竹瓦温泉
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そんなわけで地獄めぐりをしてきました。海地獄は前に行ったので今回はそれ以外を中心に。上は坊主地獄で泥の中からぽこぽこ泡が湧き出ています。ちょうど丸くなった瞬間を撮るのは難しかったので、連写で狙ってみました。
お次はかまど地獄。地獄の6丁目まであって青いのやら赤いのやらコロイドのやら、バラエティに富んでいてお得です。タバコの煙を吹きかけると水蒸気が凝結する核になって湯煙が増える、なんて実験も実演されてました。ほんとにモワッと湯煙が増えるんですね。
白池地獄、血の池地獄を経て最後は竜巻地獄です。間欠泉なので、次の噴出までちょっと待ち時間がありました。席に座って待てるのですが、外なので寒いです。ただ、間欠泉自体は結構迫力があって、待ったかいはあると言えるでしょう。
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2003年以来15年ぶりに再放送しています。空也さんのブログによると5回目の再放送だそうです。人気曲だけあって、沢山再放送されてますね。今回はラジオのみの再放送で大井さんのアニメーションが見られないのが残念ですが、ラジオからイントロが流れると大井ワールドが目の前に広がる気がします。
♪ いたずらな瞳が涙で曇る
♪ キャンディ泣いちゃいけない
「キャンディ」というのはお菓子のことではなくって、女の子の名前です。初回放送当時、「キャンディ・キャンディ」というアニメーションをやっていて、混同されたこともあるようですが、特に関係はありません。
いたずらっぽい目でキラキラ輝くような笑顔を見せてくれたキャンディの瞳は、今は涙で曇ってしまっています。キャンディは不治の病におかされてしまっているのです。8分音符でタッタッタッタッと繰り返される伴奏はキャンディに鼓動でしょうか。力無くベッドに横たわる彼女を少年は懸命に励まします。
♪ さあ 目を閉じて
♪ ベッドの船は魔法の船
目を閉じれば病室の風景は姿を消し、楽しかった思い出が鮮やかに蘇ります。丘を思い切り駆け回り、花を集めて髪に飾った日々…。病室のベッドも時空を越える魔法の船に早変わりです。
♪ 熱にうなされ僕の名を呼ぶ
♪ キャンディ 負けちゃいけない
病状は一段と進み、キャンディは高熱にうなされるようになってしまいます。自分の名をすがるように呼ぶ彼女を、少年はありたけの想像力を駆使して慰めます。二人で雲の城を訪れたり、虹の彼方を飛翔してみたり…。もう一度彼女の笑顔を見たい。その一心なのでしょう。大井さんのアニメーションも明滅する意識のなかで、空想の翼を目一杯広げています。
♪ まだ行かないで
♪ 誰にも渡しはしない
少年の悲痛な願いも虚しく、キャンディはおそらく帰らぬ人となってしまいました。みんなのうたの中でも屈指の救いのない結末となっていますし、この記事によると尾崎亜美さん自身、この曲を歌うのが辛くてアルバムにも収録していなかったそうです。なぜこんな救いのない作品が放送されていたのか、以前から疑問に思っていました。
上の記事にある別バージョンの『キャンディの夢』はこちらのブログで紹介されています。1978年1月2日にNHKーFMの「今様小町初音競」という番組で放送されたものなので、みんなのうたバージョンの初回放送より、2年ほど前になりますね。おそらくこちらが原型なのでしょう。この「初夢バージョン」とでも呼ぶべきバージョンは次のような歌詞です。
いたずらそうな 君の笑い顔
くるくる巻き毛が ほどけてる
………(中略)……
二人飛行機に乗って
空を駆け回ろう
キャンディ ンー キャンディ
光の中を駆ける君が好きさ
メロディーは ♪二人飛行機に乗って、の辺りが少し違うだけで、ほぼ同じです。歌詞も、いたずらな笑い声とか駆け回る姿とか、共通する部分もありますし、二番でも「ベッドの船」という表現が出てくるのですが、病気の要素は全く出てきません。元気いっぱいで幸せそうな少女の姿が目に浮かんできます。イントロや伴奏にも悲壮感や切迫感は感じられません。『キャンディの夢』は文字通り、楽しい夢、将来の希望だったのです。
思うにそれから2年ほどのうちに、キャンディは病に侵されてしまったのでしょう。80年のお正月は病床で迎えることになります。そのキャンディを少年は楽しかった日々を思い出しながら懸命に励ましているのです。そう思いながらみんなのうたバージョンを聴き直すと、♪もう一度だけ 笑顔見せて という願いや ♪夢の中でさえ ほほえむことを知らない という少年の嘆きが、一段と胸に迫ってきます。
