シャノアール
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お国めぐりシリーズ第二弾、『さっさか大阪』を再放送してます。映像発掘曲ですが、すごく綺麗な映像でびっくりしました。1975年の特集で再放送されてたそうですから、それを家庭用ビデオで撮ってたものかと思ってましたが、もとの映像の方が見つかったのかもしれませんね。発掘プロジェクトによる映像というのはそういう意味なのでしょう。
♪ さっさか さっさか
♪ さっさか 大阪
♪ 町めぐり
「さっさか」と「大阪」が韻を踏んでいてリズミカルです。せっかちと言われる大阪人気質もうまく捉えてますね。1番は町めぐりです。「梅新」も「上六」も交通の要所で、「梅新」こと梅田新道交差点は東京から来た国道1号線と門司に向かう国道2号線のジャンクション、「上六」こと上本町六丁目交差点には名古屋や伊勢志摩に向かう近鉄大阪線の起点、大阪上本町駅があります。ついでに近鉄の本社も「上六」に置かれています。
これを梅田新道とか上本町六丁目とか言わずに「梅新」とか「上六」とかさっさか略していうところが大阪らしいですね。
2番は食べ歩きです。冷こて甘いイチゴ水を食べてからまむしのうな丼を食べるのは、順番が逆にような気がします。まむしがうなぎなのは想定内ですが、うな丼が150円なのは驚きですね。きつねうどんが50円の時代とはいえ安いです。焼き上がったうなぎの美味しそうなこと! きつねうどんを6杯食べるのなら、うな丼を2杯食べたいところです。
ちなみに串かつとかたこ焼きとかの今の大阪メニューの定番は登場しません。1969年当時はあまりポピュラーではなかったのでしょうか。
♪ さっさか さっさか
♪ さっさか 大阪
♪ 坂がない
3番の出だしですが、これはちょっと意表を突かれますね。確かに大阪の街は平らな市街地が広がっていて坂があるイメージではありません。「大阪なのに坂がないのはなぜか?」というブラタモリ的視点が突然盛り込まれるところが阪田寛夫さんの感性の鋭さでしょうか。
歴史的には天王寺あたりから北に伸びる上町台地だけが陸地で、その両側は海になっていました。東側の河内湾には段々土砂が流入して河内湖になり、やがて陸地になりました。西側は奈良時代にはまだ海でしたが室町時代の頃までには陸地が広がってきています。こうして生まれた陸地の部分が「坂がない大阪」なんですよね。
戦国時代になると上町台地の北端に石山本願寺が築かれました。この本願寺跡につくられたのが大坂城です。このあたりは台地の先端なので結構坂があります。この坂にちなんで「大坂」(はじめは小坂だったらしい)と名付けられたのでしょう。今でも上町台地近辺には坂がみられ、歌に出てくる地蔵坂もその一つです。例の「上六」近くで、かつては坂の上から西の海に沈む夕日がきれいにみえたことでしょうね。
『さっさか大阪』
うた:大阪放送児童合唱団
作詞:阪田寛夫
作曲:南安雄
映像:実写
初回放送:1969年6、7月
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本サイトは本日お陰さまで無事開設10周年を迎えることができました。「総合おぼえがきデータベース」という捉えどころのないコンセプトでスタートしましたが、みんなのうたの話題を中心に多くの皆さんと交流ができて何よりでした。
最初は特にみんなのうたの話を書く予定でもなかったのですが、2005年12月に『グラスホッパー物語』と『クロ』の記事を書いてから急に来訪者が増えましたので、好きな方が多いんだと再認識して積極的に載せるようにしました。自分の好きな話題なので書きやすいですしね。
2011年4月がみんなのうた開始50周年でしたので、それに合わせて1961年4月からの曲を振り返る記事(みんなのうた50年史)を書きかけたころから、初期みんなのうたファンのみなさんの来訪も増えたようです。その縁で7月には『熱中スタジアム』のみんなのうたの回にも参加できてリアルに多くの方と交流ができました。ありがたいことです。
NHKの方でもみんなのうたの公式サイトが開設され60年代から70年代中頃にかけて失われた500曲ほどを探す「発掘プロジェクト」がはじまったのもこの間の大きな変化です。みんなのうたを巡る情報環境は格段に改善されたと言えるでしょう。個人的にも昔のテキストはほぼ揃ったので、テキスト収録曲であれば音源未発掘でもどんな曲か大体分かるようになりました。最近の曲や自分の子供の頃の曲と並んで初期の曲もボチボチ紹介していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
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現在井川線は接岨峡温泉駅までの折り返し運転になっていますが、今回はその一つ手前の奥大井湖上駅で下車して折り返し列車で帰ってきました。
奥大井湖上駅は『鉄道・絶景の旅』の旅のオープニングで長らく使われていた駅で、二本のレインボーブリッジに挟まれて接岨湖に浮かぶ絶景ポイントです。
天気がよくなったので、何人か下車して鉄橋を散策したり鐘を鳴らしたりしてました。駅の少し上にはコテージのような展望施設があって、旅行ノートが置いてありました。コテージの1階にはトイレもあるのですが、冬季には閉鎖されるようなので注意が必要です。
♪ 時には思い出行きの
♪ ガイドブックにまかせ…
鉄橋を渡る風も心地よくて雄大な景色を眺めながら「主人公」を口ずさみたくなりました。
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大井川鉄道の井川線には長島ダムの傍らに1000mに90m登る急坂の区間があって、そこにアプト式の列車が走っています。アプト式とはギザギザのついたラックレールに歯車型の車輪を噛み合わせて登るラック式鉄道の一種です。「祝開業25周年」と書かれてましたから、1990年に開業したようですね。
