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2014年7月18日 (金)

【軍師官兵衛】第28回 「本能寺の変」

【軍師官兵衛】第28回 「本能寺の変」

いよいよ本能寺の変です。本能寺を囲んだ2万の明智勢に対し数十人の信長やお濃たちは最後まで奮戦しました。きびきびした立ち回りが小気味よかったですね。ただいかんせん多勢に無勢、本能寺に火をかけられ信長も最後を覚悟します。

人間50年、下天の内をくらぶれば
夢幻の如くなり…


「存分に生きた」実感とともに信長は48歳の生涯を閉じました(享年49歳)。すでに50年以上生きてきた身としては、夢幻の如くなりというのはいたく同意しますが、存分に生きたとは言い難いですねえ。まだまだやり残したことがあるというか、ほとんど何もなしえていないというのが実感でしょうか。60年になるまでには「存分に生きた」と言えるようになりたいものです。

信長死すの知らせは陰に陽に各地に伝達されていきました。安土城も本能寺の変の直後はまだ焼けてないんですよね。当たり前ですが。多少でも留守部隊がいれば焼けることもなかったのにと思うと残念です。堺に滞在中の家康は討ち死にを覚悟しますが家臣に諌められて三河を目指して脱出を図りました。明智勢には今のところ味方はいないので、街道を全部押さえるわけにはいかないでしょう。三十六計逃げるにしかず。おねさまも逃げたことですし、ここは逃亡が正解だと思います。

光秀側からすると、信長を討った時点で朝廷以外には味方がいない状況です。柴田も秀吉も丹羽も滝川も当面は遠くにいるとはいえ、やがては信長の仇をうちにとって返してくるでしょう。彼らのうちの誰かと手を組むのが一案となります。あるいは信長に敵対していた勢力と組んで、彼らを各個撃破していくのがもう一案となるでしょう。ただ毛利や長宗我部や北条と組むには時間がかかるので、柴田か丹羽あたりと組んで時間を稼ぎつつ、秀吉や滝川を屈服させていくのが現実的な策かもしれません。

織田の家臣、長谷川宗仁から本能寺の変の急報を受けた官兵衛もざっとそういう読みを行ったことでしょう。眼前の毛利が光秀と組む前に毛利と組まなければならない。かくて寝入り端の安国寺恵瓊を呼び出して交渉を開始します。「八カ国安堵でどうでしょう」。連合を組み替えるには思い切った譲歩が必要です。ただ譲歩しすぎは相手に足元を見られるかもしれません。安国寺恵瓊には明智側の接触を待って秀吉と両天秤にかける道もありますが、要求しすぎると秀吉と光秀が手を組む可能性がでてきてしまいます。恵瓊の決断はいかに…というところでまた来週となりました。

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