初回放送時のテキストの解説の中で尾崎亜美さんは
「キャンディの夢」を聴いてくれた人が少年のきらきらと輝く瞳を想像してくれたらうれしい。
と書いてらっしゃいます。厳しい中でも最後まで希望を捨てなかった少年の姿。それにこたえようとしたキャンディの姿が聴く人の心を打つのでしょう。それが今に至るまで根強い人気のある理由なのだと思います。
『キャンディの夢』
作詞:尾崎亜美
作曲:尾崎亜美
うた:尾崎亜美
編曲:小六禮次郎
映像:大井文雄
初回放送:1979年12月、1月
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1963年の初回放送以来、55年ぶりに再放送されています。いくつかのレコードには収録されていて、定番に近い曲なのですが、空也さんのブログによると再放送されるのは初めてなんですね。ちょっと意外な感じがします。映像は未発掘でラジオのみの放送ですが、水星社テキスト第3巻に画像が載ってましたので、映像の雰囲気を伺うことができます。
♪ 「わたしのかわいい ミケちゃんが
♪ けさから どこかへ 行っちゃった」
サザエさんが裸足で駆け出すより6年早く、裸足で表に飛び出したご婦人がいました。その名は「ミシェルおばさん」。お魚くわえたドラねこではなくて、可愛いミケちゃんが行方不明になってしまったのです。さあ、大変!
♪ 「おばさんぼくが ミケちゃんを
♪ みつけて来たらば 何くれる」
隣に住んでるタロウくんがミケちゃん探しを買って出てくれました。なんて親切なんでしょう、と思ったら、イタズラ者のタロウくんがミケちゃんを隠していたことが明らかになります。実は身代金目当ての犯行だったのですね。日本人風の名前の割には金髪で結構よい身なりのタロウくんですが、よく見ると確かにちょっといじわるそうな表情をしています。果たしてミシェルおばさんとミケちゃんの運命はどうなるのでしょう?
(画像は水星社テキスト第3巻より)
ここで間奏に乗せてミケちゃんの鳴き声が入ります。レコードでは1分半ほどの短い曲なので、間奏を入れないと間がもたないのでしょう。水星社の画像にはミケちゃんの姿が見えないのが残念ですね。ミシェルおばさんが2次元なのにタロウくんが3次元っぽいのも面白いです。タロウくんはグループクレアードが制作した人形を使って、パリ(?)の街中を動き回れるようになっていたのでしょう。
♪ 「みつけてくれたら ミケちゃんの
♪ ミルクの残りをあげましょう」
ミシェルおばさんからの回答が寄せられました。なんと条件は「ミケちゃんのミルクの残り」です。お腹をこわしそうな成功報酬ですね。日頃からミシェルおばさんのことをケチだケチだと思っていたタロウくんは、ここぞとばかりに叫びました。
♪ ミシェルおばさんのケチン坊!
まあ、これだけのお話です。いったいどんな教訓やテーマがあるのか、さっぱりわかりませんが、私が最初にこの歌を聞いたレコードでは、続けて次のような台詞が入ってました。
『ミケちゃんはもう
三味線になっちゃったよう』
最初にこれを聞いたときは愕然としましたね。なんだこれは!? 隣人の飼い猫を三味線にしちゃうとは!みんなのうたにしては残酷過ぎないかetc。今回の再放送では、この台詞は入ってなかったので一安心したのですが、手元の『ミシェルおばさん』が収録された4つのレコードのうち2つはこの三味線バージョンになっています。また、こちらの小学校では、三味線バージョンを全校の音楽集会で合唱してたそうです。給食の時間に流れていたという証言もありますね。
そんなわけで三味線バージョンも結構流布していたことが分かります。ひどい結末ではあるのですが「あまりケチすぎると大事な物を失うことになる」という教訓があると言えばあるので、こちらも歌われていたのかもしれません。まあ、別に教訓などなくってもいいんですけどね。
そんな訳で元々どんな曲だったのか気になったので、原曲を少し調べてみました。こちらのサイトにフランス語の歌詞と訳が載っています。それによるとミシェルおばさんのお相手はタロウくんではなくてリュストゥクルじいさんでした。難しい名前ですね。リュストゥクルじいさんもネコを返すお礼をミシェルおばさんに要求します。ミシェルおばさんの返事は…
『ネコを返してくれたら
あなたにキスしてあげましょう』
