2019年1月28日 (月)

【再放送曲】『キャンディの夢』(1979年)



2003年以来15年ぶりに再放送しています。空也さんのブログによると5回目の再放送だそうです。人気曲だけあって、沢山再放送されてますね。今回はラジオのみの再放送で大井さんのアニメーションが見られないのが残念ですが、ラジオからイントロが流れると大井ワールドが目の前に広がる気がします。

♪ いたずらな瞳が涙で曇る
♪ キャンディ泣いちゃいけない

「キャンディ」というのはお菓子のことではなくって、女の子の名前です。初回放送当時、「キャンディ・キャンディ」というアニメーションをやっていて、混同されたこともあるようですが、特に関係はありません。

いたずらっぽい目でキラキラ輝くような笑顔を見せてくれたキャンディの瞳は、今は涙で曇ってしまっています。キャンディは不治の病におかされてしまっているのです。8分音符でタッタッタッタッと繰り返される伴奏はキャンディに鼓動でしょうか。力無くベッドに横たわる彼女を少年は懸命に励まします。

♪ さあ 目を閉じて
♪ ベッドの船は魔法の船


目を閉じれば病室の風景は姿を消し、楽しかった思い出が鮮やかに蘇ります。丘を思い切り駆け回り、花を集めて髪に飾った日々…。病室のベッドも時空を越える魔法の船に早変わりです。

♪ 熱にうなされ僕の名を呼ぶ
♪ キャンディ 負けちゃいけない

病状は一段と進み、キャンディは高熱にうなされるようになってしまいます。自分の名をすがるように呼ぶ彼女を、少年はありたけの想像力を駆使して慰めます。二人で雲の城を訪れたり、虹の彼方を飛翔してみたり…。もう一度彼女の笑顔を見たい。その一心なのでしょう。大井さんのアニメーションも明滅する意識のなかで、空想の翼を目一杯広げています。

♪ まだ行かないで
♪ 誰にも渡しはしない


少年の悲痛な願いも虚しく、キャンディはおそらく帰らぬ人となってしまいました。みんなのうたの中でも屈指の救いのない結末となっていますし、この記事によると尾崎亜美さん自身、この曲を歌うのが辛くてアルバムにも収録していなかったそうです。なぜこんな救いのない作品が放送されていたのか、以前から疑問に思っていました。

上の記事にある別バージョンの『キャンディの夢』はこちらのブログで紹介されています。1978年1月2日にNHKーFMの「今様小町初音競」という番組で放送されたものなので、みんなのうたバージョンの初回放送より、2年ほど前になりますね。おそらくこちらが原型なのでしょう。この「初夢バージョン」とでも呼ぶべきバージョンは次のような歌詞です。

いたずらそうな 君の笑い顔
くるくる巻き毛が ほどけてる
………(中略)……
二人飛行機に乗って
空を駆け回ろう
キャンディ ンー キャンディ
光の中を駆ける君が好きさ


メロディーは ♪二人飛行機に乗って、の辺りが少し違うだけで、ほぼ同じです。歌詞も、いたずらな笑い声とか駆け回る姿とか、共通する部分もありますし、二番でも「ベッドの船」という表現が出てくるのですが、病気の要素は全く出てきません。元気いっぱいで幸せそうな少女の姿が目に浮かんできます。イントロや伴奏にも悲壮感や切迫感は感じられません。『キャンディの夢』は文字通り、楽しい夢、将来の希望だったのです。

思うにそれから2年ほどのうちに、キャンディは病に侵されてしまったのでしょう。80年のお正月は病床で迎えることになります。そのキャンディを少年は楽しかった日々を思い出しながら懸命に励ましているのです。そう思いながらみんなのうたバージョンを聴き直すと、♪もう一度だけ 笑顔見せて という願いや ♪夢の中でさえ ほほえむことを知らない という少年の嘆きが、一段と胸に迫ってきます。

初回放送時のテキストの解説の中で尾崎亜美さんは

「キャンディの夢」を聴いてくれた人が少年のきらきらと輝く瞳を想像してくれたらうれしい。

と書いてらっしゃいます。厳しい中でも最後まで希望を捨てなかった少年の姿。それにこたえようとしたキャンディの姿が聴く人の心を打つのでしょう。それが今に至るまで根強い人気のある理由なのだと思います。

