2014年12月31日 (水)

【軍師官兵衛】最終回 「乱世ここに終わる」

14日の放送が総選挙のために21日に延期になり、それは別府に旅行中で見れなかったので、いろいろ見るのが遅くなってしまいました。

関ヶ原の合戦は長政の調略が功を奏して一日で決着。家康は大坂城に入城しました。これで勝負ありで安国寺恵瓊も石田三成もさばさばとした表情で処刑されていきました。実際はどうだったのかは分かりませんが。

如水の九州制圧からキャスティングボートを握る作戦もこれにて終了です。長い間お疲れさまでした。このあと大坂で家康と対面する場面は見どころがありましたね。どのような天下をつくるのかという如水の問いに

「わしが死んだあともいくさのない世の中にしたい」

これは格好いいですね! 秀吉没後のゴタゴタを目の当たりにしているだけに、如水ならずとも頭を下げたくなってしまいました。

このような問答が実際にあったのかどうか知りませんけど、そのような高い志を持った天下人が欲しいという脚本家の方や寺尾さんはじめキャストのみなさんやドラマ関係者のみなさんの願いが、ひしひしと伝わってくるシーンでした。開票日当日の放送を避けたのも分かる気がします。

こうした家康の志に賭けた長政を如水が称えるシーンも良かったです。官兵衛は長政を叱ってばかりのイメージがありましたが「子に越えられるのは悪いものではない」と最後に言えたのは幸いでした。

大坂の豊臣政権は豊臣政権として江戸で幕府を開くという家康の構想はやはり秀逸ですね。朝廷は朝廷として鎌倉で幕府を開いた頼朝の先例があるとはいえ、関東で体制を整えてから承久の乱のように大坂夏の陣で前政権を制圧するという用意周到さはさすがです。この辺はもう「官兵衛」の範疇ではないですけどね。「家康」のDVDを見たくなりました。

個人的には大変満足できる作品で何度もリプレイしながら見させてもらいました。岡田さんはじめ関係者のみなさま、ありがとうございました!

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2014年12月11日 (木)

【軍師官兵衛】第49回 「如水最後の戦い」

いよいよ東軍と西軍の激突が近づいてきました。両陣営の調略合戦も熾烈になる中、西軍は秀頼出陣という切り札を逃してしまいます。フォーカルポイントを明示することで優勢を印象付け、味方の離反の不利を悟らせ、相手の離反を促す効果が期待できるのですが…

劇中では淀君が秀頼を危険に晒すのを嫌がったという風に描かれていました。勝てるのなら三成に最小勝利連合で勝ってもらい、自らはフリーライドしたい。負けるのなら出陣しないことで家康の心象を悪くしないようにしたいという戦略的判断だったのでしょうか。ステップワイズ型の社会的ジレンマで現れがちな行動パターンではあります。

三成としては、秀頼が出陣すれば勝てるが出陣しないと負けると説得できれば良かったのですが、見栄を張って出陣しなくても勝てるといってしまったばかりに結果的に勝機を逃すことになってしまいました。

おねさまも小早川秀秋の使者を徳川方の長政に紹介したり、西軍の足並みが揃ってないですね。北政所にしてみれば、どちらに肩入れするほどの理由もないのでしょうけど。そんな状況だけに一層秀頼を引っ張り出せなかったのが痛かったと思われます。

他方、九州で挙兵した如水軍は大友吉統の軍勢と対決します。九州の地侍たちの間に三成への不満が充満している…というような状況でもないようですから、如水側の戦略としては勝ち馬に乗らせる、あるいは生き残りのために如水につかせるという形になります。不満充満型の挙兵では頼朝のように初戦でつまづいても挽回の余地がありますが、そうでない場合は初戦に圧勝しないと風は起こせません。

その大役を九郎右衛門が務めたわけですが、出陣の際のスローモーションにドキッとしました。この手の演出は「二度と会えない」フラグだったりしますから。果たして九郎右衛門は大友方の豪傑と手に汗を握る一騎討ちを繰り広げますが、相手の矢傷もあって辛勝。一安心しました。

この合戦の場が別府近郊だそうですね。来週別府に行くので奇遇です。最終回の関ヶ原の合戦は総選挙の特番とぶつかるので20日に延期になってしまいました。総選挙も本来天下分け目の合戦なんですが、今回はあんまりそんな感じじゃないのが残念です。14日はBSでは最終回を放送するみたいなのでそちらで見れたら早目にコメントできるかもしれませんね。

