周期だったんですね。初期オリンピックはこれに従って8年おきに行われていたのですが、それでは間が空きすぎるので中間の年でも行うことにして4年おきの開催になったそうです。

太陰暦と太陽暦のずれが4年おきの由来であったというのは意外でしたね。ちなみに古代ギリシャでは紀元前432年に19年間に7回閏月をはさむ方式(メトン周期)に変更してますので、8年周期の暦ではなくなりました。でも、すでに定着したオリンピック周期はそのまま用いつづけられたのでした。途中の行事や準備の算段が4年周期になっていたので変更されなかったのでしょう。こうした経路依存性によって近代オリンピックも4年おきになっているといえそうです。

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