『キャンディの夢』
作詞:尾崎亜美
作曲:尾崎亜美
うた:尾崎亜美
編曲:小六禮次郎
映像:大井文雄
初回放送:1979年12月、1月

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2019年1月12日 (土)

【再放送曲】『ミシェルおばさん』(1963年)

1963年の初回放送以来、55年ぶりに再放送されています。いくつかのレコードには収録されていて、定番に近い曲なのですが、空也さんのブログによると再放送されるのは初めてなんですね。ちょっと意外な感じがします。映像は未発掘でラジオのみの放送ですが、水星社テキスト第3巻に画像が載ってましたので、映像の雰囲気を伺うことができます。



♪ 「わたしのかわいい ミケちゃんが
♪ けさから どこかへ 行っちゃった」


サザエさんが裸足で駆け出すより6年早く、裸足で表に飛び出したご婦人がいました。その名は「ミシェルおばさん」。お魚くわえたドラねこではなくて、可愛いミケちゃんが行方不明になってしまったのです。さあ、大変!



♪ 「おばさんぼくが ミケちゃんを
♪ みつけて来たらば 何くれる」


隣に住んでるタロウくんがミケちゃん探しを買って出てくれました。なんて親切なんでしょう、と思ったら、イタズラ者のタロウくんがミケちゃんを隠していたことが明らかになります。実は身代金目当ての犯行だったのですね。日本人風の名前の割には金髪で結構よい身なりのタロウくんですが、よく見ると確かにちょっといじわるそうな表情をしています。果たしてミシェルおばさんとミケちゃんの運命はどうなるのでしょう?


(画像は水星社テキスト第3巻より)

ここで間奏に乗せてミケちゃんの鳴き声が入ります。レコードでは1分半ほどの短い曲なので、間奏を入れないと間がもたないのでしょう。水星社の画像にはミケちゃんの姿が見えないのが残念ですね。ミシェルおばさんが2次元なのにタロウくんが3次元っぽいのも面白いです。タロウくんはグループクレアードが制作した人形を使って、パリ(?)の街中を動き回れるようになっていたのでしょう。

♪ 「みつけてくれたら ミケちゃんの
♪ ミルクの残りをあげましょう」


ミシェルおばさんからの回答が寄せられました。なんと条件は「ミケちゃんのミルクの残り」です。お腹をこわしそうな成功報酬ですね。日頃からミシェルおばさんのことをケチだケチだと思っていたタロウくんは、ここぞとばかりに叫びました。

♪ ミシェルおばさんのケチン坊!

まあ、これだけのお話です。いったいどんな教訓やテーマがあるのか、さっぱりわかりませんが、私が最初にこの歌を聞いたレコードでは、続けて次のような台詞が入ってました。

『ミケちゃんはもう
三味線になっちゃったよう』


最初にこれを聞いたときは愕然としましたね。なんだこれは!? 隣人の飼い猫を三味線にしちゃうとは!みんなのうたにしては残酷過ぎないかetc。今回の再放送では、この台詞は入ってなかったので一安心したのですが、手元の『ミシェルおばさん』が収録された4つのレコードのうち2つはこの三味線バージョンになっています。また、こちらの小学校では、三味線バージョンを全校の音楽集会で合唱してたそうです。給食の時間に流れていたという証言もありますね。

そんなわけで三味線バージョンも結構流布していたことが分かります。ひどい結末ではあるのですが「あまりケチすぎると大事な物を失うことになる」という教訓があると言えばあるので、こちらも歌われていたのかもしれません。まあ、別に教訓などなくってもいいんですけどね。

そんな訳で元々どんな曲だったのか気になったので、原曲を少し調べてみました。こちらのサイトにフランス語の歌詞と訳が載っています。それによるとミシェルおばさんのお相手はタロウくんではなくてリュストゥクルじいさんでした。難しい名前ですね。リュストゥクルじいさんもネコを返すお礼をミシェルおばさんに要求します。ミシェルおばさんの返事は…

『ネコを返してくれたら
あなたにキスしてあげましょう』


元はそういう話だったんですね。このままではみんなのうたでは使えないので、石井好子さんか寺島尚彦さんが「ミルクの残り」ということにされたのでしょう。リュストゥクルじいさんはどうしたかというと、この申し出を蹴ってしまいます。