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2014年12月 6日 (土)

【軍師官兵衛】第48回 「天下動乱」

【軍師官兵衛】第48回 「天下動乱」

三成に人質に取られかけた奥方と栄姫を必死で逃がす善助と太兵衛。九州で挙兵の準備を進める九郎右衛門。そして如水の策を当てて見せる3家臣。官兵衛紀行でも紹介されて、今回は家臣たちをねぎらう回だったといえるでしょうか。

【軍師官兵衛】第48回 「天下動乱」

【軍師官兵衛】第48回 「天下動乱」

姫路城に黒田24騎の説明がありましたが、なかなか実感はわかないものです。今回のドラマで少なくとも栗山善助、母里太兵衛、井上九郎右衛門の人については深く印象に残りました。

如水のプランは中津で挙兵して九州を制圧。毛利主力が留守の中国地方を抑えて出身地播磨でさらに兵を集め、家康か三成か勝った方に戦いを挑むというものだったようですね。京都で敗れた足利尊氏が九州で兵を募り、再び大挙東上した故事を参考にしているのかもしれません。

尊氏のときは後醍醐天皇の建武政府に不満を持つ御家人たちが九州にもたくさんいて、彼らを糾合できたわけですが、今回は家康なり三成なりに不満を持つ人がどの程度いたのか定かではありません。秀吉の統治に不満をもつ層が一定程度いて、成果のなかった朝鮮出兵にも不服であったろうことは予想ができますので、うまく旗印を掲げることができるかが課題となりそうです。

それ以前に大友家再興の旗印を掲げる義統が、三成に領国支配を約束されて豊後に上陸してきました。うまく対応できるかが当面の課題になりますね。

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2014年11月27日 (木)

【軍師官兵衛】第47回 「如水謀る」


「好きなようにやらせてもらう」

如水さん、楽しそうですね。目が表情が生き生きしてます。三成のくちびるがヒクヒク引きつっているのと対象的です。田中さん、ヒクヒクが上手ですね。

会津の上杉に挙兵させて関東の背後をつき、家康に討伐に向かわせる。家康が大坂城を離れた隙に、西日本の諸将を糾合して三成が挙兵して家康を挟み撃ちにする。三成が考えていたであろう作戦を当てて見せることで如水は何を狙っていたのでしょう?

自分も家康もお見通しだからそんなことはやめろと言おうとしているのかなと始めは思ったのですが、どうもそうではないですね。みんな承知だからその予想を上回る兵力を集めてみせろとハッパをかけにいったように思えます。両軍互角で激突させてキャスティングボートを握る。それが如水の計だったのかもしれません。

長政は糸を離縁して家康の養女、栄を娶ります。実家の蜂須賀家の不興を買ったと言われますが生き残りのための果断な行動ではありますね。毛利家は恵瓊の策で三成につきますが、異論もある模様。三成側がフル稼働するのはむつかしそうな情勢で、それもあって如水はハッパをかけにいったのでしょうか。

この作品では石田三成を概ね保身に走る俗物として描いていますが、その辺りに苦情もあったのでしょうか、官兵衛紀行では「佐和山では善政を敷いた」とフォローしてました。どの登場人物も実際にはいろんな面をもってますが、ドラマではストーリーが複雑になるので単純に描かれがちです。こういうフォローの仕方も有用でしょうね。

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2014年11月19日 (水)

【軍師官兵衛】第46話 「家康動く」


「動くぞ!」

秀吉が亡くなって、熟柿戦略の家康に好機が訪れました。歴史の歯車が関ヶ原の合戦に向けて回り始めます。家康がどういう風に仕掛けるのか興味があったのですが、三成側に襲われたとして逃げるというのはうまいですね。三成側も前田利家を立てて家康の追い落としを図りますが利家が病と如水の説得で自重。その後病死となって三成側が不利に陥ります。

長政や正則に追われて三成は家康のもとに逃げ込みました。家康に罪をなすりつけるのが狙いですが起死回生の妙手というほどでもなく、家康に生殺与奪の権を握られてしまいます。

ここでの如水と家康の対決が見応えありました。「命には使い所がある」。三成を泳がせておいて決起に追い込み反対派を根こそぎ取り除く。それが家康の狙いと知って如水は家康とも袂を分かつ決意をしたようです。関ヶ原の合戦阻止の企てはいかなるものになるのでしょうか。

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2014年11月 6日 (木)

