これも草稿なのですがおもしろい論文です。アメリカのGSS(一般社会調査)にある先祖の出身国の質問を利用して、アメリカ国民をアングロサクソン系、ドイツ系、北欧系、ラテン系、アフリカ系などに分け、それぞれの一般的信頼の程度(たいていの人は信頼できると思いますか、という質問にイエスと答えた割合)を調査しています。
その結果、一番一般的信頼が高かったのが北欧系(59%がたいていの人は信頼できると答えた)、次がアングロサクソン系(54%)、以下アイルランド系(49%)、フランス系(48%)、ロシア系(48%)、東欧系(47%)、ドイツ系(47%)、イタリア系(39%)、スペイン系(30%)、もっとも一般的信頼が低かったのがアフリカ系(18%)となりました。この数字は、移民の出身国における一般的信頼をある程度反映していて、WVS(世界価値観調査)によると北欧諸国は世界で一番一般的信頼が高くて58%が信頼できると答えていますし、イギリス系諸国やアイルランドも比較的高い値(それぞれ44%、47%)を示しています。逆に、イタリアやスペイン、アフリカ諸国の一般的信頼は低くて、イタリア(35%)、スペイン(21%)、アフリカ諸国(17%)となっています。
フランス系やロシア系のように出身国の一般的信頼(それぞれ23%と24%)よりアメリカに渡った移民の方が高い値を示す例もありますが、総じて出身国の一般的信頼の高低がアメリカにわたった移民(2世や3世を含む)の一般的信頼の高低に反映していることが見て取れます(相関係数は0.73)。
これは一般的信頼の高低が文化的にかなり安定していることを示す結果ですが、理由としてはそれぞれの民族グループが子供のころに受けた教育やしつけの結果として形成された一般的信頼がその後も維持されている可能性が考えられます。あるいは、周囲に同じ民族グループが住んでいることによって影響を受ける可能性もあるでしょう。ウルスナーは、それぞれの州に住んでいるそれぞれの民族グループの割合をいくつかのウェブサイトで調べて、周囲にすむ民族グループの割合が一般的信頼のレベルに及ぼす影響を検討してみました。
分析は、一般的信頼の質問にイエスかノーかどちらを答えるかを目的変数とするプロビット回帰分析で行われています。説明変数としては、それぞれの民族グループに属することを示すダミー変数、州におけるそれぞれの民族グループの割合の他、統制変数として年齢、教育年数、世の中に対する楽観主義、役人に対する信頼、科学への信頼、友人関係への満足、宗教活動への参加が投入されました。
その結果、それぞれの統制変数は有意に影響を持つ一方で、いくつかの民族グループへの所属と周囲の民族グループの割合が一般的信頼の質問にイエスと答える確率に有意に影響を与えていました。すなわち、北欧系の民族グループに属することは「たいていの人が信頼できる」という質問にイエスと答える確率を9.6ポイント押し上げる効果をもっていました。同様にアングロサクソン系であることは4.8ポイントの押し上げ要因である一方、ラテン系であることは5.5ポイントの押し下げ要因、アフリカ系であることは17ポイントの大きな押し下げ要因になっていました。
州における民族の割合では、ドイツ系とアングロサクソン系の割合が一般的信頼の押し上げ要因、イタリア系の割合が押し下げ要因でした。効果の大きさを表現するのは難しいのですがドイツ系の場合ですと、シェアが最小の州と最大の州で比較すると一般的信頼を10ポイント引き上げる効果となります。同様にアングロサクソン系は7ポイントの押し上げ要因、イタリア系は3ポイントの押し下げ要因です。北欧系の存在は周囲の信頼を押し上げる効果を持ってないようようです。北欧系の人々が存外閉鎖的なコミュニティを形成しているのか、周囲の信頼の押し上げ効果や押し下げ効果自体が不安定なものなのか良くわかりませんが、ウルスナーは後者の解釈をとって信頼の形成における文化的な継承効果は社会環境による促進効果より大きいと結論付けています。ただ、分析結果をみる限りでは民族グループのシェアの影響もそれなりに大きいので、実際には子供のころの教育に由来する継承効果と、大人になってからの経験に由来する社会環境からの促進効果の両方が重要であると見るべきだと思います。
このように大人になってからの環境が信頼に与える影響は見られるものの、子供のころの教育が信頼に与える影響と思われる成分がはっきり見られることをこの論文は示しています。学習ダイナミクス的には初期値の効果が大人になってからの学習を経ても残ることを意味しますし、コーホート分析の文脈では生まれた世代に依存するコーホート効果はやはり大きい可能性を示しています。一般的信頼のダイナミクスを考える上で重要な知見といえるでしょう。
最近のコメント