『ウサギの代(しろ)に
あんたのネコは売っちまったよ!』


ミシェルおばさんとキスなんかしたくなかったようです。何か金目のものが欲しかったのでしょうか。ネコの運命としては三味線に近いですね。『あんたのネコは縛り首にしちまったよ』というバージョンもあるようです。いずれにしても三味線バージョンの方が原曲に近いのですが、みんなのうたバージョンでは、あんまりなのでこの部分もカットされたというのが真相なのでしょう。

『ミシェルおばさん』
作詞:石井好子/寺島尚彦
作曲:フランス童謡
編曲:寺島尚彦
うた:石井好子、ダーク・ダックス
映像人形:グループクレアード
初回放送:1963年8月、9月

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2019年1月 5日 (土)

【再放送曲】『歩いて行こう』(1971年)



2012年の発掘スペシャルで映像つきで放送されて以来の再放送をしています。今回はラジオだけで映像がないのが残念ですが、70年代フォークの雰囲気が味わえるのはいいですね。

♪ 人はいつかは旅立つ日がくる
♪ 遠くつらい淋しい旅に


この時期のフォークソングは青春の旅立ちをテーマにした作品が多かった印象があります。この作品でも、遠くつらい淋しい旅に遥かな道を旅立ちます。悲壮感あふれる歌詞ですが、曲はシンコペーションと二拍三連を多用して、どこか楽しげですね。辛い旅であっても「君の愛」を求める旅なので、決意を秘めつつ明るい気分が感じられます。

♪ 若者は 希望がある限り
♪ 振り向かないで歩いて行くんだよ


トランペットの旋律が先導するサビの部分がいいですね。最初に聞いたときの気分の高揚感を今も感じることができます。「希望」という言葉をストレートに信じられた頃を思い出せるからでしょうか。「君の行く道は希望へと続く」という歌詞も思い出されます。

♪ 雨の降る日も風吹く日もある
♪ 空はいつも晴れてはいない


映像でギターを持って歩いている若者が、この部分では傘をさしてますね。上に示したジャッケルズの『白い雲』のジャケットに写っている右側の男性が、多分映像で歩いている男性なのでしょう。公式HPではうたは「ジャッケルス」となっていますが、「ジャッケルズ」の誤りだろうと思われます。

ジャッケルズは、ばんばひろふみさんが1969年に立命館大学の同級生だった石岡達雄さん、山本博史さんと結成したバンドだそうですから(http://www3.plala.or.jp/banban99/sakuhin.html)、映像でずんずん歩いている人は石岡達雄さんか山本博史さんかと思われます(ばんばさんは左の人)。

ただ、石岡さんの画像を検索しても、ジャッケルズのジャケットが出てくるだけですし、山本さんでは別人の画像しかヒットしません。レコードの実物を見ると分かるかもと思ってヤフオクで入手してみましたが、どの写真がどなたかは書いてありませんでした。当時は説明不要だったのかもしれませんね。

♪ 若者は 胸を張りひとすじに
♪ 涙を後に歩いて行くんだよ


石岡さんか山本さんかわからないのが残念ですが、ギターを担いでキビキビ歩く姿が印象的ですね。野原、森、都会をテンポよく切り替わりながら歩いて行きます。綺麗な景色はどこでしょうか。有名な観光地のような気がしますが、よくわかりません。最初の鉄道が何線か分かるといいんですけどね。

都会のシーンは新宿通りの歩行者天国、大手町付近、新宿西口と切り替わっていきます。歩行者天国は「銀座ワシントン靴店」の看板が見えるので、最初銀座かと思ったのですが、後ろに「アメリカ」とか「クレジット」とかの看板があるので新宿通りの方だとわかりました。今はABCマートになってるあたりです。新宿西口は特徴的なロータリーですぐわかりますね。

ジャッケルズは1971年終わりか72年はじめに解散して、ばんばさんは72年にはバンバンを結成してらっしゃいます。石岡さんも山本さんもこの頃に表舞台からは姿を消されたのかもしれません。初回放送時の映像がテレビでは最後ぐらいだったのでしょう。その後、どのような道を歩んで行かれたのかわかりませんが、実り多き道であったことをお祈りしたいと思います。

『歩いて行こう』
うた:ジャッケルス
作詞:麻生たかし
作曲:羽根田武邦
編曲:葵まさひこ
映像:実写
初回放送:1971年12月、1月

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2018年8月18日 (土)

【再放送曲】『瞳を閉じて』(1976年)



