『今日の日はさようなら』 (1974年)
♪ いつまでも絶えることなく
♪ 友達でいよう
おなじみのメロディが再放送されています。映像つきでは1975年の再放送以来、47年ぶりになるようですね。駅のシーンは四谷駅みたいです。昔の中央線が懐かしいですね。公園のシーンは舞台や噴水が特徴的で、すぐにどこかわかりそうですが、存外分かりません。最後の電車が右に曲がっていくシーンも画面左上に「救世軍本営」、右上に「日刊工業新聞」の文字が見えて、すぐ場所が分かりそうですが、どちらも今は鉄道沿いにはなくて、やっぱりよく分かりません。50年近い時の流れを感じさせられます。
「みんなのうた」での初回放送は1974年で、私が小学校を卒業するときに流れていました。2,3月のうただったのも卒業シーズンを意識してのことかもしれないですね。当時のテキストには「学校で職場で愛唱されている歌です」とあります。森山良子さんの歌で知られるようになったのが1967年のことですから、すでに広く親しまれていたのでしょう。数年前まで私が参加していたうたの会のエンディングテーマもこの曲でした。最後に
♪ 今日の日はさようなら
♪ またあう日まで
とうたって解散する感じでした。そういう場面にピッタリの曲ですね。
作詞・作曲者の金子詔一さんがこの曲をつくられたのが1966年のことです。今回調べていて、曲が誕生した場所が調布市のつつじが丘であることをはじめて知りました。つつじが丘というと『おもいでのアルバム』がつくられたところで、京王線の駅の発車メロディーにも『おもいでのアルバム』が使われています。「みんなのうた」の楽曲が2曲もつくられた場所というのは、そうざらにはないのではないでしょうか。ちなみにつつじが丘駅の二つ新宿よりの千歳烏山駅は『それ行け3組』がつくられた烏山北小学校の最寄り駅ですから、3曲も近所でつくられている「みんなのうた」のホットスポットと言ってもいいかもしれません。
Wikipediaによると『今日の日はさようなら』がつくられたつつじが丘児童館に歌碑が建立されているということなので、見に行ってみました。つつじが丘駅から歩いて5分ほどでしょうか。確かに児童館の入り口の左わきに歌碑が建っていました。「今日の日はさようなら歌誕生ゆかりの地調布」という文字が刻まれています。
左側には楽譜と3番までの歌詞と、歌がうまれたいきさつを記した金属板が掲げられています。「調布で青少年活動をしていたボランティアグループの若者たちが、つどいの最後に「また会おう」の思いを込め、作詞作曲した金子詔一さんのギター伴奏で、声を合わせて歌った曲です」と刻まれています。当時の様子が、目に浮かびますね。

左側には鉄琴が設置されていました。ドレミファソラシドなのかと思ったら、左からソミファソラララソファ♯ソファミと並んでいます。リズムを合わせて順に叩くと、いーつまでもーたえるーことなくーとなるのでした。粋な仕掛けですね。
信頼、友情、自由、希望。『今日の日はさようなら』では、これらの大切さが平易な歌詞で表現されています。とても分かりやすい表現の背後には、これらが失われてしまうような厳しい状況があったようです。こちらの記事によると、金子さんは1963年に西ドイツに行かれて「ベルリンの壁」を目にされたそうです。散弾の跡がいくつも残る壁。壁を越えようと試みて、毎日、何人もの人が殺されていた…。厳しい現実を目の前にしつつも、ふと空を見上げると翼を広げた鳩が自由に壁の上を飛んでいたのだそうです。
♪ 空を飛ぶ鳥のように
♪ 自由に生きる
この歌詞はこのような体験を元にして生まれたものだったのですね。
それから56年。この曲の再放送に合わせるかのように、多くの人が切実に自由や希望を求めなければいけないような状況が再び生じてしまいました。偶然と呼ぶにはあまりに悲しいことですが、永遠に立ちはだかると思われたベルリンの壁が消え去ったように、事態が好転することを祈りながら歌わずにはいられません。
♪ 明日の日を夢見て
♪ 希望の道を…
『今日の日はさようなら』
作詞:金子詔一
作曲:金子詔一
編曲:福田和禾子
うた:本田路津子、東京放送児童合唱団
映像:実写
初回放送:1974年2,3月
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