【軍師官兵衛】第30回 「中国大返し」
毛利と和議を結んだ秀吉軍はひたすら東を目指します。姫路までを1日で駆け、1日休息。翌朝摂津に向けて出発しました。
朝廷の支持を受ける光秀や旧幕府の権威にすがる義昭に対し、毛利とのオーマン・マシュラー連合を背景に秀吉は実力と大量の書状でフォーカルポイント形成を目指します。権威を背景にしたフォーカルポイントも「みんなが従うようなので従う」という構造を持ち侮れないのですが、ここは「あれだけの力があればみんな従うだろうから従う」という実力と宣伝力を兼ね備えたフォーカルポイントに軍配があがりました。
高山右近をはじめ摂津の諸大名が秀吉についたことで大勢は決しました。さらに信長の三男信孝を担いで権威まで手に入れては盤石です。光秀が坂本城に逃れていたとしても再起は難しかったでしょうね。かくして軍師官兵衛の一番の見所も終わりに近づいたような気がします。あとは清洲会議で残ったライバルを退ける顛末ぐらいでしょうか。
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