発掘プロジェクトで映像が見つかったおかげで、テレビでは42年ぶりの再放送となりました。ラジオは1996年に20年ぶりに再放送されてますし、初回放送時にカセットテープに録音して繰り返し聴いてますので、馴染み深い曲ではあります。

♪ 風がやんだら 沖まで船を出そう
♪ 手紙を入れた ガラスびんをもって


ミソドミファソソ〜と跳躍の多いメロディですね。荒波に翻弄される小舟の姿が目に浮かびます。発掘された映像では奈留島の風景が使われていました。青い海と白い灯台が印象的です。

♪ 遠いところへ行った友達に
♪ 潮騒の音がもう一度届くように


切なく盛り上がるメロディに、この部分は亡くなった友達にメッセージを送ろうしているのだと長い間思ってました。でも今年NHKアーカイブスで再放送された『新日本紀行〜歌が生まれて そして〜』(1976年)を見て、そうではないことを知りました。高校を卒業して島を離れた友達に送るメッセージだったんですね。



ウィキペディアにも経緯が載ってますが、長崎県五島列島の奈留島の高校生が校歌をつくってほしいと『オールナイトニッポン』に投書したのがきっかけでできた曲なのだそうです。卒業生の多くが集団就職などで島を出てバラバラになっていく話をきいた荒井由美さんが、この詞を作ったということでした。「島を離れた人たちが口ずさめるように」「島の風景を念写するように思い浮かべながら」つくったとのちに語ってらっしゃいます。

映像では島の風景が次々と映されていきます。小さな教会、波止場、道端の商店、そして真っ青な海。奈留島には今年、世界文化遺産に登録された江上天主堂があって新日本紀行では紹介されてますが、みんなのうたの映像ではもっと小さな教会が映っています。

みんなのうたバージョンに出てくるスイカの並んだ商店や海で泳ぐ子供は新日本紀行にはでてきません。発掘映像を最初見たときは、新日本紀行の映像の使い回しかなと思ったのですが、別にもう一度ロケに行ってるようですね。新日本紀行は1976年3月、卒業式の頃のロケと言ってましたが、みんなのうたの方は店頭にスイカが並び子供が海で泳ぐころ、おそらく1976年7月のロケかと思われます。短期間にはるばる2回も奈留島までロケに行くとは、NHKも気合いが入ってますね。

♪ 海の碧さをもう一度伝えるために
♪ 今瞳を閉じて


本当に青い海が印象的です。最初に手紙を書いた藤原さんは「教室の窓際の席からコバルトブルーの海が見える」とおっしゃってました。海の青さが島の皆さんの誇りでもあるのでしょう。

『瞳を閉じて』は結局校歌にはならずに愛唱歌として歌い継がれているそうです。校長先生が「運動部の対外試合でこれを校歌として歌うのは…」とおっしゃってましたが、それも分かる気がします。今ならこの曲が甲子園で流れたりすると全員で合唱しちゃいそうな気もしますが、当時は難しかったのでしょう。それでも愛唱歌として歌い継がれているのは、ユーミンが念写した島の風景が島の皆さんの心を打ったからなのだろうと思います。

1988年のNHK九州特集では『瞳を閉じて』の歌碑の除幕式にユーミンが駆けつけるシーンが紹介されていました。地元のブラスバンドの演奏を聴きスピーチをしながら涙を流すユーミン。作者の手を離れ、島の人たちの心に根付いた歌の力を実感してのことでしょうか。

曲の最後で映像は最初の白い灯台のシーンに戻ります。島を離れる人が最後に見る風景なのでしょう。そんな人たちも、ふと故郷を懐かしむ瞬間にはいつでも島に帰ることができるのです。今、瞳を閉じて…

『瞳を閉じて』
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実
うた:善村ゆう子
編曲:松任谷正隆
映像:実写
初回放送:1976年8、9月

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2018年6月14日 (木)

【リクエスト曲】『あじさい』(1977年)



2008年に一度『あじさい』の記事を書いたのですが、ちょうど10年たってリクエスト枠で再放送されました。これは嬉しいですね。10年前には失われたと思っていた映像が発掘プロジェクトのおかげで見事に蘇りました。

 ♪めざめると あじさいが香ります
 ♪窓いっぱいに香ります


雨の雫を思わせるピアノのイントロに合わせて、水面一面に雨粒が降り注ぎます。と思っているとカメラが引いて雨と思ったのが噴水だと判明しました。いきなりフェイントです。