【軍師官兵衛】第44話 「落ちゆく巨星」

秀吉の衰えぶりが目立ってきました。とはいえまだ60なんですよね。室町時代の平均寿命が33歳、江戸時代が45歳という数字がありますが、乳児期の死亡を含めた数字でしょうから、戦国時代の歴史上の人物の平均死亡年60.4歳の方が比較対象としてはよいでしょう。やはり平均的な寿命を迎えつつあったようです。

このとき家康が55と言ってますから、秀吉より若干若いのが幸いしてますね。まあ、60.4というのは平均ですから個々の人物の寿命は天のみぞ知る天命で、家康がこのあと十分長生きできるかどうかはこの時点では知る由もありません。長生きすることに掛けつつ、早世の可能性に備えてヘッジするのがよいと思いますが、そこまではドラマからは読み取れませんね。

秀頼を天下人にすべく秀次一族を処刑した秀吉の行動は、寿命の自らの短い方にかけているように見えます。明の征服を急いで再度の出兵を命じたのも余命の短さを自覚するが故でしょうけど、秀頼を天下人にという願いとは余り一貫性がありません。主観的には自分の代で領土を広げて継がせる狙いなのでしょうけど、実際は再出兵はしない方が秀頼のためにはなります。

その辺の判断ができなくなった秀吉に官兵衛は最後までつきあいます。言っても無駄なら従いつつ極力損失を減らす。それも一つの現実主義でしょう。もう一人の現実主義者、小早川隆景の最後は悲しかったですね。ドラマが一番面白かったころの主役がまた一人去っていきました。いつか三原城を訪れてみたいです。

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2014年10月25日 (土)

【軍師官兵衛】第42話 「太閤の野望」

文禄の役が始まりました。Wikipediaによると当時の日本の総兵力は50万で明に匹敵する軍事力だったようです。そのうち18万が朝鮮に送られました。装備、兵力ともに上回る日本軍は一ヶ月ほどで首都漢城に入城し、朝鮮国王は平壌に逃亡します。

ここまでは順調ですが、このあとの困難を予期していた官兵衛は自ら漢城に赴き長政らと合流します。案の定、補給が滞りはじめ、道もわからない前線は苦戦をし始めていました。加えて諸将の意見対立。情報が不十分な状況では的確な意思決定は困難です。

大軍といえども補給と情報がないと戦えないことを官兵衛は熟知していたのでしょう。明軍が平壌に派遣されて小西勢が敗れると漢城で守りを固める方針を打ち出します。無謀な戦いと思いつつ、始まってしまったからには犠牲をすくなく乗り切る方策に徹したようですね。

こうした姿勢は当然秀吉とその名代三成との軋轢を生みます。次子の懐妊を喜ぶ秀吉に明との講和を進言して容れられるものの、明の皇女を日本に嫁がせるなどの条件を明が受け入れるべくもありません。

この条件を伏せたまま講和を進めることを小西行長に勧め、さらに漢城維持の秀吉の命令に背いて、全軍を釜山まで撤退させたのは現場の判断としては止むを得ないとしても、秀吉の怒りを買うのは必定です。

ドラマでは三成が怒りの矛先を官兵衛に向けさせて難を逃れようとしたという描き方がされています。石田三成が実際にそういうことをしたのかどうかは知りませんが、トップが失敗の責任をとらず、誰かに責任を押し付けて幕引きをはかるのはありがちな話です。それに三成が乗じたというのもありうるかもしれません。

官兵衛としては補給が途絶えて遠征軍が壊滅する事態を釜山まで引くことで回避できましたので、遠征に途中参加した目的は果たしたといえます。その引き換えに自らの身を危うくするのもある意味本望かもしれませんが、助かる道があればそれに越したことはないでしょう。というところで次回と相成りました。

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2014年10月11日 (土)

【軍師官兵衛】第40回 「小田原の落日」

そんな訳で小田原攻めです。北条氏政が「小田原城は難攻不落!」と何度も豪語するのが気になりますね。武田や上杉も落とせなかったという成功体験が判断を歪めているようです。後に「難攻不落の大阪城」を頼りに家康に反抗した茶々姫の姿を暗示しているようでもあります。茶々姫は淀城をもらったので淀君と呼ばれるようになりますが、すぐ大坂城に入ったので淀城にいた期間は短かったんですね。

