支配者が単なる搾取者ではなく公共財提供者となるのは、どのような場合かを考えるモデルです。
n人の被支配者が時刻tに平均R(t)の資源を生産しているものとします。支配者はそこから割合cずつの資源を徴収できるものとしましょう。自発的に徴収に応じない場合は強制的に徴収できるものと仮定します。このとき徴収される資源の総量は
ncR(t)
となります。
強制的に徴収できる資源ですから、支配者がすべて私物化することも可能です。ただ、この資源を使って道路や港などの産業インフラや病院や学校などの社会インフラの整備を行えば、被支配者が生産できる資源が増えて結果的に支配者が徴収できる資源も増えるかもしれません。そこで、支配者は徴収した資源のうちある程度を私物化し、残りを産業インフラや社会インフラなどの公共財形成にあてるものと仮定します。
徴収した資源のうち支配者が私物化する割合をr、公共財形成にあてる割合を1-rとすると、
支配者の取り分は rncR(t)
公共財形成に投資される資源は (1-r)ncR(t)
となります。
時刻tにおける公共財の蓄積量をS(t)とします。公共財にもいろいろ種類がありますから、本当は種類ごとに蓄積量を考えるべきですが、煩雑になりますのでここでは蓄積量の合計をざっくりS(t)と書くことにしましょう。
公共財は放置すると痛んできますから毎期φ(ファイ)の割合で減っていくものとします。これを毎期I(t)の投資で補充し拡充していくものすると、t+1期における公共財蓄積量は
S(t+1)=(1-φ)S(t)+I(t)
となるでしょう。
支配者が時刻tに公共財形成に投資する資源量は(1-r)ncR(t)ですから
I(t)=(1-r)ncR(t)
です。したがって
S(t+1)=(1-φ)S(t)+(1-r)ncR(t)・・・式1
となります。
被支配者の平均資源生産量R(t)は、公共財蓄積量S(t)が大きいほど多くなることが期待できます。したがってR(t)はS(t)の増加関数fに従うものと仮定しましょう。つまり
R(t)=f(S(t))・・・式2
と考えることにします。
この関数の形状が重要なのですが、さしあたりは増加関数だけど、公共財増加による生産増の効果が次第に飽和していく飽和方増加関数とだけ仮定することにしましょう。実際にどうなのかは研究課題です。
式1に式2を代入すると
S(t+1)=(1-φ)S(t)+(1-r)ncf(S(t))
という漸化式が得られます。時刻tの公共財蓄積量S(t)がφだけ減耗する一方、支配者による公共財形成投資によって補充され場合によっては拡充されることを示す式です。
この式を移項して変形すると
S(t+1)-S(t)=(1-r)ncf(S(t))-φS(t)
となります。左辺は時刻tからt+1までの蓄積量の増減ΔSをあらわすので
ΔS=(1-r)ncf(S(t))-φS(t)
です。
右辺の第一項は公共財の補充量、第二項は損耗量を表しますので
補充量>損耗量 のとき 公共財増加
補充量<損耗量 のとき 公共財減少
となります。
つまり
(1-r)ncf(S(t))>φS(t) のとき S増加
(1-r)ncf(S(t))<φS(t) のとき S減少
ですね。
ここで
(1-r)ncf(S)=φS
を満たすSをS*としますと、f(S)が飽和型の増加関数なので
S<S* のときは
(1-r)ncf(S(t))>φS(t) なので S増加
S>S* のときは
(1-r)ncf(S(t))<φS(t) なので S減少
となります。
S<S*のときにはSが増え、S>S*のときにはSが減るわけですから公共財蓄積量はS*のときに安定となり、それから少し増えたり減ったりしてもS*に引き戻されるダイナミクスが作用することが分かります。このようなとき、S*は漸近安定であるといいます。
長くなりましたが、支配者が徴収した資源のうち1-rを公共財形成に投資すると、その水準に応じた安定公共財蓄積量S*が形成されることが分かりました。具体的にS*がどのような値になるのかは式2の資源生産関数f(S(t))によって変わってくるのですが、1-rが大きいほどS*は大きくなり、1-rが小さいほどS*が小さくなるとはいえるでしょう。
逆にいうと徴収した資源の私物化率rが大きいほど安定公共財蓄積量S*は小さく、rが小さいほどS*は大きくなります。この意味でS*はrの減少関数であるといえます。これをS*(r)と書くことにしましょう。
ところで支配者の取り分はrncR(t)でした。安定公共財蓄積量が実現している場合
R(t)=f(S*(r))
ですから、支配者の取り分は
rncf(S*(r))
となります。これはrの増加関数rncとrの減少関数f(S*(r))の積なので、どこかに最大値を持つことでしょう。支配者は試行錯誤によって自己の取り分を最大にするrを探り当てるかもしれません。この場合、支配者は自己利益の最大化という全く利己的な動機のもとでも徴収した資源のうちある程度は自発的に公共財形成に回すことが期待されます。
一体、どの程度を公共財形成に回すのでしょうか。それは資源生産関数f(S(t))に依存しますので、具体的な関数型を仮定して考察する必要があります。それはまた今度考えてみることにしましょう。
また、これは100%支配者目線のモデルです。被支配者側が公共財形成により多くの資源投入を要求する可能性、あるいはそもそもの資源徴収率cを下げるように抵抗する可能性もあります。その場合に何が起こるのかも考える必要があるでしょう。いろいろ課題はありますが、これらの問題を考察する出発点のモデルとしてこのモデルは使い出がありそうな気はします。
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