おしゃれな洋館が通路越しに映ったと思うと水滴が大写しになります。よく見ると水滴の中に逆さまの洋館が…。なかなか凝った作りですね。

この洋館の全体像が映った時点で「おお、グラバー邸!」と思ったのですが、よく見るとグラバー邸ではないですね。でも、当たらずといえども遠からず。特徴的な煙突から察するに同じグラバー園の中にある旧ウォーカー邸のようです。これは去年の暮れにいったときの写真ですが、グラバー園のHPの写真をみても旧ウォーカー邸だと確認できます。



とするとさっきの通路は、旧ウォーカー邸の左側を旧三菱第2ドッグハウスの方に登っていく動く歩道だと思われます。歩道脇の飾り越しに旧ウォーカー邸が撮ってあるのですね。



旧ウォーカー邸の直後に映る赤レンガの建物はグラバー園ではありませんが、裕さんという方のツイートによりますと、近くにあるマリア園という養護施設のようです。こちらは行ってないので写真を撮ってませんが、HPの写真を見ると真ん中にマリアさまの像が立っていて間違いないようです。森トラストが買収して高級ホテルに改修するなんて記事もヒットしました。今度長崎に行く機会があれば見てみたいですね。

♪ あれはなんの歌だったのでしょう
♪ 朝の夢に きこえたあの歌は


ここの部分の通路がどこかはよくわかりません。マリア園の中にこういう通路があるのかもしれませんし、グラバー園の中かもしれませんが、ルノワールの少女も出てこないままかなり長尺で通路をのぼっていきます。夢の中の歌の記憶をたどるように…

♪ 雨あがり あじさいが香ります
♪ 道いっぱいに香ります




水面に洋館が反射してる姿が映っています。これが旧三菱第2ドッグハウスなのでしょう。この写真はドッグハウスから映したものですが下の池が映像に出てくる水面だと思われます。このシーンでは建物の全体像は映らず、夢の中のように断片的です。作詞者の小沢さんはテキストに

夢になつかしい顔があらわれたような。
なつかしい歌がきこえたような。
窓をあけると、あじさい。


そんな思いをこめて、あじさいの詩をつくったと書いてらっしゃいます。夢の中でなつかしい歌、なつかしい風景、なつかしい人に出会えた。そんな夢にあじさいが誘ってくれた。そういう作品世界をうまく表現した映像ですね。今回、見られてとても良かったです。

『あじさい』
作詞:小沢章友
作曲:三枝成章
うた:太田裕美
編曲:三枝成章
映像:実写
初回放送:1977年6月〜7月

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2018年3月31日 (土)

【80年代のうた】『おもいでのアルバム』 (1981年)



私のカセットテープには『因島想春譜』の次に『おもいでのアルバム』が録音されています。そんなわけでこの2曲は頭の中でも続けて自動再生されるのでした。

♪ いつのことだか 思いだしてごらん
♪ あんなことこんなこと あったでしょう


卒園式の定番のうたですね。「1000%泣きます」という声があるくらい、お母さん方の心に響く作品です。作詞の増子としさんは江東橋保育園の園長さん、作曲の本多鉄麿さんは神代幼稚園の園長さんだそうですから、保育園や幼稚園の実感の中で生まれた曲と言えるでしょう。



本多さんは常楽院というお寺の住職もされていた方で、上の写真の歌碑は常楽院の境内に立てられています。作品ができたのは1959年でこのサイトの記事によると、保母さんが演奏できる程度の難易度になるように作曲されたということでした。そんな心配りもされてるんですね。

「みんなのうた」では1981年の放送ですが、ウィキペディアによると1980年に「とびだせ!パンポロリン」で放送されているそうです。テレビ放送で知られるようになるかなり前の1966年に本多さんはお亡くなりになっています。この歌碑は没後30年を記念して建てられたと刻まれていました。

京王線のつつじが丘駅南口から徒歩3分ということなので行って見ました。南口の小さなロータリーから右手の細い道をトコトコ歩いて金子稲荷神社を過ぎるとすぐに常楽院です。歌碑は左手に少し入ったところに建てられていました。神代幼稚園は歌碑が建った1996年に閉園になり、この碑があんなことこんなことあったことを伝えています。



つつじヶ丘駅では去年(2017年)10月2日から『おもいでのアルバム』が列車接近音として使われています。下りホームでは♪いつのことだか 思いだしてごらん 上りホームでは♪もうすぐみんなは 一年生 と列車が近づくたびに奏でられています。今年に入ってからそれに気づいて調べてみたら、つつじヶ丘駅が『おもいでのアルバム』ゆかりの駅だと判明しました。それまで千歳烏山の『それゆけ3組』が「みんなのうた」ゆかりの最寄り駅だと思っていたのですが、それより2駅近くにゆかり駅があったとは、個人的にかなりびっくりしましたね!

