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『雪の降る町を』 (1961年)
今朝は急に雪が降ってきてびっくりしました。3月になっても油断はできませんね。今月は『雪の降る町を』の再放送をやっています。立川澄人さんの朗々とした歌声がこういう日には心に沁みます。
♪ 雪の降る町を
♪ 思い出だけが通り過ぎて行く
雪道を一歩一歩踏み締めるような短調のメロディとともに、思い出が通り過ぎていきます。どのような思い出なのでしょうか。決して楽しいことが多かったとは言えない歳月だったかもしれません。
♪ 遠い国から落ちてくる
♪ この思い出を いつの日かつつまん
ここでイ短調(Aマイナー)からイ長調(Aメジャー)に転調します。この部分は希望が感じられていいですね。この思い出を(この思い出を)のリフレインではイ長調の和音の中にイ短調の和音が一瞬あらわれ、かつての「想い」がよみがえります。この想いごと包み込みたい…
一体何で包み込むのでしょうか。いまの歌詞では「暖かい幸せの微笑み」で包むことになっています。これはこれで素敵ですね。でも、もともとの歌詞では別の予想外なもので包むことになっていたようです。
Wikipediaによるとこの作品は1952年1月にNHKラジオドラマ「えり子とともに」の挿入歌として放送されたそうです。リハーサルの時に時間が余ると分かって脚本家の内村直也さんが急遽作詞して、音楽担当の中田喜直さんが作曲されたというエピソードが「日本の美しい歌: ダークダックスの半世紀」(喜早哲 2007)に紹介されています。
「えり子とともに」はNHKアーカイブスで最終回の中の5分間を聞くことができます。えり子さんが「幸福とは何か」をさまざまに考え、小鳥の鳴き声や工場の汽笛に幸福を感じるという内容ですが、『雪の降る町を』が出てくる回ではありません。どんな場面でこの作品が歌われたのか気になって色々調べたところ、Amazonで「えり子とともに」の本がいくつかヒットしました。結構高いのですが、これを見ないと仕方がないか…と思いつつさらに調べると、すでにこの本を見て内容を紹介してくださっているサイトを発見しました。
<ウェッブ『池田小百合なっとく童謡・唱歌』>(池田 2011)というページで、「雪の降るまちを」の項に詳しく内容が紹介されていました。池田さんによると、内村直也著「えり子とともに」(青春篇第三部、昭和27年3月15日、寳文館)p218所収の第114回「芝居の稽古」の台本に、初回放送時と考えられる歌詞が掲載されています。えり子さんの勤めている会社で本社と工場の対立があり、仲直りのための演芸会で花売り娘役の女性社員が「雪の降るまちを」を歌います。
…(前略)…
♪ この想い出を この想い出を
♪ いつの日か包まん
♪ 暖かき幸福のビニール
なんと、<この想い出>を包むのは「幸福のビニール」だったんですね! 最初この部分を見たときは、びっくりして「なんでビニール!?」と思ったのですが、昭和27年当時の文脈で考えると分かる気がします。昭和20年代にはビニールはまだ新しい素材で、防寒具や包装などに広がりはじめた頃でした。軽くて暖かくいろんな物を包み込んでくれるビニールは夢の新素材だったことでしょう。花売り娘さんの花束を包んでいたのもビニールだったかもしれません。こうしたビニールは、雪の降るまちのさまざまな想いを包み込むにはうってつけだったのでしょうね。
その後、「ラジオ歌謡」としてリメイクされる際に最後の歌詞は「あたたかき幸せのほほえみ」になりました(池田 2011)。「ビニール」の新しさが将来的に薄れていくことを考えてのことかもしれません。「みんなのうた」でもこの歌詞が採用されることになりました。でも「幸福のビニール」も「黄色いハンカチ」みたいで個人的には気に入っています。ビニールに幸福を感じていた時代があった。そんなことも感じさせてくれる発見でした。
「雪の降るまちを」 の初回放送はえり子さんの次のセリフで締めくくられます。「みなさまの処へも、幸福のビニールが訪れますことをお祈りして……」。再放送を聴いた皆さんにも幸福のビニールが訪れますように!
『雪の降る町を』
作詞:内村直也
作曲:中田喜直
うた:立川澄人、東京少年少女合唱隊
シルエット:木馬座
初回放送:1961年12月〜1962年1月













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