堅固を頼んでの籠城は、攻め手の補給が続かなかったり、背後を突かれたりして包囲を解かざるをえなくなるときに有効です。秀吉22万の大軍を維持するには莫大な補給が必要になりますので、背後で一揆が起きるなどの状況を北条側は期待したのかもしれません。

結果として多少の一揆はあったかもしれませんが、秀吉が軍を引かざるを得ないほどの事態は発生しませんでした。一つには秀吉が各大名の妻子を人質に取ったため大規模な反乱が発生しにくかったこと、また戦乱収束による交易や産業振興による利益を各大名が期待できたこともあげられるでしょう。ここで反旗を翻すことで得られるメリットが余り大きくないであろうことを家康あたりも察していたのではないでしょうか。鎌倉時代の末期に楠木正成討伐に東国の軍勢が駆り出されて持久戦になったとき、新田や足利が反旗を翻したときの状況とはだいぶ違っていたと言えるでしょう。

このような状況を北条に説いて降伏を促すことは、相手が殺気立っていることを除けばそんなに難しくはないと考えられます。酒肴と2カ国安堵の約束を手土産に官兵衛は首尾よく北条氏政の説得に成功しました。

これで一件落着のはずですが、秀吉が2カ国安堵の約束を反故にしたのは火種をのこしたといえるでしょう。服従の不利益を大きくし、しかもそれが予見不可能だと思わせることは服従のインセンティブを削ぐことになります。伊武さんが心配するのも宜なるかなですが…

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2014年10月 4日 (土)

【軍師官兵衛】第39回 「跡を継ぐ者」

茶々姫が懐妊して秀吉に跡取りが生まれることになりました。これをピンチと捉え、すっぱりと家督を長政に譲り、自らは隠居を図る官兵衛の嗅覚が鋭いですね。

守るべきものができると危険に敏感になる…まではわかりますが、その秀吉の猜疑心が自らに向く可能性を察知し、さらにそれを未然に防ぐ手を果断に打てるのはやはり並ではありません。小寺政職に子ができたときに黒田職隆が官兵衛に家督を譲った前例があったことが幸いしてますが、小寺政職の優柔不断に右往左往していたころとは隔世の感がありますね。

秀吉自身は官兵衛を排するより用い続けようとしますが、有能すぎる故の信頼と猜疑のバランスはどちらに転んでもおかしくないものではあったでしょう。茶々姫を揶揄する落首に秀吉が過剰反応するのを諌めたときも、秀吉がどう反応するかは紙一重だったと思います。秀吉なきあとの鶴松の運命についてよくお考えを…という官兵衛の訴えが功を奏しましたのは幸いでした。

守るべきものの運命を考えよというのが一番有効だろうという官兵衛の読みも相変わらず鮮やかです。相手の立場に立って相手にとっての最善手を考える。説得というものはかくありたいものです。この褒美というわけでもないでしょうが、秀吉は長政の家督継承を認め官兵衛は個人の資格で秀吉に使えることとなりました。こうして舞台はようやく初回の冒頭、小田原攻めのシーンにうつっていきます。

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2014年9月24日 (水)

【軍師官兵衛】第38回 「追い込まれる軍師」

宇都宮鎮房の謀殺は豊前の地侍の反感をそれほど招かなかったようです。謀反の疑いありとか何とか理由を理由をつけるのかとも思っていたのですけどね。特に小細工はなしで「太閤殿下の命により誅殺」で通ってしまったようですね。

この辺、ちょっとミルグラムの服従実験を思わせる展開ではあります。白衣の実験者の指示で実験参加者が致死レベルの(と思わされた)電撃をサクラに与えたという実験ですが、命令されると結構ひどいことを人間はしてしまうことがあるということを示しています。

太閤殿下の命令なので仕方ない。その命令が理不尽なものであっても、そう思ってしまう雰囲気が上下を問わずに存在していたということかもしれません。それも、ある程度の協力の利益(この場合は服従の利益)があってのことだろうとは思いますが、いずれにしても思うがままに人が従ってくれるという感覚は秀吉に神になったごとくの万能感を与えたようですね。

この万能感が大陸侵攻に秀吉を駆り立てる一因になったことと思われますが、朝鮮や明に秀吉に従う服従の利益があるかというと疑問が残るでしょう。やっと戦が終わろうとしているのに、また際限ない戦いを始めようとするのか。まなじりを決して秀吉に迫る官兵衛の存在は秀吉にとって煙たいものであったに違いありません。官兵衛の肩をもつ千利休も同じことだったでしょう。

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