『おもいでのアルバム』(1981年版)
作詞:増子とし
作曲:本多鉄麿
編曲:服部克久
うた:ダーク・ダックス
アニメ:鈴木康彦
初回放送月:1981年2月〜3月

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2018年3月27日 (火)

【再放送曲】『因島想春譜』(1981年)



こちらは1981年の放送以来、37年ぶりの再放送になります。映像付きの再放送はありがたいですね。しまなみ海道に行きたいと思ってた矢先なので、何か奇遇です。

♪ 岬に白い灯台
♪ 布刈の瀬戸 行きかう船
♪ 移り行く時の流れに
♪ 忘れかけた異人館


因島の風景が次々に歌われていきます。布刈(めかり)瀬戸は向島との間の幅800mほどの海峡で、一日400艘ほどの大型船が行きかう交通の要衝です。発掘映像冒頭の白い灯台は大浜崎灯台で、長年航行の安全を守ってきました。

灯台左手に映るオシャレな白い建物は教会か何かかと思いましたが、船舶通航潮流信号所だったところなんですね。潮流の速い来島海峡の迂回路として今より通航量が多かったころに、事故防止のため潮流や他の船舶の航行状況を知らせる信号所の役割を果たしていたそうです。船舶の性能向上で1954年に業務を終了して1986年から大浜埼灯台資料館になってるといいますから、映像当時は閉鎖されていた時期ということになるでしょう。それにしてはオシャレな建物でリゾート施設みたいです。ちなみに灯台資料館には現在も予約しないと入れないようですのでお気を付けください。

今は大浜埼灯台の向こうには因島大橋がかかっているのが見えます。因島大橋の開業は1983年なので、映像では因島大橋は映っていません。1981年工事開始と言いますから、工事現場が映ってるかもと思って見直しましたがその形跡もないですね。工事開始前の撮影なのかもしれません。「しまなみ海道」が出来る前の貴重な映像と言えるでしょう。

異人館は検索してみたのですが、どこにあるのかよくわかりません。白滝山の近くで撮影したという写真がヒットしたので、Googleマップで白滝山付近を探してみると「旧宣教師ファーナム邸」という建物が見つかりました。画像検索してみるとまさしくこれです。「異人館」とは通常は呼ばないようですね。

1931年に建てられたアメリカ人宣教師ファーナムの居宅で、当時の動画もウィキペディアに上がってました。今はなんと白滝山荘というペンションになっています。1987年開業で、戦後いっとき日立造船のゲストハウスになった後は荒れてたそうですので、映像当時は本当に忘れかけられた存在だったのでしょう。

♪ 都会で暮らして 三度目の春
♪ くり返し読む ふるさとの便り


1番はまだ冬で、コートの襟を立てて都会の冬をしのいでいましたが、2番は春が巡ってきました。ふるさとからの便りに、また頑張る気持ちが湧いてきます。懐かしい瀬戸内の夕暮れ空に思いを馳せながら、新しい歩みを進めていくのでしょう。

ちなみに最後の夕暮れの風景は『シンドバッドの船』のラストシーンと同じ場所が映っています。太陽の位置が微妙に違うので同じカットではないのですが、地元では有名な展望スポットなのでしょうね。今度、しまなみ海道に行ったおりに探してみたいなと思います。

『因島想春譜』
作詞:UFO
作曲:UFO
うた:UFO
編曲:福田和禾子
映像:実写
初回放送:1981年2月〜3月

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2018年3月22日 (木)

【再放送曲】『るんるんるん こな雪が』(1969年)



2018年4、5月のテキストが49年ぶりに判型が大きくなるということでびっくりしましたが、奇しくも49年ぶりに『るんるんるん こな雪が』が再放送されています。1969年4、5月のテキストからB5判になって有料化(70円!)されますので、B6判で無料配布されていた最後のテキストに載った曲ということになりますね。この幻の名曲の再放送を記念してテキストが大きくなったのでは…とか、想像が膨らみます。