ラック式のうち、複数のギザギザを少しずつずらしてよりスムーズに、かつ安全に登り下りできるようにした方式がアプト式です。元は人名みたいですね。連結のときに見てみると、確かに線路の真ん中のラックレールが3列になって位相がずらしてありました。
アプト式の鉄道は日本ではここ大井川鉄道井川線にしかなくて、しかもアプトいちしろ駅から長島ダム駅の間の一区間だけで採用されています。列車がアプトいちしろ駅につくとアプト式機関車が連結され、長島ダム駅につくと切り離されて反対列車が戻ってくるのをまつ仕組みになっています。めんどうといえばめんどうですが、日本唯一の区間ということで多くのお客さんが連結風景やラックレールを撮影してました。
アプトいちしろ駅を出ると列車はぐんぐん高度を上げていきます。車窓からみても列車が登っているのがよく分かりますし、さっきまで窓辺に見えていた川面が遥か下に見えることからも、すごい勢いで登っていることが実感できました。
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原題は「繰り返し起こる経済成長」で、宋の時代の経済成長と江戸時代の日本の経済成長をイギリスの産業革命と比較するのが主なモチーフです。
陰の主役はモンゴル帝国で、モンゴルの支配による悪影響を免れたユーラシア大陸の両端で経済成長の萌芽が見られたという構図がみてとれます。さらに日本の場合、協力の利益を引き出せる程度に強力で、アクター間の競争を妨げない程度に非力な中央権力(幕府)の存在がプラスに働いたようですね。
ヨーロッパの場合は中央権力は合従連衡の結果不在でしたが、アクター間の交易自体は戦争の継続中でも盛んで、それが分業の利益を引き出し得たようです。ただし、イギリスで見られたような政府系証券の発行で資金を調達する方法は、江戸幕府や清では見られず、その辺がイギリスに産業革命で先んじられた原因の一端であったように思われます。
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イギリスとの対比で中国の本を読んでみました。殷や夏の時代から現代まで扱う射程の長い本ですが、中原から江南への経済重心の移動、王朝の盛衰につれて大きく人口が増減しつつも江南開発の進展に伴って全体として人口が増加してきたことが把握できました。
唐の律令兵制が遊牧国家に常時備えるには不向きで(農民を動員するので農繁期の動員が困難)、募兵制に切り替わっていったこと、そのために大量の資金が必要で商業の振興に次第に舵をきっていったあたりが興味深かったです。
唐宋革命で成立した宋では商工業が栄え、イギリス産業革命に600年先駆けて製鉄業も勃興しますが、このときの生産力増大は元明の騒乱で小休止し、清の時期の人口急増(1億→4億)によって吸収されたようです。現在の中国の人口の多さは宋の時代の経済開発に淵源を持つのかもしれませんね。
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ソーラーシステムのメインバッテリーを交換しました。1年半ほどですが、早くへたるようになったのでかえた方がいいかと思いました。
前のは50Ahで1万円ほどしたのですが、今回のは45Ahで8700円ほど。12Vをかけると540Whの容量でこれだけあるとDVDをみたりハードディスクに録画するには十分です。重いのがたまにキズですが、今回かったバッテリーには取っ手がついて扱いやすくなってました。
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先週から読んでいた『イギリス革命史』上巻下巻を読み終わりました。清教徒革命から名誉革命にかけての歴史を扱ってますが、半分以上はオランダとフランスの戦争の記述に当てられていました。
最初は「イギリス革命史なのに…」と若干違和感があったのですが、オレンジ公ウィリアムのイギリス遠征が、オランダにとってはフランスとの戦争に勝ち抜くための起死回生の一手だった事情がわかると納得できました。イギリスだけでなくスペイン、神聖ローマ帝国などの列国がルイ14世包囲網が形成されるなかでの出来事が名誉革命だったわけですね。
名誉革命後の権利章典体制下でイングランド銀行の設立が可能になったというのも興味深いです。ルイ14世と戦う戦費調達が主目的ではありますが、多数の国民が出資する国立の銀行が成功するには政府へのある程度の信用が多分不可欠で、名誉革命がそれを可能にした側面があるようです。フランス銀行の失敗との対比について、もっと調べてみたいと思いました。
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マツコデラックスの番組で以前紹介されてた「海苔のりべん」を東京駅で買ってきました。17:30入荷ということで、しばらく前から他の弁当も見ながら待っていたのですが、店員さんがかごを持って現れると待機していたと思しきお客さんが群がって2個3個と買っていきます。慌てて参戦して一つ確保することができました。すごい人気ですね。マツコ恐るべしです。
番組ですごく美味しいと連発されてましたので、どんなものかと頂いてみたら確かに美味しいです。のりとおかかと玉子とシャケとそれぞれ美味しくて、合わせて食べても美味しくてリピーターが沢山いるっぽいのもうなづけます。旅行のお供に買うには入荷の時間に合わせた旅行プランを立てなければいけないのでハードルは高いのですが、単にこれを買いに東京駅にいくのもありでしょう。
縦に置いてみると「T」に日の丸のデザインにも見えます。こんなエンブレムもいいかもしれませんね。
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