元はそういう話だったんですね。このままではみんなのうたでは使えないので、石井好子さんか寺島尚彦さんが「ミルクの残り」ということにされたのでしょう。リュストゥクルじいさんはどうしたかというと、この申し出を蹴ってしまいます。
『ウサギの代(しろ)に
あんたのネコは売っちまったよ!』
ミシェルおばさんとキスなんかしたくなかったようです。何か金目のものが欲しかったのでしょうか。ネコの運命としては三味線に近いですね。『あんたのネコは縛り首にしちまったよ』というバージョンもあるようです。いずれにしても三味線バージョンの方が原曲に近いのですが、みんなのうたバージョンでは、あんまりなのでこの部分もカットされたというのが真相なのでしょう。
『ミシェルおばさん』
作詞:石井好子/寺島尚彦
作曲:フランス童謡
編曲:寺島尚彦
うた:石井好子、ダーク・ダックス
映像人形:グループクレアード
初回放送:1963年8月、9月
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2012年の発掘スペシャルで映像つきで放送されて以来の再放送をしています。今回はラジオだけで映像がないのが残念ですが、70年代フォークの雰囲気が味わえるのはいいですね。
♪ 人はいつかは旅立つ日がくる
♪ 遠くつらい淋しい旅に
この時期のフォークソングは青春の旅立ちをテーマにした作品が多かった印象があります。この作品でも、遠くつらい淋しい旅に遥かな道を旅立ちます。悲壮感あふれる歌詞ですが、曲はシンコペーションと二拍三連を多用して、どこか楽しげですね。辛い旅であっても「君の愛」を求める旅なので、決意を秘めつつ明るい気分が感じられます。
♪ 若者は 希望がある限り
♪ 振り向かないで歩いて行くんだよ
トランペットの旋律が先導するサビの部分がいいですね。最初に聞いたときの気分の高揚感を今も感じることができます。「希望」という言葉をストレートに信じられた頃を思い出せるからでしょうか。「君の行く道は希望へと続く」という歌詞も思い出されます。
♪ 雨の降る日も風吹く日もある
♪ 空はいつも晴れてはいない
映像でギターを持って歩いている若者が、この部分では傘をさしてますね。上に示したジャッケルズの『白い雲』のジャケットに写っている右側の男性が、多分映像で歩いている男性なのでしょう。公式HPではうたは「ジャッケルス」となっていますが、「ジャッケルズ」の誤りだろうと思われます。
ジャッケルズは、ばんばひろふみさんが1969年に立命館大学の同級生だった石岡達雄さん、山本博史さんと結成したバンドだそうですから(http://www3.plala.or.jp/banban99/sakuhin.html)、映像でずんずん歩いている人は石岡達雄さんか山本博史さんかと思われます(ばんばさんは左の人)。
ただ、石岡さんの画像を検索しても、ジャッケルズのジャケットが出てくるだけですし、山本さんでは別人の画像しかヒットしません。レコードの実物を見ると分かるかもと思ってヤフオクで入手してみましたが、どの写真がどなたかは書いてありませんでした。当時は説明不要だったのかもしれませんね。
♪ 若者は 胸を張りひとすじに
♪ 涙を後に歩いて行くんだよ
石岡さんか山本さんかわからないのが残念ですが、ギターを担いでキビキビ歩く姿が印象的ですね。野原、森、都会をテンポよく切り替わりながら歩いて行きます。綺麗な景色はどこでしょうか。有名な観光地のような気がしますが、よくわかりません。最初の鉄道が何線か分かるといいんですけどね。
都会のシーンは新宿通りの歩行者天国、大手町付近、新宿西口と切り替わっていきます。歩行者天国は「銀座ワシントン靴店」の看板が見えるので、最初銀座かと思ったのですが、後ろに「アメリカ」とか「クレジット」とかの看板があるので新宿通りの方だとわかりました。今はABCマートになってるあたりです。新宿西口は特徴的なロータリーですぐわかりますね。
ジャッケルズは1971年終わりか72年はじめに解散して、ばんばさんは72年にはバンバンを結成してらっしゃいます。石岡さんも山本さんもこの頃に表舞台からは姿を消されたのかもしれません。初回放送時の映像がテレビでは最後ぐらいだったのでしょう。その後、どのような道を歩んで行かれたのかわかりませんが、実り多き道であったことをお祈りしたいと思います。
『歩いて行こう』
うた:ジャッケルス
作詞:麻生たかし
作曲:羽根田武邦
編曲:葵まさひこ
映像:実写
初回放送:1971年12月、1月
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