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2014年7月25日 (金)

【軍師官兵衛】第29回 「天下の秘策」

本能寺の変後の官兵衛と安国寺恵瓊、さらには小早川隆景との息詰まる折衝が繰り広げられます。情報戦、心理戦の側面もありますがゲーム理論的には3者連合の組み替えの際に現れるオーマン・マシュラー解を巡る駆け引きといってもよいでしょう。実際には本能寺の変の情報が届かないうちに官兵衛と小早川隆景の折衝が行われてますが、本能寺の変が既知であったとしても似たような結果になった可能性はありそうです。

ドラマでは官兵衛が安国寺恵瓊に本能寺の変の情報を明かした上で、これを両者の秘密とすることを示唆しています。毛利の本領8カ国安堵を条件として織田、毛利連合を提示するのはさすがに不自然だと官兵衛も考えたのでしょう。この条件を信長が認めることを恵瓊に納得させることはいかにもむつかしそうです。他方、秀吉・毛利連合の条件としては十分ありうると恵瓊なら理解してくれると官兵衛は期待したのだとこのくだりは解釈できます。

ポイントは毛利方としてもそれが相場だと恵瓊なら理解してくれるだろうという点にあります。信長を討った光秀と組む選択肢もこの時点で恵瓊には生じているのですが、その方が得かどうかは即断できません。光秀は10カ国安堵かさらなる領地の積み増しを提案してくるかもしれませんが、毛利が大きくなりすぎて反毛利連合など組まれるようになると、それはそれで厄介です。この手の「相場」を定式化したものがオーマン・マシュラー解なのですが、官兵衛は相場の分かる相手として安国寺恵瓊を指名したということなのでしょう。

ただ、さっきまで敵対していた同士が手を組むにはそれなりの儀式が必要で、それが高松城主・清水宗治の切腹ということになりそうです。小早川隆景にはこちらを強調した説得が行われました。信長の着陣以前に和議を結ばなければ機会が失われる…。即答を迫ることでじっくり考える時間を奪う思考妨害テクニックも使われています。隆景も何かあると思いつつ確認するまもなく承服したのかもしれません。

隆景に対しても本能寺の変を知らせつつ、毛利・秀吉連合の利を説く方法もあったと思います。ただそれだと8カ国安堵の利のために宗治を見捨てる責任を隆景におわせることになるため、それを避けたとも解釈できます。そういう言い方では隆景も承服し難かったでしょう。汚れ役を恵瓊に引き受けてもらって、隆景には5000人の城兵の命を救うためという名分をとってもらう。これが官兵衛の方針だったということになるでしょうか。

かくて清水宗治は水上で重厚に舞をまい自刃しました。気の毒ではありますが、豊臣政権下で毛利家が重きをなすことができたのも彼のおかげとも言えるでしょう。この直後、本能寺の変の知らせが隆景にも届きます。一瞬、裏切られた感を受けたことでしょうが、よく考えると本領8カ国安堵は信長なき今だからこそ実現性があることを隆景も悟ったことと思われます。毛利は天下を望まない。小早川隆景もまたオーマン・マシュラー解の相場を知る一人だったのです。

他方、明智光秀は安土城に入り朝廷の権威を背景に諸勢力の結集を目指します。安土城はすぐに炎上したんじゃなかったんですね。信長の席に座った光秀の心中は複雑だったことでしょう。朝廷の権威を受け入れる層は一定程度存在しますので光秀の策も妥当性があります。他の将が光秀につくなら自分もついておいた方が得策だと思う層もまた一定程度いるでしょうし、みんなが光秀につくならしょうがないつくしかなかろうという層も最後には従うでしょう。みんながつくから自分もつくというタイプの調整ゲームのナッシュ均衡をフォーカルポイントといいますが、光秀の作戦は朝廷の権威を用いて自らをフォーカルポイントに据えようとするものだったといえるでしょう。

光秀のフォーカルポイント策が功を奏するまでに、それをオーマン・マシュラー型連携で突き崩すことができるか。分刻みの攻防をたっぷり堪能できて見応えのある回でした!

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