♪ るんるんるん くるるん こな雪が
♪ まわりながら 街へきた

8分の6のワルツ風のリズムに乗って、こな雪が舞い降りてきました。ボタン雪ならしんしんとかドカドカになりそうですが、さすがにこな雪は軽やかですね。

こな雪の舞う様を「るんるんるん」と表現するのが独創的です。「くるるん」からの類推だと想像されますが、「るんるんるん」だとより楽しそうに感じられます。ウィキペディアによると1980年代に「ルンルン気分♫」といった形で「ルンルン」が流行したようですが、それよりは10年以上前ですし、「るんるんるん」と3つ重ねている点も同じではありません。それでも「るん」の持つ弾むような気分は共通しているのでしょう。

♪ るんるんるん くるるん こな雪と
♪ 窓をあけて 話しましょう


雪が降ってくると寒い寒いと窓を閉めてしまいがちです。現に昨日も、窓も閉め切って外の雪を見ながら震えてましたが、サトウハチローさんは違います。こな雪さんと窓を開けてお話しするんですね。2番では肩を組んで歩いたりもします。そうすると、こな雪さんは白いことばを弾ませて、楽しそうにゆれてくれたりするのです。

♪ うたがつぎつぎ うかびます
♪ 胸に軽く ひびきます


この部分はソロにオブリガートも入って、楽しいハーモニーがひびきます。ソロの方、うまいですね。ほんとにこな雪とお話ししてるみたいです。特に雪の日に聴くと心が暖かくなる名作です。

『るんるんるん こな雪が』
作詞:サトウハチロー
作曲:田中正史
うた:東京放送児童合唱団
映像:門田達美(ペーパークラフト)
初回放送:1969年2月

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2018年3月20日 (火)

大きくなった!



みんなのうたのテキストを買ってきました。書棚に置いてあるのを見たときにちょっと変だなと思ったのですが、後からよく見てびっくりです。大きくなっているのです!

先月までは左のようにB5判だったのですが、2018年4、5月号からはA4判になっていたのでした。1969年4月にそれ以前のB6判からB5判に変わって以来の実に49年ぶりの判型変更です。いやいや意表を突かれました。

どうせなら来年変更すれば50年ぶりで切りが良かったのですが、多分これまでにも大きくして欲しいという要望が寄せられていたのでしょう。楽譜は大きくなってずいぶん見やすくなったと思います。楽譜見ながらピアノ弾いたりするには、このサイズが見やすいのでしょう。

本文の文字も合わせて大きくなって読みやすくなっています。もしかしたら、みんなのうたファンの高齢化対策なのかもしれません。ページ数は72ページで変更無しですが、判型が大きくなった分、お値段は税込391円から税込540円に跳ね上がっています。500円越えるとずいぶん高く感じますね。子供が買う対象ではなくなってきてるのかもしれません。

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2018年1月 7日 (日)

今月の新曲はショート2曲

12月から今のクールに入っていてラジオで時々聴いているのですが、新曲は♪ボクと魚のも〜の〜が〜た〜り〜という曲と♪私はブランコ〜という曲しか、耳に入ってきません。どちらもショートバージョンです。多分忙しくてロングバージョンを1つを聴き逃しているのだろうと漠然と思いつつ一向に聴こえてこないので、変だな〜変だな〜と思っていたのですが…

お正月になって少し時間ができたので久しぶりにHPを見てみたら、今月の新曲はショート2曲だけしかないじゃないですか! もうびっくりです。ありえないことなので、考えてもいなかったですね。

初期のころは1クールに7曲とかオリジナルではないにしても新曲をかけていて、たーいへんだったと伺いましたが、しばらくしてからはショート4曲が1クールの新曲として定着してきてました。私が子供の頃からはずっとそうです。1997年にロングバージョンが出現してからはロング2曲とか、ロング1曲ショート2曲というパターンが加わりましたが、それでもショート4曲相当以外のパターンがあろうとは夢にも思っていませんでした。いやあ、本当にびっくりしました。

多分、とっくに気づいてらした方も多いと思いますが、年度がわりですらない中途半端な時期にみんなのうた56年の歴史の中で多分初めての事態が起きているとは、予想していませんでした。新曲の制作が遅れたためのイレギュラーなのか、今後先例になるのか予想は難しいですが、一度こういうことがあると無理してショート4曲相当を揃えなくてもいいのでは…という流れになりそうな気もしますね。

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